9-12 第三戦「イーストサイド・エリート女子選抜チーム」戦
「くそっ、ラッキーボールだ! 強いのが返ってくるぞ」
俺が叫んだ瞬間、相手チームにとっての絶好球はしかし、敵リーダーのすぐ前にぽとんと落ちた。砂にぼすんと潜り込む。
「えっ!」
「どういうこと……」
観客席から、ギャラリーのどよめきが巻き起こった。
「あんないい球、見逃すかあ、普通」
相手リーダーは、球を拾うと、ぽんぽんと表面を叩いてみせた。
「思ったより空気抵抗が大きいわね。だから回転を与えるとよく曲がるんだわ」
「そうね、リーダー」
「いいみんな。今のは相手のラッキー。次は油断しないでよっ」
「わかった」
「任せて」
すっと、コート脇にボールを放り投げる。俺の手元に、ボールボーイが次の球を持ってきた。
「いやー、モーブ組、命拾いしましたね」
司会バニーが、マイクを握り締めた。
「危ないコースでした」
「ええもう。危ない危ない。アブナイ水着で」
「あっ、また双眼鏡使ってる」
ゴンッとコメディアンの頭を叩くと、双眼鏡を取り上げた。
「さっき取り上げたのに。どこから出したのよ。あんたコメディアンじゃなくて手品師?」
「そう俺は、危険な手品師。女心を手玉に取って服の中に隠し、代わりにこの黄金の棒を――」
ゴンッ。
思いっきり殴られている。
「下ネタ禁止です。ここは優雅な高級リゾートですからね」
「てててっ容赦ないなあ……。いやでも、いい球でした。エリート女子のあられもない姿なんて、見られるもんじゃないですからねー。モーブさんには、さらに頑張ってもらいたいところ。なんならおっぱいぽろ――」
「ゴンゴンゴンッ――ピー……」
マイクで何度も殴りつけたから、とうとう壊れたみたいだな。スタッフが次の棍棒……じゃないかマイクをバニーに渡してるし。
「……それにしても、どういうことだ」
俺は思わず唸った。いやだって別に、ただのひょろ球だっただろ、今の。サーブ失敗の。
「気を抜かないで、モーブ」
レミリアが寄ってきた。
「あたしたちを油断させる罠かもしれない」
「そうだな」
初球だけ思いっきり失敗してみせて、こっちが舐め切ったところで全力で潰しに来るとか、あっても不思議じゃない。なんせ相手はイーストサイドのエリート女子チーム。頭脳派なのは明白だし。
「よし。油断せずにいこう。いいかみんな」
全員集め、相手に聞こえないようにひそひそと指令を与える。
「次も魔法は無しだ。どうにも不気味だからな。しっかり相手の出方をチェックしたい」
「わかった」
「わたくしもそれがいいと思う」
「あたしたちなら楽勝っしょ」
「さあモーブ組、動きます」
司会バニーが解説した。
「二本めのサーブに入りますよっ」
「さて、期待されてるし始めるか」
球を叩いて空気圧を確認すると、俺は相手コートを見つめた。次も俺のサーブ。試しに同じコースを狙ってみよう。
「行けっ!」
今度はちゃんと打ち込めた。きれいな放物線を描いて、ボールが相手コート中央に飛ぶ。
「みんな来たわよ。跳んでっ!」
「えーいっ!」
「それっ」
相手リーダーの指示で、四人全員が着地点に向かいダイブした。セッターとかアタッカーを残さず。
「きゃっ!」
「いやん!」
転ぶようにスライドした四人のちょうど真ん中に、ボールがぼすんと着地した。同時に、観客席から、怒涛のどよめきが巻き起こる。
「み、見たか、今の」
「もちろん。ランちゃんに勝るとも劣らないばるんばるんぶり」
「ランちゃんとマルグレーテ様はワンピースだからな。その点、エリートチームは全員ビキニだから、揺れ方が激しいわ」
「ひとりうつ伏せに倒れたから、お尻の割れ目もくっきりと……」
「ま、魔導カメラ持ちをもう一度探し出せ。ランちゃん撮影は次の試合でいい。今回はエリートチームの揺れるビキニ姿を撮らせるんだ」
「いやーん砂まみれ」
立ち上がったひとりが、観客席に向き直って、胸の砂を払い落とした。もちろん揺らしながら。
「私もー」
こっちは下半身の水着をはたいている。観客席に向かって。
もうギャラリーは大喜びだ。
「これ、もしかして……」
「モーブ……」
マルグレーテが寄ってきた。思わせぶりに、俺の目を見つめる。
「わかってる。もう一度試してみよう」
「そうね」
だが、次も同じだった。適当に叩いた俺のサーブが飛ぶと、全員そっちに向かい、派手に転んでギャラリーを喜ばせる。たいして意味もないのに、脚を開いたまま転ぶ奴までいたからな。
「やっぱり……」
これ、どう見ても観客へのサービスチームだな。真面目な試合が五戦も続くと飽きる。だから途中で水着サービス回を挟んだってわけか。夏アニメかよ笑うわ。あのマネジャーも、客の金抜くことにかけては、つくづくサービス精神旺盛。エリート女子をどうやって口説いたのかは知らんが、たいした才覚だわ。
「モーブさん、やっぱり強いですね」
ぐっと胸を張って強調した姿で、エリート女子リーダーが話しかけてきた。
「水着に砂、着いてるぜ」
「あらいやだ」
俺と客席に見せつけるかのように、ゆっくり胸を撫で回す。白いビキニから、砂がさらさらと風に飛んだ。
……意外に楽しいな、これ。
俺は頭を切り替えた。連戦の続くみんなも休ませられるし、マネジャーの策略に乗るわ。揺れる胸も見放題だし、俺に損はない。てか妄想のタネもらえるしな。
「ラン、次のサーブに魔法を乗せろ」
「わかった」
「いいか、こうだ……」
ひそひそと、俺は作戦を伝えた。
「簡単だろ」
「もちろん」
「よし、いこう」
俺の打ったサーブに、ランが浮遊魔法を乗せた。ちょうど、相手が手を伸ばしてギリ届かないあたりで、球はふわふわと止まっている。
「みんな、拾ってっ!」
リーダーの指示で、相手チームが次々、入れ替わるようにして飛び上がる。なんとか球を打とうとして。でもうまいことランが浮かせてるからな。何度試しても空振りで、その度に胸が揺れまくる。
「えいっ」
「えいっえいっ」
「やーん届かないーっ」
三回に一度は誰かが転んで体を客席に見せつけてるし。もうギャラリー大喜び。大歓声だけでなく、誰か飛ぶ度に「よいしょー」とか掛け声が飛ぶ始末だ。雲龍型の横綱土俵入りかよ笑うわ。
「モーブ、ふざけすぎよ」
マルグレーテに非難された。
「いいんだよ、マネジャーの戦略に乗ってやってるんだからな」
とはいえ、そろそろいいか。ランに合図して、球をぽすんと落とさせた。
「ビッ」
審判が笛を吹く。
「四対ゼロ。……モーブ組はサーブを続けるように」
「はい」
審判も気楽なもんだな。主審はともかく、ライン審判とか、ボールそっちのけで食いいるように女子チームの水着姿を堪能してるし。ギャラリーよりよっぽど近いところで見放題とか、こんな役得ないからな。気持ちはわかるわ。どうせマジな試合じゃないし今回。
「よし行くぞーみんな。休みながら参戦してくれ」
「そうね」
マルグレーテは呆れ顔だ。
「いいよー。モーブのかっこいい姿、見られるもん」
「早くやりましょ。ト……トイレ行きたいし」
「タイムかけてやろうか、レミリア」
「いいからやって」
睨まれた。恥ずかしいんかな。
●
十五分後、試合は俺達のストレート勝ちで終わった。サービス試合だけに、コートチェンジでギャラリーが大盛り上がりしたし。コート脇を抜けるとき、わざわざ目の前を通ってくれたからな。いやマネジャー、偉いよあんた。コートチェンジをこの目的に使えるなんてな。
「モーブさん、ありがとう」
リーダーが手を伸ばしてきたので、握ってやった。頭脳派知的労働者だけにガサついてはおらず、すべらかな肌だ。
「今度、両チームで飲みましょう。いいでしょ」
「もちろん。リゾートのマネジャーに言っておいてくれよ。日時はそっちに合わせるから」
「うれしい」
無邪気な笑顔になった。
「みんなー、モーブチームと合コン決定よっ」
「やったあ!」
「五対四の合コンね」
「私、それに向けてスキンケア頑張る」
「なら私もダイエットする」
「私は媚薬を買っておく」
おいおい……。物騒な奴がいるな。飲み会だろ、合コンじゃなく。合コンったって、男は俺ひとりだからな。まさか相手全員お持ち帰りするわけにもいかないし。……いかないよな、多分。
ちらと仲間を見る。ランとレミリアはにこにこ顔。マルグレーテは腕組みして微妙に困り顔だわ。
「さて、大奮闘したエリート女子チームの退場です」
司会バニーが声を張り上げた。そりゃ「大健闘」とは言えんもんな。
「皆様、大きな拍手を」
「うおーっ!」
煽るまでもなかった。ここまで三戦で、いちばん大きな歓声と拍手が巻き起こったからな。そりゃまあそうだろ。全員精一杯、サービスシーンを披露してくれたし。
「さてモーブ五番勝負、第四戦の相手は……と」
手元に来た紙を、バニーがぺらぺらとめくった。
「わあ凄い」
思わず素になって驚いている。
「べ、別大陸から来た、獣人バニー女子チームです」
「マジかよ」
「奇跡じゃん」
「カジノでしか見られないのに」
観客席から絶叫並の歓声が上がった。
「えっ本当ですか」
コメディアンも驚きの極地といった声。
「カジノのバニーちゃんですよね。バニー姿も最高ですが、まさかの水着とか。誰も見たことないんじゃないですか」
「たしかに。私もないですね」
「獣人となれば、ネコミミに尻尾、それに濃い目の体毛がありますからねー。水着姿になると、体毛結構見えちゃいますよこれ。ヤバッ。もしビキニだったら、胸からお腹、その下の謎地帯まで続く秘密の体毛がこれ見よがしに……。な、何色だろ。やっぱり髪と同色なんだろうか。バニーちゃん、あんたの体だと何色な――ぐふっ!」
バニーちゃんの必殺マイク拳が連続炸裂。コメディアンはとうとう放送席の椅子から崩れ落ち、倒れ込んでしまった。
対戦相手に女子チームが多いのはもちろん、マネジャーの作戦だろう。なんせカフェスタッフのパン見え制服考えるようなリゾートだしな。実際、この後に居眠りじいさん+カフェスタッフチームも出てくる。カフェの娘にカジノの獣人と、こんないい女がいるぞって宣伝も兼ねてるんだろうし。
「獣人バニーちゃんの水着姿か……」
いかん。俺も妄想爆発して下半身がアブナイわ、これ。試合中に変化が起こったらどうしよう……。
●獣人バニーチームは、とんでもない水着姿で登場してきて、会場の男共を全員瞬殺する……。
次話「獣人チームの謎ビキニ」、お楽しみにー。
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