9-8 第二戦の戦略。あと日焼け止めショー
「モーブ五番勝負、次の対戦相手は、ポルト・プレイザー冒険者ギルド選抜チームですっ」
おおーっという声と共に、観客席から拍手が巻き起こった。
「モーブさんは、冒険者ギルドにも出入りしていて、その能力はギルドの誰もが知るところ。それだけにギルドチームも対策を練っていると思われます」
「知り合いのギルド員に聞きましたが、戦闘能力を考え、バランス良くメンバーを選出したようです」
双眼鏡を取り上げられて諦めたのか、コメディアンが珍しくまともなコメントを入れた。
「ギルド連中ね……」
マルグレーテが腕を組んだ。
「当然魔道士を入れてくるはず。ひとりかふたり。……もしかしたら三人」
「でも魔道士は一般的にスポーツは弱い。たくさん入れると球技部分に問題が出るよ」
「レミリアちゃんの言うとおりだと思うな、私」
「なら精鋭魔道士をひとり。あとは前衛系の脳筋野郎が数人ってところか」
「ビーチバレーはコートが狭いから、あんまり数が多いと逆効果じゃない?」
たしかに。レミリアの意見は正しい。ひとつの冒険者パーティーが挑んでくるならともかく、普段別パーティーで行動している冒険者の即席チームだ。あまりに人数が多ければ俺が俺がになったり譲り合ったりで、むしろ足を引っ張るだろう。
その点、俺達は真逆だ。なにせ冒険で毎日苦楽を共にしている。しかもランやマルグレーテとは、風呂や寝床だって一緒だ。それもただ寝たり洗ったりだけじゃない。恋人としてどっぷりいちゃつきながらだからな。これ以上に息の合ったチームなんかないだろう。
ビーチ脇の日時計に、レミリアが視線を飛ばした。
「そろそろ休憩時間終わりだね」
「みんなどうだ。疲れてるか」
なんせ俺達だけは五連戦だ。イベント後半になるに従って、不利になる。
「平気よ。ただ……」
マルグレーテが、ほっと息を吐いた。
「今日はピーカン。これ以上ないってくらい真夏の青空で、雲ひとつない。もっと日焼け止め塗ればよかったわ」
「いいじゃないか。日焼け跡、最高」
「そりゃ、モーブはそうでしょうよ」
苦笑いしている。
「日焼け跡を見ると、いっつもわたくしやランちゃんの胸に吸い付いてくるし。……でも今日はビキニじゃないから、焼けてもモーブは興奮しないんじゃないかしら」
いや、ワンピースの水着跡もなかなかだけどな。胴体だけこう真っ白に焼け残ってると、そうやって隠してきた部分を顕に見せてくれた感で興奮するというか。しかもマルグレーテの場合、ビキニ跡との二段階日焼け跡だからな。想像するだけでこう、もやもやしてくるわ。
「マルグレーテちゃん。私、日焼け止め持ってきたよ、ここに」
「あら」
日焼けなにするものぞのランは、日焼け止めなんか使わない。気を利かせて、肌の弱いマルグレーテのために持ち歩いているんだろう。
「はい」
「わあ。ありがとう。……さすがはランちゃん。わたくしの大親友ね」
「へへーっ」
嬉しそうだ。
「ではちょっと失礼するわね」
マルグレーテが腕に日焼け止めを塗り始めると、観客席がざわついた。
「おい。マルグレーテ様、見ろよ」
「くあー。柔らかそうな腕だな。ぷりぷりしてて」
「それでいて、芯の筋肉がしっかりしてるからな。ぶよぶよじゃなく」
「あっ、脚に……」
かがみ込むようにして脚に擦り込み始めると、ギャラリーが静まり返った。
「かがんだら、胸の膨らみまるわかりだな」
「も、もう少しで奥まで見えるのに」
「マルグレーテちゃんの胸の先が見えたら、俺もう死んでもいい」
「あっ、そんなに脚を上げて……」
片脚を上げ、太ももの内側に塗っている。
「ごくり……」
「あのあたりは特に柔らかそう……」
「い、一度でいいから触ってみたい」
ほぼほぼギャラリーの視線を一身に集めていたマルグレーテだったが、そのうち歓声が上がった。見ると、相手チーム控室の扉が開き、対戦相手が出てきたところだ。
「やっほー。モーブさんっ」
ビキニ姿。先頭で手を振っているのは、ギルドの受付嬢だ。
「えっ? 出るの」
驚いたわ。だって彼女は冒険者というより事務員さんだからな。
「あたし魔道士だよ。鑑定スキルがないと、ギルドの受付なんかできないからね。あはははっ」
笑われた。
それもそうか。俺も実際、アイテムいくつも鑑定してもらってたわ。……にしても、なんだよスタイルいいじゃんか。ガチ冒険者じゃないから体に傷ひとつないし。適度に柔らかそうなビキニの胸とかたまらん……。
「魔道士が、想定よりひとり多いわね」
マルグレーテの言葉で我に返った。受付嬢にばかり目を取られてたけど、もうひとり、ひょろっと痩せた男が背後に控えている。ギルドで会ったことはないが、魔道士で間違いない。
「あの魔道士は強いわ」
マルグレーテが眉を寄せた。
「感じるもの」
「あとはみんな、ギルドで見たことがあるね」
「そうだな、ラン」
魔道士二、前衛二のチームだった。前衛ふたりは、顔見知り。たしか甲冑をまとう重戦士と、格闘系スカウトだ。片方はパワーリフター、片方はトライアスリートといった付き方の違いこそあれ、どちらも筋肉はしっかり付いている。少なくとも俺よりは。
「魔道士ふたりが動けない分、スカウトが機敏に走り回って球を拾う気だよ、モーブ」
レミリアの分析は正しそうだ。スカウトはAGI重視の職業だからな。
もそも前世世界のビーチバレーだって二VS二だ。ガチ体育会系がふたりいれば、ビーチバレーの球技部分についてはカバーできる。後は魔法部分にふたり使うつもりだ。もちろん、こっちにはランとマルグレーテがいるから、それに対抗するため、どうしてもふたり必要だという判断だろう。
それに対し、こっちは魔道士ふたりに、俺とレミリアだ。どうしても、球技部分では敵に見劣りがする。
「これは魔導戦になるな」
ランとマルグレーテの手を握った。
「ふたりとも、頼むぞ」
「任せて、モーブ」
「あんなの瞬殺よ」
「よし、始めよう」
両チームがコートに足を踏み入れると、会場から割れんばかりの歓声が上がった。ギルドのアイドル的存在だけに、受付嬢への声援も多い。
「モーブさん」
受付嬢が握手を求めてきた。
「お得意様だけれど、勝負は別だよ」
「わかってるよ」
「あたしたちに勝ったら、次のアイテム買い取り額は、一割アップにしてあげる」
「そいつは助かるな」
「あたしは二割アップにしたいんだけれど、オーナーがケチでね」
舌を出してみせた。
「なら俺達が負けたら、とっておきのアイテムをギルドに寄付するよ。すごろく装備に替えたから、余ってる奴がある」
「わあ」
振り返った。
「ねえみんな聞いた? 今の」
「この耳ではっきり」
重戦士が笑った。
「俺もだ」
スカウトも。
「モーブのお古アイテムなら、欲しがる奴は多い。俺達もオーナーからボーナスをもらえるな」
「……」
男の魔道士だけは笑わない。無表情に、俺の目を覗き込んでいるだけ。不気味な奴だ。こいつは要注意だな。
「さて、モーブ五番勝負、第二番。冒険者ギルド選抜チーム戦です」
司会バニーが声を張り上げた。
「現在、本イベントでモーブ組が何回勝てるか、賭けの受付を延長中とのことです。第一戦の戦いぶりから考えて、どんどん賭けて下さい。賭けは第三戦開始の瞬間まで受付中になってます」
うおーっという雄叫びが、観客席から上がった。
「慌てないでいいですよ」
コメディアンが口を挟んだが、よっぽどこいつのが慌ててるな。
「今、観客席に賭けのブックメイカーが回っております。そちらでご存分にお賭け下さい」
「さて、始めるか……」
審判の笛を待ち、元の砂をならして足場をしっかりさせると、ボールを思いっ切り相手コートに叩き込む。海風が潮のいい香りを運んでくる。第二戦、開始だ。




