9-18 突破口
「いいかみんな」
俺は続けた。
「俺達が勝つには、四人の連携が重要だ。俺達パーティーの心の繋がりが試されるぞ」
「大丈夫。モーブとわたくしたちですもの」
「そうだよ。お嫁さんふたりと、レミリアちゃんだからね」
ランが俺に抱き着くと、ギャラリーから絶叫が上がった。
「重要なのは、まずサーブ権を獲ることだ。それさえできれば、後は成功したも同然。いいか、サーブ権を獲ったら後は、俺がいいと言うまで何もするな」
「魔法も、レシーブも?」
「そういうこと」
「なにそれ」
レミリアが口をあんぐり開けた。
「試合放棄じゃない、それじゃあ」
「いいのよレミリア。モーブに従いましょう」
「従属のカラー」をマルグレーテが首に巻くと、ギャラリーからどよめきが巻き起こった。司会バニーも、ここぞとばかり「幻の景品」について解説を始める。
「ああ……これを巻くとわたくし、なんだか幸せを感じる。なぜかしら……」
うっとりと瞳を閉じた。
「そろそろタイムアップだ。始めるぞ、みんな」
「ええ」
「うん」
「頑張ろうね、モーブ」
サーブを打つのは、カフェの女の子の中でも、いちばん体つきがしっかりしている娘だった。空振りだけはじいさんでも救えないからな。運動神経がマシな娘を選んだってことなんだろう。手にさえ当たれば、あとはじいさんがなんとでもするんだろう。
「えーいっ」
「精一杯」という雰囲気で、なんとかひょろひょろ球を上げる。それがぐっと軌跡を変え、またドラゴン化した。
「浮遊レベル一」
「浮遊レベル三」
「浮遊レベル五」
ランが連発すると、地面すれすれで、ドラゴンはうろうろし始めた。じいさんとランの魔法効果合戦だ。
「それっ」
俺がレシーブすると、ボールは直接相手コートに向かった。
「レミリア跳べっ!」
「えっ……でもアタックできないよ」
そりゃそうだ。もう相手コート上空だからな。
「いいから跳べ」
「う、うん……」
レミリアが跳ぶ。なにもない空間で、アタックするかのように腕を振り下ろして。
「なにっ!」
じいさんの叫び声が、ここまで聞こえた。
「マルグレーテ!」
「わかってるモーブ」
マルグレーテが瞬時に詠唱した。
「火球レベル二」
「火球レベル二」
アーティファクト「従属のカラー」効果で、二重詠唱となり、ボールが炎の軌跡を曳いた。
「やだっ!」
「あっつーいっ!」
黄色ビキニが逃げ惑い、ボールは敵コートのど真ん中に着弾した。
「ピッ。一対一」
審判の宣言で、新しいボールが俺の手に渡された。
「これはどうしたことでしょうか」
大歓声に負けじと、司会者バニーがマイクを握り締めた。
「大賢者ゼナスチーム、なぜか魔法を発動しません」
「いや当然かもです。なぜならこ――」
ぼこぼこぼこっ。
マイク拳が炸裂した。
「また肛門とか言う気でしょ。黙ってて下さい」
コメディアンは沈黙した。……というか黙らざるを得ないな。気絶して、実況席に突っ伏しちゃったから。
「ゼナス様ったら……」
「ゼーさん、なんで動かないの」
「いやすまん、つい……のう」
口にするものの、じいさんの視線はレミリアに釘付けだ。
「つ、次は大丈夫じゃから」
「さて……」
ボールをぽんぽん叩くと、俺はサーブ位置に立った。だが、すぐ打つことはしない。十秒ほどそのままでいると、ざわめきが広がった。十二秒……十五秒。
「モーブくん、このままだと遅延行為で反則を取るぞ」
主審から警告が出た。
「はいすいません。ちょっと考え事をしていて。……あれですね、真っ昼間になって暑いから、目に汗が入りますね」
「必要ならタイムを取って対処したまえ」
「ええ、でも大丈夫です。すぐ治ります。それにここ、砂が焼けるようで、きっと――」
「いつまで話しておる。笛を吹くぞ」
ホイッスルを口のところまで持っていった。
「審判が父に似ていたので、つい懐かしくて饒舌に……」
「それは光栄だが、もうわかった。とにかく早く打ち給え」
「今すぐ」
適当にぺらぺらやらかしたのは、もちろん時間を稼ぐためだ。体感三十秒以上は稼いだ。もう充分だ。
「みんな、手を出すなよ」
再度言い含めてから、俺はサーブした。自分のすぐ前、それこそ足先のあたりに叩き込む。
「おおっとおーっ!」
司会バニーが立ち上がった。
「どういうことでしょう。モーブ、とんでもないサーブの外し方をしました。……というか、わざとでしょうこれ。――ですよねっ」
コメディアンに振ったが、返事はなかった。まだ気絶してるからな。
「……そうですか、わかりませんか」
ごまかした。
「でもこれでまた、サーブ権が移ります。二対一、モーブ組のビハインドです」
相手がサーブ態勢に入った。
「よし。これでバグ技固定完了だ。みんな、もういいぞ。全力でやれ」
「はらはらしたわ、わたくし」
「楽しみだねー」
「またあたし跳ぶの?」
「頼むレミリア」
なにも知らない相手が、サーブを放った。ヒョロヒョロ球が例によってドラゴンになる。
「ランっ!」
頷いたランが対処し、俺が相手コートに飛ばしてマルグレーテが効果を与え、レミリアが跳んだ。
「うほっ♡」
じいさんが叫ぶ。燃え盛るボールは、またしても相手コートの中央に着弾した。
「またっ。……ゼナス様、どういうこと」
「すまんのう……。つ、次こそは大丈夫じゃ」
観客席にざわめきが広がった。
「どうしてゼナスはなにもしないんだ。攻撃のときはドラゴン化させるのに、守備に回るとからっきしだ」
ギャラリーがまくし立てた。
「攻撃魔法しかできないとか」
「馬鹿なこと言うな。大賢者だぞ」
「だよなー」
「お、俺、わかったかも……」
「解説しろ」
「だって見ろよ。レミリアちゃんの水着」
「は?」
「いや露出こそ多いが、ただのビキニじゃねえか。そもそもスタイル的にも、ランちゃんやマルグレーテ様のがよっぽど……おおっ!」
「なっ」
「マジかおい!」
「は、早く魔導カメラ持ってる奴誘拐してこい。ここからじっくりズームにさせる」
そろそろ気づかれたか。




