9-5 更衣室で生着替え
「みんな、水着に着替え終わったか」
「ええ」
「うん」
「だよー」
更衣室の奥から三人の返事が返ってきた。
マジックビーチバレー大会当日。ここは大会会場の広いビーチ沿いに急遽設けられた、「選手控室」という名の掘っ立て小屋だ。
掘っ立て小屋といってもプレハブのような安っぽいものではなく、なんての、向こうの世界だったら南国リゾートのコテージと言い張れるほど、きれいな造り。ちゃんと木造で、屋根はなにか大きな葉で葺いてある。
控室にはきちんと着替えスペースまで完備されている。さすがは金持ち相手のカジノリゾート主催だけあるな。
「どうかしら、これ……」
自信なさげに出てきたのは、マルグレーテだ。プライベートの水着としては紺色のトライアングルビキニを着用するマルグレーテだが、あれは「モーブのためだけに買った品」と言い切って、大会用に地味な紺ワンピースを買い込んできた。どうやら俺以外の男にあんまり肌を見せたくないらしい。
「なかなかかわいいぞ、マルグレーテ」
「そうかしら……」
自信なさげに、胸を隠している。
「ほら、見せてみろよ」
「あっ、いやっ……」
構わずに腕を剥がすと、きれいな水着姿が現れた。
「な、なんだか恥ずかしい……」
俺に水着姿を間近で見られて、照れくさそうに体をくねくねさせている。
「恥ずかしいもんか。かわいいぞ」
シンプル形状の地味色ワンピースだけに、体の線がきれいに出ている。スタイルの良さがまるわかりだ。
「で、でも……名札付きとか」
「ああ、それな」
紺ワンピースでまるでスク水だから、俺が付けさせたんだわ。胸のところに白い布を縫い付けて、「まるぐれえて」と書いてある。
「最高だぞ、マルグレーテ」
てか、天使のスク水姿だろ、これ。前世の高校時代に、こんな彼女ときゃっきゃうふふしたかったわ。はあー……。
「そうかしら……」
「ああ。……今晩、寝台でもそれ着てくれ」
「はあ?」
呆れたように見つめられた。いかん、つい妄想が出た。
「私はどーお」
ランが出てきた。水着姿を俺に見せつけるように、くるっと回ってみせる。そうすると、狭い控室にランの甘い香りが広がった。
「普段よりかわいく見えるぞ、ラン」
「そうかな、えへへーっ」
うれしそうだ。
ランが着ているのは、いつものワンピース。渋い黄色で、灰色モノトーンの大きな花柄が散らされている。全体に彩度が低いから、派手柄でも大人っぽい、例の奴だ。
マルグレーテと違って、ランはあんまり人に見られてどうとか気にしないからな。いつものお気に入りの水着姿ってことだろう。
「モーブぅ……」
甘え声ですり寄ってきたから、キスしてあげた。
「ん……好き」
キスを続けながら、背中を撫でてやる。
「わ、わたくしも」
「おいで」
「んっ……」
ふたり交互にキスを与える。
「あっ、まあたキスしてる」
レミリアの声だ。水着姿で腕を腰に当て、俺を睨んでいる。
「あんたたち、マジ堪え性ないね。こっちが恥ずかしいよ、もう」
「なんだ。出てきたのかレミリア。もっとゆっくり着替えてればいいのに」
「もう着替え終わったかって、モーブが聞いたんじゃん」
目を吊り上げてるな。おもしれー。
「かわいいぞ、レミリア」
「そ、そう……」
いきなりかわいいと言われて、急にもじもじし始めた。
「ど、どう……。あたしの水着」
「すごく似合ってる」
「そうかな……」
レミリアは、白のトライアングルビキニ。要するに布面積の著しく小さい、例の紐で結んでるビキニよ。エルフだけに肌はことさら白いから、よく似合ってるわ。
普通、肌の白さを強調するには濃い色の服を着るんだが、エルフほどの白さなら服に負けないから関係ないみたいだな。
「お前十二歳だっけ」
「十四だよ。前教えたじゃん」
「そうだったよな。悪い悪い」
「ところで……」
一歩二歩進んでくるとお辞儀するように腰を屈め、俺を見上げてきた。
「……そんなに若く見える?」
「ええと……うん」
「たとえモーブとはいえ、うれしいかも」
はあ? モーブとはいえってなんだよ。ムカつくわ。胸が小さいから若い方に思い違いしてただけだけどな。まあ控えめ胸とはいえ、それはそれで需要があるだろうから、とりたてて欠点という話ではない。
それに小さいったって、Bカップくらいはある。まだ若いんだし、「今後の成長に期待」って線だろう。
実際、小さいなりにスタイル自体は極上だし。体全体に脂肪控えめの線の細い美少女姿ながら、下半身の一部だけはこうぷっくりと柔らかそうに水着を押し上げてるからな。これもう悩殺されるおっさん続出だろう。
「ど、どこ見てるのよ」
眉を寄せると、下半身を手で隠しちゃったわ。
「柔らかそうだなって」
「はあ? そんな露骨な感想ある。あははははっ」
いつものようにのどちんこ見せて大笑い。
「モーブ、あんたスケベだねえ。……さすがふたりも嫁取ってるだけある」
うんうん頷いてやがる。
「余計なお世話だわ、アホ」
「そろそろ時間よ、モーブ。行きましょう」
わずかに扉を開けると、マルグレーテが周囲を窺った。
「やだ。凄い人波」
「そりゃ、『モーブ五番勝負』だもんな」
「トーナメントじゃなかったしねー」
ランがほっと息を吐いた。
「しかも総当たりでもないし」
「だなー」
立ち塞がる各チームと、俺達が順番に戦っていくイベントになってたからな、結局。
「なんでわたくしたちだけ、フルに戦わないといけないのかしら」
「そう愚痴るな、マルグレーテ。これはリゾートの営利イベントだ。一番客が呼べるように組み立てたんだろ、あのマネジャーが」
「みんな、モーブを見たいんだものねー。かっこいいから」
眩しそうに瞳を細めたが、いやラン、ほぼほぼお前とマルグレーテ目当てだと思うぞ。あと一部好事家からのレミリア需要と。
「あのマネジャー、やり手ね」
マルグレーテは、ほっと息を吐いた。
「モーブをダシに、また大儲けするつもりだもの」
「いやマジ、やり手だわ」
あいつ、そのくらいやるよな。すごろくのときだって、俺達が破竹の勢いを見せると機敏に動いて、あっという間に大イベントに仕立て上げた男だし。
「それに人買い排除の件で、奴には借りがある。乗ってやるさ」
「ごめんね、マルグレーテ。あたしのせいで……」
すまなそうに眉を寄せ、珍しくレミリアがしゅんとなった。
「いいじゃない、マルグレーテちゃん。これ遊びだもん」
マルグレーテの手を、ランが取った。
「五回も遊べるなんて、私達だけだよ。楽しもうよ」
「ランちゃんって、本当に純粋で前向きねえ……」
マルグレーテは微笑んだ。
「自分が意気地なしに思えてくるわ。……そうね、楽しんだ者勝ちよね」
「そうそう」
「マジックビーチバレー大会だぞ、これ。マルグレーテ、魔道士であるお前がいちばん輝けるイベントじゃないか」
「そうよね。ちゃんと作戦立てたものね」
昨日、会場の下見方々軽く練習して各人のスキルを確認し、俺達ならではの作戦を練ったからな。
「じゃあモーブ……」
俺をそっと抱くと、首に唇を寄せてきた。
「がんばるから、なでなでして」
「よしよし」
背中を撫でてやった。つるつるした水着の感触越しに、マルグレーテの体の曲線を感じる。俺がいつも寝台で触り、キスを与えている曲線を。
「モーブ……あのね……」
俺の首の上で、唇がもぞもぞと動いた。くすぐったい。今晩優しくしてね……と。
「ほら、係員の人が来たよ」
レミリアが振り返った。
「いちゃつくのは後にして、もう出ようよ」
●鈴なりのリゾート客から、モーブは大歓声で迎えられる。ランやマルグレーテ、レミリアの水着姿に注目が集まる中、初戦の相手として登場してきたのは、ポルト・プレイザーのイーストサイド、貿易港湾地帯の沖仲仕チームだった。人買いボスのその後をモーブが尋ねると……。
次話「水着アピアランス」




