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9-2 レミリアのフラグ

「何度見ても、立派な部屋だねー」


 ランが感嘆の声を上げた。晩飯を終え、最上階レジデンシャルスイートに戻ってきたところだ。


「豪勢よね。さすがはカジノリゾートの最上階だわ」

「そうだな、マルグレーテ」


 なんせベッドルームが三つに、ど広いリビング、八脚椅子完備のなんやら知らんがミーティングルーム的な部屋、それに簡単なキッチンまで備え付けだ。マーブル模様磨き石の床はぴかぴかで、魔導照明をきらきらと反射させている。もちろん、調度品はどれもこれも、見るからに高そうな奴だ。


「趣味的にはちょっと、わたくしはもう少し田舎仕立てのほうが好みだけれど」


 貴族とは言え、マルグレーテは田舎育ちだ。あの渋いエリク家家屋で育ち、友達なしで森や泉を友としていたんだから、そりゃそうだろう。


「まあいいわ。キッチンがあるからアレ、料理できるし」

「あれ?」

「ほら、迷いの森で手に入れた、魔法植物の余り物よ」

「ああ」


 果物に果実、それに絶倫茸な。


「今日はもうお腹いっぱいだから、明日の朝料理してあげる。……モーブに食べさせないと」


 マルグレーテの頬がぽっと赤く染まった。


「そ、そうか……」


 マルグレーテの奴、その作戦、諦めてなかったんか。ひとつは女子の美容関係だったから三人に食べさせればいいとして、残りは長寿と絶倫。レミリア以外の三人で長寿効果を分けるとすると、あとは「絶倫」。これ、俺が食うんだろうなあ……。今でさえふたりとしたくてたまらないのに、こんなん食ったら俺、野獣化するぞ。いいんか、マルグレーテ……。


「この部屋、あたしは好きだよ。森のエルフ村と全然違ってて」


 リビングの豪奢なソファーに、レミリアがぼふんと座り込んだ。俺とマルグレーテの微妙な空気には感づいていないな、これ。無邪気だわ。


「柔らかーい。沈むねーこれ」


 ぽんぽんと跳ねるようにしている。


「さて、飲み直すか」

「やった!」


 レミリアは、大喜びだ。


「ねえモーブ。あたし少しお腹減った。……なにか食べ物ないかな」

「はあ? 今食い終わって部屋に入ったばかりだろ」

「ちょっとこう……食後のスイーツというか。……あたし、麺料理がいい」


 いやそれスイーツと違うし。どんだけ食いしん坊なんだ、このエルフ。


「まあいいや、ちょっと待ってろ」


 フロア末端のスタッフルームにいた奴を捕まえて、ルームサービスを適当に頼む。つまみに麺料理にスイーツ各種、念のために酒と発泡水も。部屋のキャビネットに酒だのドリンクだのが置かれていたのは確認済みだが、もっと欲しくなるかもしれないしな。


「ほらモーブ、早く早くっ」


 部屋に戻ると、レミリアに手を引かれた。


「じゃーんっ」


 リビングのテーブルにはすでに、酒や飲み物、ナッツや果物が並べられていた。


「ご飯……スイーツが来るまで、これで繋ごっ」


 いやお前、今、とうとうご飯とぬかしやがったし。


「モーブ、わたくしたちも戴きましょう」

「そうだな」


 とりあえず、みんなで酒を飲み始めた。ランは晩飯でそこそこ酔っていたから、茶だ。俺の酒を、ひとくちだけ飲ませてやった。


「ねえモーブ」


 レミリアは発泡蜂蜜酒のグラスを置いた。


「いろいろありがとう」

「いいんだよ。お前は命の恩人だし。人買いにさらわれるところで会ったのも、運命だろ」

「そうだね。運命だ」


 レミリアにじっと見つめられた。長い時を生きるエルフは運命論者だ。それはここまでの旅でわかっていた。


「だから、これから先、あたしがモーブやラン、マルグレーテと旅を共にするのも運命だよ」

「それって……」

「お願いっ」


 がばっと頭を下げた。銀色のさらさら髪が、さっと広がる。


「あたしをモーブのパーティーに入れて。これから生きるも死ぬも一緒の、魂の仲間として」

「わあ、いいねーっ。レミリアちゃん、かわいいもんね。友達になろうよ」


 ランが俺の腕を取った。


「……ねえ、いいでしょ、モーブ」


 上目遣いに俺を見つめる。


「わたくしも、構わなくてよ。たしかに少しお調子者のところはあるけれど、それでもレミリアは優れた冒険者だわ。特にフィールドでの探査能力は抜群。わたくしたちの旅に、絶対に役に立つ」


 そうか。マルグレーテも賛成なのか……。


「……」


 俺は考えた。俺は別に危険な冒険をする気はない。ここポルト・プレイザーにしても、リーナさんが待っているというから来ただけだ。しかも図らずも、ここでセレブ扱いとなり、いい待遇を受けている。なんならここで一生、遊んでいたっていい。ときどき近在を探索などすれば、冒険欲だって満たされるだろうし。


 だが、運営や魔王がちょっかい出してくる以上、防御的な意味での強さは必要だ。その点で、レミリアがいればパーティーバランスがはるかに良くなるのは確実。行き倒れを救ってからここまで旅をしてきて、ランやマルグレーテとの相性がいいのもわかっている。森の子だけに贅沢をしたがるわけでもない。


 カジノ借金事件にしても、慣れない大金を握ったからの暴走だろう。俺が財布の紐を握っていれば問題ない。ときどきうまいものを食わしてやれば、レミリアはそれで幸せだろう。


「じゃあ、そうするか」

「やったあーっ!」


 レミリアは跳び上がった。そのままソファーの上でぽんぽん跳ねている。どんだけクッション利いてるんだ、このソファー。


「今晩、今から、俺達四人は旅の仲間だ。正式に」

「リーダー、よろしくお願いしまーすっ」


 ぐっとグラスを握った。


「かんぱーいっ」


 一気に飲み干す。


「ほら、みんなも飲んで飲んで」


 どうにも、この調子の良さは変わらんな。


「ところで……」


 ひととおり乾杯が済んだところで、レミリアが、改めて姿勢を正した。一杯だけ飲んだランは、もういい気持ちになって、俺に抱き着いたまますうすう寝息を立てている。


「あたしにもくれないかな、それ」

「どれのことだよ」

「まだ三つあるんでしょ。ランに聞いた」

「はあ、コインのことか」

「そう。それ」


 ランの胸のコインを指差した。あのコイン、冒険者ギルドに発注して、ペンダント状に加工してもらったんだわ。ランとマルグレーテの分だけ。透明魔導樹脂のケースに入れて、ミスリルの鎖付き。


「なんで欲しいんだ」

「だって、ランもマルグレーテも首に提げてるじゃん。あたしなんだか仲間外れみたいだし。旅の仲間になるなら、みんなでおんなじアイテム持っててもいいでしょ」

「なるほど」


 気持ちはわからなくはない。ヘクトールの級章みたいなもんだな。サラマンダーだったり、俺達底辺クラスの「Z」だったり。


「いいけど……。これなんのアイテムだか、結局わかってないぞ。多分、なにかの鍵だろうってだけで」

「そうよ。実際、わたくしのとランちゃんのコイン、それにモーブの鍵は、宝箱を開けるキーだった。……でも残りの三つは、すごろくの宝箱とは無関係だったわ。いまだに謎よ」

「なら余計、くれてもいいじゃん」


 レミリアは食い下がった。


「あたしが大事に保管するから、無くするリスクも減るでしょ」

「それもそうか……」


 なんのアイテムだかわからんが、別に所有権を渡さなければいいよな。いざ必要になったとき、返してもらえばいいんだし。それまでの保管庫と考えれば、俺には損はない。


「ちょっと待ってろ」


 荷物を引っ掻き回して、三つのコインを取り出した。銀色に輝いていて、どれもよく似ている。そのうちひとつを、テーブルに持ち出した。


「ほら」


 グラスの脇に置いてやる。


「これが、謎の鍵……」


 頭を近づけて、まじまじと見つめている。


「普通のコインに見えるね。ただ、なんの刻印もない。微かにハンマー痕があるから、鋳造品じゃなくて鍛造品ね、これ。小さなハンマーで、何百回と叩いたのに違いない。……古代ドワーフの技かな」


 顔を上げた。


「もらっていいの、モーブ。本当に」

「基本、俺の所有物だ。だが当面レミリアに預けるよ。大事に持っていてくれ」

「ペンダントに加工してもいいよね。ランやマルグレーテと同じ感じで」

「ああいいさ。明日、ギルドに持ち込もう」


 例の、ヴェーヌスだかカーミラだかっていう魔族の女について聞き込みしないとならないしな。ついでだ。


「ありがとうモーブ。大好き」


 ぱっと、コインを取った。瞳を閉じ、左右の手のひらで包み込む。


「ああ……。このコイン、温かい。温度じゃないね。温かな魂があるんだ、このコインに。……なにか感じる」

「えっ!?」


 そのとき、レミリアの頭上に赤い光が生じた。久しぶりに見る、フラグ光だ。


「モーブ!?」


 俺が声を上げたから、レミリアはびっくりしている。


「急に惜しくなった?」

「いや別に、そういうわけじゃない」

「もう戻さないからね」


 くすくす笑っている。


「モーブが本気で返してくれって言うまでは」

「わかってるよ」


 そうか。レミリアがパーティーに正式参加したから、その光だな。考えたら、馬車で拾っての仮パーティー、それにレミリア救済クエストでの仮パーティーでも、フラグ光は登場しなかった。今回、ガチ仲間になったから初めて生じたってわけか。


「さて、もうランもうとうとだし、みんなで寝ようよ」

「みんなで?」

「そうそう。同じ寝台で」

「いやレミリア、お前は別の部屋で寝ろよ。ここ、寝室三つもあるし、どれもでかいぞ」


 なんせ一週間も禁欲生活が続いている。今日はもう風呂も済ませた。ならもうすることは決まっている。寝ているのを起こすのも悪いからランは明日の朝として、マルグレーテと一週間分、いちゃつかないと。


「あたしは平気だよ。モーブと寝るのも慣れてきたし。迷いの森で、一週間同じ寝床だったからね」

「寝床ってか、雑魚寝だけどな、仮設テントの」

「同じことじゃん。ねっ、今日だけだよ。パーティー加入記念」


 いやそんな、すがるような目で見つめられてもだな……。


「あら、いいじゃないのモーブ。ここの寝台、すごく広いし。四人で並んでも、ゆっくりゆったり眠れるわよ」

「そ、そうだな、マルグレーテ……」


 俺は、心の中で涙目になった。


 ……まあいいか、どちらにしろランは寝てるし。


 ギルドにはいろいろ用事がある。まず例のカーミラとかなんとかいう魔族の調査。それにスレイプニールが見つけた謎アイテム鑑定。加えてレミリア分のコイン加工と。それらの用足しついでに加工も自分で頼んでこいとかレミリアを追い出して、その隙に三人で愛を確かめ合おう。


 ランチ代を持たせてやってゆっくりしてこいと言えば、食い意地の張ったレミリアは、呑気に食べ歩きでもしてくるだろう。時間はたっぷりある。



●カジノリゾートのシニアマネジャーに頼まれ、モーブはとあるイベントに参加することになる。それは常夏リゾートならではのスポーツで……。

次話「ビーチイベントへの誘い」

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