9-17 大賢者の必殺技
「それっ!」
思いっ切り力を込めて、サーブを叩き込んだ。きれいな放物線で、ボールがじいさんコートに飛ぶ。……と、ボールはいきなり空中に停止した。ちょうど、顔の高さくらいに。
「ほれ、トスを上げよ」
じいさんが頷く。いや詠唱も宣言も聞こえなかったが、さすが大賢者が撃ち出すマナ召喚魔法。おそらく低レベルで詠唱が速いことと相まって、瞬間起動だ。
「はい、ゼナス様」
カフェの女の子が体を落とすようにしてトスを上げると、勢いでスカートがまくれた。観客席から、ギャラリーの絶叫が巻き起こる。
いやあれ、ただのビキニ下だし。大騒ぎすんなっての。男って馬鹿だわ。俺も含めてだけどさ。
「次はアタックじゃ」
「はい、ゼナス様」
前衛の子が跳んだ。
「えいっ!」
ひょろひょろアタック。やはり球技経験は無さそうだ。……が、こちらのコースに向かうボールは、突然燃え上がった。
「ラン」
「浮遊レベル一っ」
「氷結レベル三」
ランとマルグレーテが続けざまに宣言し、球を浮かせて消火する。
「はい」
「よしっ」
レミリアがレシーブしたボールを、俺が直接叩きつけた。
「火球レベル八」
充分詠唱時間を取れたマルグレーテが宣言すると、ボールは隕石のように赤熱し、燃え盛る。それがまっすぐ、じいさんの顔に向かって飛んだ。
「なにっ!?」
だがボールはじいさんの顔のすぐ前で静止した。ろうそくが消えるように炎も消失する。
「ほれ」
指先で触れただけなのに、剛力がスパイクしたかのように、ボールが跳ね返った。そのまま不思議な軌跡でネットを越えてくる。
「レミリア、受けろ」
「うん」
だがボールは、突然姿を変えた。燃えるとか凍るとかではない。ふっと姿が消えたかと思うと、大きさこそボールサイズだが、ドラゴンの形となる。咆哮がコートに響き渡った。
「ウソっ!」
火炎ブレスを吐きながら向かってくるドラゴンに、レミリアが転がって逃げる。ばさばさと羽ばたくと、ドラゴンはビーチに着地した。――と思う間もなく、元のボールの姿に戻る。
「ピッ!」
審判が笛を吹いた。
「一対ゼロ」
「おおっと」
実況席でバニーちゃんが立ち上がった。
「予想通り、初手から激しい魔法戦になりました」
観客はもう、大喜びだ。
「先生、ずるいでしょ」
「お主も魔法を掛けておろうが、モーブよ」
涼しい顔だ。
「ボール自体を変化させるなんて、手が出ないし」
「ふむ……」
俺の目を、じっと覗き込んでくる。
「お主もまだまだじゃのう」
「なんにつけ、ドラゴンはやりすぎじゃないすか」
「はて、なんのことやら……」
居眠りじいさんは知らん顔だ。
「本物のドラゴンは、あんな甘いもんじゃないぞい」
「そりゃそうだろうけどさ」
毎回ドラゴンがブレス噴きながら襲ってくるとか、対処のしようがない。
「モーブ」
マルグレーテに袖を引かれた。
「ちょっと……」
意味ありげな瞳だ。タイムを宣言すると俺は、全員をベンチに集めた。
「どうした、マルグレーテ」
「モーブ、これは幻術よ」
「幻術……。あのドラゴンがか」
「ええ多分。そう見えているだけで、実体はボールのまま」
「でも生きてるような動きだったよ、マルグレーテちゃん」
ボトルの水で、ランが喉を潤した。
「最後も着陸してたし。ボールだったら、跳ねるでしょ」
「そういうふうに操縦したのよ」
「俺達が風を使うようにか」
「そんな自由に重力はコントロールできないっしょ。浮遊魔法とはレベチだし」
レミリアは、砂まみれの体を払った。
「もう……。じゃりじゃりして気持ち悪い」
止める間もなく、ボトルの水を体にかけた。
「やあっと砂が取れた」
レミリア、お前それ……。まあいいか、もう遅いし。それよりドラゴン対策だ。
「だからあれ風魔法よ、多分」
「そう思うのか、マルグレーテ」
「ええ」
ひゅっと風で飛ばすだけじゃない。前後左右から強弱交ぜて何度も風を当て、宇宙船の姿勢制御のように微細にコントロールしているってことか。……さすが腐っても大賢者だわ。ただのエロじじいじゃない。
「そうか……」
魔道士マルグレーテがそう感じたなら、まず間違いはない。マルグレーテはここのところ、めっきり実力を上げてきているからな。大賢者はともかく、賢者にジョブチェンジくらいは楽勝でできるはずだ。
「どうする、モーブ」
「そうだなラン……」
考えた。ドラゴンだとレシーブもクソもできないが、ボールのまんまだってんなら、打ち返すことはできる。問題は、相手が自由自在にボールの軌跡をコントロールできるって点だ。それさえ封印できれば、勝機はある。あるいは敵のコントロールを打ち消すほど強力な効果を、ボールに付与できれば……。
「よし決めた。打てる手は、ここで全部打つ。相手は大賢者。ちまちま対策していたら、いずれ適応してくる。一気に怒涛の攻勢に出よう」
「手持ちのカードを全部切るわけね」
マルグレーテは、一瞬だけ考え込んだ。
「やりましょう」
「でもマルグレーテちゃん、手の内を全部見せたら、もう後がない。打ち破られたら負けるよ」
ランは心配顔だ。
「そうだラン。イチかバチかだ。……でも俺達、いつもそうだっただろ」
「そうね……」
マルグレーテが微笑んだ。
「それがモーブだものね。わたくしが好きになったモーブだもの……」
「ここで各人の割り振りを決める。マルグレーテ、お前はまず『従属のカラー』を装着しろ」
「ふふっ。大賢者の魔力に対抗するため、魔法の二重掛けで攻めまくるってわけね」
「そういうことだ。攻めまくれ。……そしてラン、お前は防御の魔法に徹しろ」
「浮遊魔法とかだね」
「ああ。今のランなら、ボールを見て瞬時に適切なレベルを判断できる。低レベル魔法でまず速度を緩め、それからレベルを上げて浮遊させるとかな」
「任せて」
「あたしはどうするの」
レミリアが腕を腰に当てた。いやそうするとお前……まあいいか、それが「作戦」だからな。
「レミリアはランとポジションを替われ。前衛に立て」
「いいけど、あたし背がそれほど高くないから、前衛は不利だよ」
「いいんだ。じいさんの真ん前に立て」
「どうして」
「なんでもだ。いずれわかる」
「……そうする。で、モーブはどうするの」
「俺はバグ技を使う」
「ハグ……わざ? 相手に抱き着くとか? 反則じゃん」
「わからなくてもいい。原作ゲームの技だから」
「モーブ、時々意味不明なこと言うね」
呆れたように笑ってるな。
「モーブはねレミリアちゃん、不思議な力を持っているんだよ」
「へえ……」
「そうよ。謎の力でヘクトール入試を突破したり、ダンジョンボスを圧倒したりする。……わたくしにもわからない力で」
「ならあたしも、楽しみに見せてもらうわ。モーブの『力』って奴を」
頼もしげに、レミリアが俺を見た。任せとけレミリア。転生社畜の底力、ここで見せてやるからよ。




