9-19 レミリア水着技+モーブバグ技のダブル効果
「だって見ろよ。レミリアちゃんの水着」
「マジか、おい!」
ギャラリーにもそろそろ気づかれたな、これ。
「またしてもサービスエース。大賢者ゼナスの行動は謎です」
司会バニーは戸惑い声だ。
「いえあれは当然です」
むっくりと、コメディアンが体を起こした。ようやく復活したんか、我。
「なぜならレミリアちゃんのビキニ、透けてますからね」
「はあ?」
「胸ですよ、胸。かわいいちく――」
ぼこぼこぼこっ。
殴られ、またしても突っ伏す。いやおっさん、もう試合終わるまで気絶してていいぞ。
「あっ、やだっ!」
放送を聞いたレミリアが、胸を覆った。
「透けてるじゃん。タイム!」
勝手に宣言すると、胸に手を当てたまま、ベンチに駆け戻る。
「どういうことよ!」
「いやどういうこともこういうことも、お前さっき、砂が気持ち悪いって、水かけたろ、体に」
「あれで……」
そりゃ胸パッド抜いた白水着だからな。こうなるのは必然というか見えてた。
「ど、どうしよう……。替えの水着とかないし」
珍しくオロオロしてるな。
「やだっ!」
「あたしもっ!」
敵コートからも叫びが上がった。タイムでベンチに移動しようとした女の子たちが全員、脚を手で持ち上げようとしたり四つん這いになったりしてる。
「一歩も動けない」
「わしもじゃ」
居眠りじいさんが俺を睨んだ。
「モーブお主、なにか邪悪な術式を起動したじゃろ」
「お互い様ですよ、先生」
まだなにかわめいていたが、知るか。無視だ無視。これでバグ技起動確定したしな。
サーブ前に四十三秒間を置いて、自分から半径八十センチ以内にサーブを打つ。解析班が見出したバグ技がこれよ。これによって相手チームは動けなくなる。よって、守備範囲から外れたところにボールを打ち込み続ければ、確実に勝てるんだわ。原作ゲームのミニゲームでも、俺はこれで勝ち進んだしな。
このバグ、運営に潰されてなくてよかったわ。まあ、進行不能バグでもないし、莫大なゲームマネーやらアイテムやらを取られるバグでもないからな。所詮ミニゲームの進行を有利にするバグだ。遠泳大会のショートカットバグと同じで、バグフィックス優先順位がとてつもなく低いのは自明だ。
「ラン、レミリアにバスタオルを巻いてやれ」
「うん」
「ありがと。……でもこんなんじゃあたし、まともに動けないよ」
「それでいいんだ。いいかレミリア、お前はただじいさんの前に立ってるだけでいい。俺がサーブを打ち、マルグレーテが効果を与える。相手チームは動けない。確実に勝てる」
「でも先生は大賢者だよモーブ。動けなくてもボールを消火し、動きをコントロールして味方の手に触らせるだろうし、それから後はまた自由自在にこっちのコートまで飛ばせられるよ」
「そこでレミリアだよ、ラン」
「あたし? 立ってるだけでしょ」
「ああ立ってるだけな。ただじいさんが詠唱の動きを見せたら、バスタオルをめくってみせるんだ。じいさんに見えるように」
「色仕掛けってことね……」
マルグレーテが、頬に手を当てた。
「たしかに、先生には効果抜群かも」
「嫌だよあたし、同じパーティーのモーブならともかく、人に胸見せるなんて」
憤慨してるな。
「胸を見せるんじゃない。水着だよ。それにもう、タオルで水分吸われて、ほとんど透けてないだろ。おまけにバスタオルをちょっとまくるだけでいい。じいさんだけに的を絞る。ギャラリーは誰も見えないよ」
「……」
バスタオルをわずかに開いて、覗き込んだ。
「たしかにさっきよりはマシかも。でもまだ、「うっすら見えるような」「影のような」って迷うくらいには透けてる」
「見せてみろ」
「……ほら」
タオルに首を突っ込むようにして確認する。まあ、もう見えてないと言っていいくらいだ。たしかに丸く、かろうじてなにかを見て取れるが、影だと言われたらそう思う――その程度だ。
「レミリアの言う通り、影か悩むくらいだな。それもすぐ、もっとわからなくなる。……でも、じいさんにはこの攻撃は通じる。なぜならここまで透けたのを見てるからな。もう見えなくなっていても、透けてるように思い込むはずだ」
「策士ね、モーブ。色事の策士。ふふっ」
マルグレーテが笑った。
「見た記憶があって、それからはバスタオルで隠れてるものね。そのタオルを一瞬だけぱっとめくれば、先生の視線は釘付けに決まってる」
「ずっと見せておくより、はるかに効果的だろ」
「たしかに。殿方はお好きだものねえ……」
なぜか溜息ついてるな。
「とにかく、これで俺達の作戦は完璧だ。相手の足は俺が止めた。マルグレーテのコントロールで相手の手の届かない場所に落とせば、敵は何もできない。じいさんが魔法を使えれば自由自在に球を操られてしまうが、我が身を省みないレミリアの捨て身の献身により、この穴も封じた。尊い犠牲だ」
俺は手を広げてみせた。レミリアの水着透けは、パッドを外す、かつ水をかけるといった偶然の産物だ。でもおかげで勝機が見えた。俺達は運を味方に付けたんだ。
「後はただ勝つだけ。そうだろ」
「ちょっとお。捨て身の献身とか、勝手に決めつけないでよ。あたしだけ丸損じゃん。恥ずかしい思いして」
ふくれっ面だわ。まあそりゃそうか。
「自分で胸パッド外したのが失敗だったなレミリア。まあでもお前のお陰で俺達は勝つんだ。ご褒美に、なんでも好きなもの飲み食いしていいぞ、今晩」
「本当?」
「ああマジだ」
「ならまあいいかな……。お腹いっぱいでもいいんでしょ」
「いい」
「それならあ……」
俺の目を覗き込んできた。
「ついでに明日、買い物してもいい?」
「ああ、好きなもの、なんでも買ってやる」
「えへーっ」
おっ、機嫌直ったな。
「じゃあいいよ。モーブに貸し作っとくと、後々得しそうだしねっ」
「さてみんな、じいさん討伐に向かうぞ。今夜は祝勝会だ」
「いいわね」
「わあ。また山鳥の香草焼き食べられるね」
「美味しいお酒もね」
「楽しみにしてろよ、みんな」
ひとりひとりハグしてやると、勝利が待つコートに向かった。常夏リゾートならではの、真昼の陽射しを全身に浴びながら。




