9-13 獣人チームの謎ビキニ
「ぎょわーっ!」
「ぎゅえーっ!」
「どひーっ!?」
どう考えてもマンガだろって叫び声が上がった。観客席のあちこちから。同時に、怒涛の歓声が、ビーチに響き渡った。波の音をかき消さんばかりに。
「出てきました! 獣人バニーチームです」
司会バニーが叫ぶ。たしかに。相手チーム控室の扉が開き、ネコミミ&尻尾の獣人女子が出てきた。三人ほど。先頭を切る女子は、ビキニの上下。髪色と同じ濃いブラウンが、よく似合っている。その後ろのふたりはビキニ……っちゃあビキニだが、それは胸だけで、下半身は裸だ。
「これはーっ!」
立ち上がったコメディアンが駆け寄ろうとする。司会バニーが髪を鷲掴みにして解説席に叩きつけた。
「仕事して下さい」
「でもあれ、裸だぞ。獣人の裸とか、幸運な恋人以外は一生見られないのに」
「見えてないじゃないすか」
女子だけに、司会バニーは冷静だ。
たしかにそうだわ。見えてはいない。
先程コメディアンが指摘したように、獣人の体毛は濃かった。薄いプラチナブロンドの体毛が、ビキニのすぐ下から続いている。下に行くに従って毛は深くなっており、へその下あたりからはすっかり肌を隠している。柔らかそうで触り心地は天国と思われるが、とりあえず「あれやこれや」は見えていない。うまく毛に隠れている。
客席に手を振るため振り返ったが、後ろから見ても背骨周囲から尻尾にかけて生えている。こちらは濃いブラウンで、髪色と同じだ。尻は肌そのままだが、尻尾のせいで奥は見えない。
つまりこれ、際どいTバックを穿いてるも同然。見えそうで見えない奇跡のバランスだ。
「モーブ様、よだれが……」
コートに入ってきたフルビキニ獣人が、くすくす笑った。俺の前に立ったし、おそらくリーダーだ。
「あっ……」
あわてて口を拭ったよ。いやこんな爆弾娘三人とか、信じられるか?
だってよ。見ただけでわかる筋肉質だからな全員。太ももも、こうしっかり大腿四頭筋が発達してるし。それでいて女子らしいラインはキープして、きちんと脂肪も適度についてるのが凄いわ。腹だってうっすら腹筋の筋が見えてるけど、そこまで。シックスパックとかその世界には行ってない。
なんせちゃんと胸大きいからな、三人とも。この娘達を彼女にできる男は幸せだわ。多分だがいろいろ……アレだろ。
「私だけ穿いていてすみません」
面白がっている様子だ。
「私は巫女筋。殿方に体を見せるのにも制限がありますので」
いやビキニ着てくれるだけでも、巫女さんとしては奇跡以上だわ。スタイル抜群だし、肌も体毛も柔らかそうだし。
「あああんた、カジノ景品交換カウンターに居た娘だよな」
たしか種族はケットシー。幻同然の巫女一族だって、居眠りじいさんがコーフンしとったのを思い出した。
「ええモーブ様。私はアヴァロン・ミフネ」
「よろしく」
握手した。別大陸は原作ゲームでも「新大陸」とも「旧大陸」とも呼ばれる、謎の地として登場する。和風の名字を持つ一族も存在した。ミフネとかハットリとかサイガとかな。この獣人は別大陸から来たって話だし、ミフネ姓も納得だわ。
「ケットシーは別大陸の秘境『のぞみの神殿』にしか居ないんだってな」
といっても、原作ゲームには「のぞみの神殿」もケットシーも登場しない。なんせ主人公ブレイズは、別大陸に行った頃はもう勇者の血筋を自覚していた。とにかく魔王討伐に一直線だったから、奥地に行くのはゲームクリアに必要なアイテムを集めるためだけ。寄り道なんかしなかったし。
「ええ。それで……」
俺をじっと見つめる。深く澄んだ瞳で。握手したままで。
「一年ほど前、母が神の啓示を受けたんです。私達の助けを必要とする羽の勇者が、今この瞬間、まさに世界に舞い降りたと」
「へえ……」
「私は末娘。巫女継承の序列は低いので、居なくなっても神事の滞りはない。母は私を送り出しました。羽の勇者が降臨したという、この大陸に。いつか出会う運命だとの母の言葉を頼りに。そして啓示の導くまま、この港に腰を据えました……」
俺の手を、ぎゅっと握り締めた。
「この間、初めてお会いして感得したのです。モーブ様こそ、運命の勇者だと」
「ああ。すごろくのとき……」
景品「従属のカラー」をもらったんだったよな、彼女から。
「もしかして、あの指が触れ合ったときか」
「ええ」
変だと思ってたんだよ。指が触れた瞬間、驚いたように手を引っ込めたからな。あのとき、巫女の力でなにかを感じ取ったんだろう。というかそもそも俺、勇者じゃなくてモブだけどな。勇者ならブレイズだし。
……といっても「羽の」が付くなら、おそらく異世界から転生転移してきた俺の事になるんだろう。以前から同様の転移者が何人も存在していたって、居眠りじいさんも言ってたし。
「モーブ様……」
じっと見つめられて、なんだか恥ずかしい。巫女の血筋のせいか、すごく清純な瞳だ。俺は底辺を這い回ってきたドブ社畜だからな。世界が違いすぎる。
「ケットシー一族の助力が必要になったら、いつでもお申し付け下さい」
「どんな風に助けてもらえるんだ」
「それは……」
微笑んだ。
「運命の導くままにとしか」
また出たよ「運命」。この世界、マジ運命とかに従う奴多いわ。俺が逸脱しているとはいえ、もともとシナリオのあるゲーム世界だからかな。
「そのときが来たら、頼むよ」
「ええ、喜んで」
左手も添えて、俺の手を、きゅっと包んでくれた。
「本日はモーブ様パーティーの真の力、とくと拝見いたします」
「お手柔らかに頼むよ」
「こちらこそ……」
頭を掻きながら、ランやマルグレーテの位置に戻った。
「モーブ、なんか悩んでるみたい」
ランは心配げだ。俺の顔を覗き込んでくる。
「いや平気。ちょっと考え事をな」
「相手はたった三人よ。それがむしろ恐いわ」
「そうだな、マルグレーテ。……魔力は感じるか」
「特には。……ランちゃん、どう」
「私も」
ランは首を傾げた。
「でも、なんか強さを感じる。なんでかな」
「身体能力じゃないの。みんな、筋肉しっかり付いてるし」
「ううんレミリアちゃん。もっと違う強さだよ」
「敵の実力がわからん。油断せずにいこう。獣人なんて原作でも出てこなかったからな」
「原作?」
「ああレミリア、気にすんな。俺の口癖だ」
「作戦は、モーブ」
マルグレーテが、俺の手を取った。さっき獣人アヴァロンと長いこと手を取り合っていたから、上書きするつもりなのかもしれない。
「心配するな、マルグレーテ」
二重の意味を被せてから、体を抱いてやる。
「お前はかわいいよ」
屈み込んで首筋にキスしてやると、マルグレーテは真っ赤に発熱した。
「み、みんなが見てるから」
それでも、まんざらでもない表情だ。
「私も――とか言わないでよね、ラン」
「レミリアちゃんに釘、刺されちゃった」
ランが舌をぺろっと出した。
「じゃあ我慢する。ねっモーブ」
「後でな」
「えへへーっ。幸せ」
阿吽の呼吸って奴だわ。
「作戦だが、初手から魔法でいこう。マルグレーテ頼む」
「任せて」
うれしそうだ。
「ランちゃんが相手の力を感じてるんですもの。警戒が肝心だわ」
「そういうこと。さっ、始めるぞ」
定位置に分かれると、審判を見る。俺に向けて頷くと、笛を吹いた。ゲーム開始だ。
「よし……それっ!」
力強くサーブした。
「火球レベル一っ」
マルグレーテの宣言と共に、ボールがオレンジ色の炎に包まれる。そのまま敵コートに飛んだが、正面のレシーバーは逃げない。まっすぐ球を見つめている。
「はいっ」
赤熱したボールの真下に移動する。
「なに?」
熱いぞ。俺のところまで熱気が伝わってくるのに。
「えいっ!」
腰を屈めると、赤熱した球を見事にレシーブ。
熱くないんか、この球が……。




