9-1 カジノリゾート宿泊
人買い事務所を燃やし尽くしたその足で、俺達はカジノリゾートに向かった。八月真夏とはいえ、十九時近いので、もう暗い。普通は地味なオイルランプを明かりに使うのだが、ここはカジノ併設だけに、エントランスはど派手な魔導照明で赤々と照らされている。馬上の俺達を見て、周知のドアマンが駆け寄ってきた。
「これはこれはモーブ様」
「馬連れということは、本日はご宿泊ですか」
「いや……」
それは考えてなかったわ。マネジャーに報告のついでに飯でも食って、自分の宿に戻るつもりだったからな。
「まあとにかく、馬の世話を頼みます。実は一週間ばかり遠乗りしたんで。ここのところ頑張ってもらったから、体を洗ってブラッシングし、うまいもんを大量に食わせてやってください」
「承知いたしました」
「たくさん食わせてもらえ、スレイプニール」
馬体をぽんぽん叩いてやると、嬉しそうに頷いている。割と話は通じるんだよな、俺達の馬。
「さあ、行こうか」
「私、お腹減っちゃったーっ」
ドアマンが開けてくれた扉を抜けながらも、ランは嬉しそうだ。
「久し振りでまともな飯が食えるしな」
「思いっ切り魔法を使ったから、わたくしも空腹よ」
「たっぷり食べていいぞ、マルグレーテ」
なにしろ悪党の根城を根絶やしにしたからな、マルグレーテ。
「あたしも、死ぬほど食べていい?」
「レミリア、お前は元から大食いだろ」
「ひどーい。あたし、少食だから」
「どこがだ」
思わず苦笑いだわ。それともエルフって奴はどいつもこいつも大食いなんかね。
「モーブ様」
俺を認めると、例のシニアマネジャーが、レセプションの背後から飛んできた。
「お帰りなさいませ。……ご首尾は?」
「計画通りさ」
「さすがはモーブ様」
嬉しそうに微笑んだ。
「人買いという裏の世界と縁が切れて、当リゾートも助かりました」
ちらとレミリアを見る。
「こちらがレミリア様ですね。素敵なお嬢様です」
微笑んで。
「ただレミリア様はもう、カジノへの出入りはお控えになったほうが……。あそこは分別を知る大人の遊び場ですので」
「わかってる。あたし、賭け事には向いてないって心底、身に沁みたし。あはははっ」
大声で笑って、舌を出した。
「それがようございます。当リゾートには、カジノ以外にも楽しいショーやイベントがてんこ盛りでございますので。そちらでお楽しみください」
その件で明日相談したいと、付け加える。
「今日は飯を食べたいんだけど」
このリゾートでは終身利用権をもらったからな。飯も酒も、なんなら宿代も全部タダだ。利用しない手はない。
「ではメインダイニングにご案内します」
シニアマネジャーが視線を外すと、気配を見て取ったベルボーイがすっと寄ってきた。
「実はモーブ様がお戻りになる日を数え、ダイニングの個室をお取りしておきました」
はあ、このマネジャー、マジ気が利くわ。
「とっておきのビンテージ酒もお開けします」
「素敵ねえ」
マルグレーテは、ほっと息を吐いた。
「ちょっと飲みたい気分だし」
「ねえねえ」
ランが首を傾げた。
「前、お願いした料理、頼めるかな。山鳥の香草焼き。ふるさとの味」
「ええもちろん」
マネジャーは楽しそうだ。
「何度も試食を重ね完成させ、『ラン様スペシャル』として、すでにメニューに載せております。山村ならではのワイルドな味付けが、洗練された味に飽きたお客様にたいへん好評でして」
「わあ、良かった」
「悪いけど、風呂も借りられるかな、飯の前に」
まず体流してから飲みたいよな。一週間、まともに風呂入れてないし。
「それならご宿泊の手配をいたします」
「でも、今部屋を取ってるリゾートもあるし……」
「宿代を払っているのですから、ひと晩くらい空けてもいいのでは? これまで一週間、戻らなかったわけですし。同じですよ」
たしかに……。
「それもそうだな。世話になります」
「お任せ下さい」
マネジャーは微笑んだ。
「ちょうど今、最上階のレジデンシャルスイートが空いております。一泊だけでしたら手配できますので」
●ホテルの部屋に落ち着き、しばらくぶりでようやくくつろぎの時を得たモーブと三人。モーブパーティー入りを懇願するレミリアの頭上に、謎の光が生じて……。
次話「レミリアのフラグ」




