9-4 ビーチイベントの誘い
翌朝というか昼というか。とにかくレミリアが使いを終えひとりランチを済ませて帰って来てからの話だ。晴れ晴れとした心と体でロビーに降りると、ベルボーイに声を掛けられた。シニアマネジャーがコンシェルジュデスクで待っていると。
あーちなみに、冒険者ギルドでレミリアが聞き込みをしてきた結果だが、例のカーミラとかなんとかいう魔族の正体は不明。スレイプニールが見つけた謎アイテムも鑑定不能。レミリア用のコイン加工を頼んだくらいしか成果は無かった。
……だがまあ、俺のほうは幸せ満足だった。なんせレミリアの居ない間に、ランやマルグレーテとひさしぶりにいちゃつけたからな、寝台で。例の絶倫茸もマルグレーテが料理したがったが、怖いんで食べるのはとりあえず止めて、干物に加工しておいた。
レセプション隣のコンシェルジュデスクは少し奥まっていて、行き交う客には会話は聞かれない。見ると、例のシニアマネジャーがなにか書き物に精を出していた。
「なにかご用事とか」
「これはモーブ様、それにお嬢様方。おはようございます」
いつもの見事な営業スマイルを浮かべるとペンを置き、書きかけの帳面を閉じた。
「少し相談がございまして。……お座り下さい」
「昨日の晩、口にしていた件ですか」
なにかショーやイベントの件で相談があるとか、言ってたしな。
「さすがはモーブ様、物覚えが良くていらっしゃる」
いやそこまで持ち上げんとも……。こそばゆいわ。
「実は……」
話はこうだった。もうすぐ九月に入る。ここは常夏のリゾートだが、秋というだけで悲しくなってリゾートに落とす金が少なくなる客もいる。なのでまだまだ夏の気分が楽しめるということで、ビーチでのスポーツイベントを企画している。そこに俺とパーティーで参加してくれないか――。
「なるほど」
まあそうだろうな。特にこのリゾートはカジノ併設で、隠れ家気分より浮かれた陽気なイメージで売っている。アッパーな印象は出しておきたいところだろう。
「わあ、面白そうだねモーブ」
ランは無邪気に喜んでいる。
「スポーツというのは、なにかしら」
「マルグレーテ様。マジックビーチバレーでございます」
「聞いたことがないわね。レミリアは知っているかしら」
「知らないねー、あたし。そもそもあたし、ランと同じで山育ちだし。貴族のマルグレーテも知らない遊びなんて、無理無理」
「それ、どんな競技」
「ラン様。砂浜でボールを打ち合う球技ですよ。モーブ様もご存知ないですか」
「教えてください」
一応聞いてみる。とはいえ原作ゲームに、同名のミニゲームが実装されていた。多分あれのことだろう。
「ルールはこうなっております」
シニアマネジャーが説明を始めた。
基本、現実世界のビーチバレーのようなもの。一チームの参加人数は自由。といってもコートは狭いので、やたらに多くてもやりにくい。
おまけに使うのは、普通のボールではない。プレイヤーの魔力を感知する機能があり、魔法付与により、物理的にありえない挙動をする。コースを変えたり、サイズが変わったりとか。火を噴いたりもする。ただボールを拾うだけでなく、相手の出方を見切って行動しないとならない。その意味で、体力、知力、魔力の全てが問われる、娯楽性の高いスポーツだ。ムキムキの脳筋だから勝てるというものではない。
原作ゲームでも、コントローラーのアナログスティックで微妙な操作が必要な上に、格闘ゲーム並に魔法のコマンド入力がある。なかなかに難易度の高いミニゲームだった記憶がある。だがそれも、マニアの攻略班によってバグ技が開発され、あとは単なる作業ゲー同然になっていた。実際、俺もその技使ったし。
「へえー、面白そうだねー。ねえモーブ、やってみようよ」
ランは俺の手を取った。もう遊べるのが嬉しくて仕方ないといった表情だ。
「一応確認しますが、水着ですよね」
「もちろんでございます、モーブ様」
やっぱりか……。
ランやマルグレーテが水着姿で跳ね回るんだから、もうばるんばるんは確定。レミリアはそうはいかないだろうが、それはそれで別の需要がある。ランやマルグレーテはリゾートでダントツ人気だし、コート脇のプラチナチケットは瞬殺でソールドアウト確定だ。そりゃマネジャーも俺を誘うわけだわ。
「あまりお気に召しませんか」
「いえ……」
レミリア救出絡みの人買い業者排除で、マネジャーには借りがある。ここの商売に協力するとも約束している。やらざるを得ないだろう。それに単純に楽しそうだし。ギャラリーだけでなく、俺だってランとマルグレーテ、ついでにレミリアの水着姿、楽しみたいし。
「いいですよ。いつ開始ですか」
「ありがとうございます」
マネジャー鉄壁の営業スマイルを突き抜けて、ほっとした表情がわずかに覗いた。
「一週間後です。モーブ様ご参戦が決まったので、今日から大々的な宣伝を行いますので、適宜ご準備をお願いします」
「わかりました」
「何チームで戦うのかしら」
「はいマルグレーテ様。まだ受付中ですので増えると思いますが、今のところモーブ様方含めて三チーム。増えたらトーナメントになるでしょうが、現状では総当たり戦で考えております」
「楽しそうだね、モーブ」
「そうだなレミリア」
レミリア、とにかく遊びが好きそうだしな。よせばいいのにカジノにハマったくらいで。
「大賢者ゼナス様もご参戦されますよ」
「居眠りじ……ゼナス先生が」
「はい」
「先生、旅行から戻ってたんだ」
「ええラン様。本日も、ビーチカフェのいつもの席においでかと」
シニアマネジャーは、にっこりと微笑んだ。
●
いつもの席に、たしかに居眠りじいさんはいた。なぜか黄昏れた後ろ姿で、朝日をきらきら反射する遠い海を眺めている。いつものように、ハゲ頭が輝いてるし。
「先生」
「おう……モーブか」
座れと促すと、俺達の分の飲み物を注文してくれた。
「して、このエルフは誰かの」
興味深げに、レミリアを見つめている。
「あたし、レミリア。モーブパーティーの期待の新人だよっ」
自分で言ってりゃ世話ない。
「お主もモーブの嫁なのか」
「いやだあ、おじいちゃん。あははははーっ」
げらげら笑ってる。いやそこまで笑わんでもいいだろ。なぜか傷つくわ。
「今のところ、あたしはフリーだよ。……将来はわからないけど」
「ならどうじゃ。わしのガールフレンドにならんか」
いやおっさん。自分の生徒でないと、ぐいぐい来るな。笑うわ。
「あたしが大人になる前に死んじゃうじゃない」
「なに、そのわずかな間でも、一生忘れられない経験を、お主にさせてやろう」
「先生それより、旅行の首尾はどうだったんですか」
「そうそうそれよ」
うんざりしていたのか、マルグレーテも参戦してきた。
「先生にはカフェの女の子がいるでしょ。もうわたくしのお尻には触らせないわよ」
「あれは重要な仕事だったんじゃが……まあいいか。たしかにわしにはガールフレンドがおる。三人ほどな」
「わあ、素敵だねー」
ランが微笑んだ。
「旅行先で仲良くなったんでしょ」
無邪気だけになんの気なしに言ってるんだろうが、それ意味深だからな、ラン。
「それじゃ……」
渋い表情となった。
「一晩中、三人をマッサージする羽目になったわい」
「あら、それだけ」
マルグレーテは楽しそうだ。
「そうじゃ。五日間、みっちりとな。アホらしくなって、予定を切り上げて返ってきたわい」
「ぷっ!」
こらえきれず、とうとうマルグレーテが噴き出した。
「それはそれは先生、ご愁傷様ですこと」
じいさん、いいように若い娘に使われてて草。三人相手じゃなかなか押しも利かなかっただろうし、仕方ないわ。ひとりだけ連れ出せばまだ可能性はあったろうに、欲張った罰だわな、これ。
「まあ、三人ものおなごの体を、連日昇天させたと思えば、あれもこれも変わらん。わしもまだまだ捨てたもんじゃないじゃろ」
「ゼナスさんって、モーブたちの先生だったんでしょ」
「そうじゃぞ、レミリア」
「ならあたしも、先生って呼んでもいい?」
「ええぞ。なんなら愛しのダーリンでもいい」
「冗談は置いといてぇ……」
完全にスルーされてるな。
「あたしたち、マジックビーチバレー大会に出るんだよ。ゼナス先生も出場するって、ホント?」
そうそれよ。それが聞きたかった。
「おう。出るわい。わしのガールフレンド、カフェ三人娘と参戦じゃ」
「先生、激しいスポーツなどして、お体は大丈夫ですの?」
マルグレーテ、さすがにここは茶化さないな。真面目に心配している表情だ。
「この競技は魔導バレーボール。わしの魔力を用いれば、一歩も動かんでも楽勝じゃ。カフェ娘たちの水着姿も楽しみだしのう……」
やっぱりそれが目的か。
「のうマルグレーテや」
「はい先生」
「お主もランも、かわいい水着姿になるのであろう」
「え、ええ……まあ」
「ビキニにせよ。ヘクトール教師として命ずる」
「はあ?」
「なるだけ布の小さい奴じゃ。それでわしと対戦のとき、ぽろりを――」
「モーブがせっかくくれた刻印を、他人には見せませんっ!」
「――ぐふっ!」
マルグレーテの左フックと右ストレートが、連発でじいさんの顔を捉えた。
「み……見事なり」
つうっと鼻血が伝った。
「またしても腕を上げたな。格闘家マルグレーテよ……」
じいさんは、椅子に崩折れた。
●次話、いよいよ大会当日。控室で生着替えするモーブとラン、マルグレーテ、レミリアは……。
次話、「更衣室の生着替え」




