9-14 第四戦「別大陸獣人バニー」戦
俺とマルグレーテの赤熱サーブは、普通に拾われた。
「行くよっ」
リーダーのアヴァロンが球を上げる。
「それっ!」
高く跳躍したアタッカーが、思いっ切りボールを叩きつけてきやがった。
「くそっ」
火球魔法で燃え盛ったままのボールが、レミリアの足元に着地。跳ねた火球から、レミリアがあわてて逃げた。
「おおっとぉ!」
司会バニーがマイクを握り締めた。
「意外な展開。モーブ組が先制されました」
「今、レシーバーの娘がこう、ぐっとしゃがみ込んでレシーブしましたよね。どうしても脚が開くので、チャンスでした。観客席や実況席からは横になるので、ちょっと見えませんでしたが。これライン審判あたりが最高では」
「……なに言ってるんですか」
コメディアンは相変わらずだわ。
「タイム」
審判にタイムを宣言した。ベンチ前にみんなが集まってくる。
「いったん落ち着こう。水分を取ってくれ」
各々、ボトルを手にする。
「あれ、どういうことだ、マルグレーテ」
「魔法は使ってない。耐炎魔法とかじゃないわ」
「私も魔法は感じなかった。詠唱もなかったよね」
「つまり……」
「炎に耐性があるんじゃないの、獣人は」
レミリアは、タオルで汗を拭っている。
「そういうモンスター、この大陸にも普通に存在するし」
「なるほど」
獣人は基本、別大陸の存在だ。だからその特性があまり知られていないってことか。というか俺は知らん。そもそも原作ゲームに獣人は出て来ないし。
「次は敵のサーブだ。油断せずにいこう」
「うん」
「いいか、サーブを受けたら、セッターは球を高く上げろ。その隙にマルグレーテ、お前は氷結魔法を詠唱しろ」
「いいわ。アイススパイクでトゲトゲにしましょう」
「宣言して効果を与えるのはもちろん、アタッカーがボールを打ってからだ。どこに飛ぶかにもよるが、アタッカーは俺かラン。いいなラン。思いっ切り打たなくてもかまわん。魔法力が攻撃の中心だ。ゆっくりでいいから、できれば珠に回転を与えるんだ」
「スパイクが攻撃力を増すようにだね」
「そういうこと。さっ、みんないくぞっ!」
自陣に散ると、ゲーム再開。相手のサーブは力強かった。女子とは思えない鋭さで飛んできたが、うまいこと俺の正面だった。
「ほらっ」
「任せてっ」
レミリアが高いトスを上げる。常夏の青空に滞空する球を目で追いながら、マルグレーテが詠唱に入ったのがわかった。
「ラン」
「うんっ」
跳んだランが、スパイクする。敵後衛はたったひとり。その居ない方角、コートの隅に。後衛ひとりだけは、敵チームの弱点だ。なんせここポルト・プレイザーの獣人全部で三人しか存在しないからな。
「うまいっ!」
ギャラリーが盛り上がった。
「氷結、レベル二っ」
マルグレーテの宣言で、ボールからびっしり、つららのような氷が生えた。
「えっ!?」
敵後衛は素早かった。足元の悪い砂浜に裸足だというのに、カニかよというくらい素早く動くと、ボールの正面に。
「それっ」
そのまま、氷の球を前腕で弾く。
「マジかよ……」
怪我するほどではないが、まともに当てたら死ぬほど痛い程度にはトゲトゲだぞ。顔を歪めることすらせず、普通に打ち上げている。
「表面滑るよっ」
「わかってる」
相手セッターがトスを上げる。
「そおれっ!」
リーダーのアヴァロンが、俺めがけて打ち込んできた。強い打撃に、ボールから氷の破片が飛び散った。きらきらと、真夏の太陽を反射している。
「くそっ!」
俺だって……とレシーブしたが……。
「ってーっ!」
痛え。普通に痛い。着弾の瞬間に本能的に力が抜けたから、俺のレシーブはひょろひょろと五十センチ上がっただけだった。もちろん、誰も拾えやしない。
「ゼロ対二っ」
「ああ。モーブ組、二点ビハインド。まだ一点も取れていません」
「得意の魔法攻撃がどうやら通じないのかな、これ」
実況席でコメディアンが唸った。
「それとも裸の獣人に興奮したモーブの作戦ミスか」
余計なお世話だわ。
「モーブ組がしょっぱなから二点も取られたのは、初めて。厳しい戦いが予想されますね」
「ええそうです。この際、獣人チームの胸でも狙って、跳ねさせてもらいたいところです」
「またそんな」
途中まで珍しくまともに解説してたのにな、コメディアン。
「タイム」
たまらず宣言する。タイムは一ゲームあたり三回まで。あまり使いたくはないが、これは仕方ない。
「耐炎だけじゃなく、氷も大丈夫なのか」
「氷もあるけど、むしろ痛覚じゃない。傷みに対する耐久力が強いのよ」
「だからボールの凸凹くらい、なんてことないのか」
「大丈夫? モーブ……」
心配げに、ランが俺の腕を取った。
「あざになってる……」
「まあなー」
あちこち打ち身っぽくなってるな。スパイクが当たったところ。
「たいして痛くはないよ」
「回復してあげる」
腕を胸に抱くと、ランの体が緑色に輝いた。ギャラリーから悲鳴が上がったが知るか。お前らは獣人ちゃんの下半身でも睨んでろ。うまい角度で転んだら、見えるかもしれないからな。
「それよりどうする」
レミリアは、ベンチ脇で水分補給する敵チームを見つめた。観客の声援に応え、手を振る娘もいる。
「相手チーム、強いよ。もっとヤバい魔法使う? ガチ刃物が生えるとか」
過激なことを言う。
「そうだなあ……」
敵チームを眺めながら、俺はしばらく考えた。
「冷たあーい」
下半身裸の娘が、ボトルを落として水をこぼしたところだ。愚痴りながらタオルで下半身を拭くと、満座から大きな歓声が上がった。
「そこだっ」
「もっと激しくこすれ!」
「魔導カメラ、ズーム!!」
諦めろ、おっさん。和毛が深いから、いくらタオルを当てても中身なんか見えんぞ。……多分。
「相手は魔法や痛覚に耐性がある。といってガチ球技勝負を挑むのは辛い。女子とはいえ運動神経相当いいぞ、あれ」
「筋力もあるしね」
「それが三人がかりでかかってくるんだもんね」
「これはスポーツとはいえ、観客を入れての娯楽だ。流血騒ぎになる魔法は禁止。といって、球技としての技術面では、残念ながら勝ち目はなさそうだ」
さすがトリ前、第四戦に組み込まれたチームだけある。マネジャーの奴、イベントの組み立てうまいな。スポーツとしての盛り上がり、それに水着サービスとしての盛り上がり、両方文句なしだわ。
「あきらめるの、モーブ」
「まさか。安心しろ」
悲しそうなランの頭を撫でてやった。
「敵は一度も魔法を使ってない。多分魔力はないんだろう」
「リーダーの人はケットシー。巫女一族なんだから、魔力ありそうだけれどね」
瞳を細めて、マルグレーテはアヴァロンを見つめている。
「魔力じゃなくて、霊力かも」
「霊力ってなんだよ、ラン」
「魔法大全の最後のほうに書いてあったよ。魔法と違うスーパーパワーが、この世には存在するって。霊力とか呪力とか。……詳細は書いてなかった。呪文とかも」
「ランちゃん、千ページもあるあの本、全部暗記したんだものね。凄いわ」
マルグレーテが微笑んだ。
「霊力か……」
巫女ならありそうだ。原作ゲームでは登場しない力だが。攻撃や回復に役立つんじゃなく、霊やスピリッツに依頼して地形効果を高めるとか呪いを解くとか、そっち系かもな。
「いずれにしろ、相手からの魔法攻撃は無さそうだ。しかもこちらの魔法に耐性がある。……となるとこっちは、敵の物理攻撃をどう防ぎ、こちらの物理攻撃をどう高めるかに集中すればいい」
「なるほど」
「いいわね」
「具体的にはどうするの」
「いいか……」
俺がひそひそ作戦を伝えているうちに、審判の笛が鳴った。
「そおれっ!」
観客の掛け声に乗って、相手チームから鋭いサーブが飛んできた。
「作戦どおりだ!」
「浮遊、レベル三っ」
ランの宣言で、ボールの勢いが一気に削がれる。ふわふわと浮いたところを、レミリアが高いトスとして上げた。
「行けっ、ラン」
「うん」
駆け込んだランが高く跳ぶ。
「浮遊レベル一」
自分にも魔法を掛けると、跳躍の頂点はネット上端を遥かに越えた。ランの太ももがネット上端くらいだ。
「えいっ!」
上空から、真下に打ち下ろすようなアタックを決める。
「任せて」
アヴァロンが素早く動くと、着地点に陣取る。そこに――。
「旋風レベル一」
マルグレーテの風魔法がボールの軌跡を狂わせる。
「あっ!」
「大丈夫」
なんとか体勢を立て直したアヴァロンがレシーブしたが、球はコートの外に飛んだ。
「カバーできるよ」
後衛が走っていったが――。
「旋風、レベル二」
マルグレーテが追撃。ボールはくるくる渦を巻いて、観客席に向かう。それでも健気に走った後衛は球に追いついたが、観客席ぎりぎりで踏み留まった。ボールは観客席に吸い込まれ、どこかのおっさんのハゲ頭を直撃した。
「よしっ!」
作戦成功。俺は拳を握り締めた。




