8-12 人買い野郎「征伐」
「おらあーっ!」
大声を上げながら、人買い事務所に乗り込んだ。驚いたチンピラどもが立ち上がって殺気立ったが、知ったこっちゃない。何人か懐に手を突っ込んだが、睨んでやると手を上げて瞳を逸した。
「『社長』、レミリアの枷を外せっ」
ローテーブルの前、例によってソファーにふんぞり返っている社長の目の前に、「獲物」入りのずだ袋を叩きつけた。
「時間がない」
改めて、俺はタイマーを見た。
――0:00:05:49――
あと五分しかない。
「モーブさん……」
袋には目もくれず、社長は俺達を見渡した。
「殺気立ってますなあ、みなさん。オーラが出てますよ。……よほど飛ばしてきたと見える」
「戯言は後だ。まずチョーカーを外せ」
「まず獲物を確かめないと」
苦笑いしてやがる。
「お座り下さい。同行の方々も」
俺達四人が座るのを待って、振り返る。
「賭けは俺の勝ちだ。お前ら、誰ひとりこいつらが戻ってくるほうに賭けなかったからな」
「『社長』の総取りです」
「モーブさんはやり遂げると、言ったじゃねえか。後で帳面つけとけ。……おい」
「はい、ボ……『社長』」
例のヒョロい魔道士が、袋の中身を見た。
「見たところ本物に見えます。木の子、木の実、花、全部揃っている」
「見たところ……って、てめえは間抜けか。ちゃんと鑑定しろやボケ」
「はいボス」
「てめえっ。社長と呼べっ」
振り上げたこぶしを、しかし社長は収めた。
「まあいいか、時間が惜しい。……そうですよね、モーブさん」
「早くやれ」
「まあまあ、落ち着いて」
にやにや笑いやがって。蛇のような嫌な野郎だ。
「ボ……社長、本物です」
袋に手を当て、魔道士は鑑定スキルを使っている。
――0:00:02:03――
あと二分。呪いを解く詠唱時間を考えると、時間切れも同然だ。
「間違いねえな」
「はい」
「よし」
俺の目を見た。
「モーブさん、ご苦労様でした。いやーさすがはポルト・プレイザーの英雄だ。私はね、モーブさんがやり遂げると信じてましたよ。実際、こいつらと賭けをしたくらいで。それで実際――」
「早くやれ」
俺の瞳をじっと見て、それから頷いた。
「逆らうと殺されそうだ。おい、外せ」
「はい」
魔道士が、レミリアの首の後ろで詠唱し始めた。
――0:00:00:41――
「まだか」
「急かしちゃいけねえ、モーブさん。焦って魔道士が詠唱トチったら、また詠唱し直しですよ」ニヤニヤ
――0:00:00:18――
「呪いを解きました、社長」
「外して差し上げろ」
「はい」
恐る恐るといった様子でゆっくりチョーカーを外すと、懐に収める。
「終わりました」
「おう、ご苦労」
俺に振り返る。
「ここ二十年、誰ひとりとしてあの森から帰ってきた野郎は居なかった。私も随分、借金で首の回らない阿呆共を送り込みましたがね。全員行方知れずで。呪いのチョーカー分、損してばかりでしたわ」
豪快に笑う。こいつ……人殺したのを笑い話にするんか。
「『社長』」
「なんですかな、モーブさん」
「俺は約束を果たした。あんたはその宝物を得て、俺はレミリアの負債を帳消しにさせた。『シノギは別』、そう俺達は握っただろ、行く前に」
「そのとおりで」
「俺はあんたのシノギをちゃんとこなした。もう俺とあんたにはもう、貸しも借りもない。そうだな」
「ええそうですよ」
「あんたはメンツを保った。背後にいる親分さんも、アイテムを得て幸せだ。違うか」
「おっしゃるとおりで」
ふんぞり返ったまま、また振り返る。
「おい、酒を出せ。この英雄と飲もうじゃないか。なあお前ら」
「へい」
「はい」
「ねえモーブさん、あなたは凄いお方だ。どうですかね今後、私共と一緒に事業など。モーブさんのご威光と力を使えば、実際いくらでも金なんか――」
「断る」
「へっ」
「酒もだ」
「……そうですか」
探るように、俺の目を見つめている。
「……経緯も経緯ですからな。まあ、気が向けばいつでもお越しください。私共は――」
まだまだ続く社長の演説を聞き流し、俺は横のマルグレーテを見た。瞳だけで、マルグレーテが微かに頷く。その首には、二回攻撃を可能にする「従属のカラー」が巻かれている。ここに踏み込む前に、全員に俺の作戦を伝えてある。この悪党どもを叩き潰す作戦を。
俺は立ち上がった。ランとマルグレーテ、レミリアも立ち、ソファーの背後に回る。
「おいクズ……」
社長を見下ろす。
「あんたの人買い事業は、今日で廃業だ」
「なんですと?」
理解できないといった表情で、首を傾げた。
「今なんとおっしゃった。なんの冗談ですかな」
せせら笑うと、部下を振り返る。
「お前らも笑え。とてつもねえ馬鹿話じゃねえか」
「へ、へい」
「わは、わはははは……」
力無い笑い声が起こった。
「カジノとはもう話を着けてある。あんたのような人買いは、二度と使わない。今後カジノは債務上限を設け、そこまでしか金を貸さない。返せない奴は、カジノでの労働で債務を返済する」
嘘ではない。「迷いの森」に出る前日、冒険者ギルドなどで情報収集した日に、カジノのシニアマネジャーと話を着けてきた。俺がリゾートビジネスに協力するって話にしたら、すぐ乗ってきてくれたよ。こんな前時代的なしきたり、実は止めたくて仕方なかったと言ってな。
「……これはこれは。面白い冗談だ」
語り口こそまだ柔らかいが、「社長」の瞳が怒りを宿し始めた。
「わかったら、とっととこの事務所を畳め。それとも俺達が今すぐ燃やしてやろうか」
「舐めんな、てめえっ!」
チンピラがひとり、懐から短剣を抜いた。俺が言い聞かせてあるから、俺のチームは誰も対応しない。
「取り消せ」
「はあ? ボンクラはそのちっこい包丁で玉ねぎでも刻んでろ。それで泣いてるのがてめえにはお似合いだぜ」
「てめえーっ!」
チンピラが突進してきた。
「よせっ、馬鹿野郎」
社長が叫んだが、狂犬には聞こえやしない。そのまま突っ込んでくると、俺の腹に短剣を突き刺した。
「ぐふっ……」
痛い。覚悟していたとはいえ、相当だ。事前にランに痛覚遮断魔法を掛けさせておくことはできなかった。相手の魔道士に感づかれるから。
「てめえっ!」
それでも、チンピラを抱えて投げ飛ばし、思いっ切り頭を踏みつけ気絶させてやった。
「『社長』、わかってるな……」
「な、なにを」
俺の気迫に、さすがの社長も、恐怖の表情を浮かべた。
「命のやり取りを始めたのはそっちだ」
激しい痛みに唸りながらも、俺は言い含めた。
「どっちが死のうと遺恨なしだぞ、これで。それがアウトローのお、掟……だろ」
「ま、待てっ」
手を突き出し、振っている。
「それは――」
「やれっ! マルグレーテ」
「その言葉を待っていたわ!」
片膝を着いた俺の背後から、マルグレーテの宣言が聞こえた。
「鎌鼬レベル一」
「鎌鼬レベル一」
激しい風が巻き起こると、事務所内部を真空の斬撃魔法が飛び交う。同時に、レミリアが次々矢を射ち込み始める。事務所に悲鳴が飛び交い、血の匂いが充満し始めた。
「鎌鼬レベル一」
「鎌鼬レベル一」
ボス以外、全員すでに床に倒れて唸っているというのにマルグレーテは、全て細切れにする勢いだ。ここまで我慢に我慢を重ねた怒りを、存分に吐き出している。
「モーブっ!」
俺の頭を、ランが抱えてくれた。そのまま回復魔法を射ち込み、腹の傷を癒やしてくれる。痛みが瞬時に引いていくのがわかった。
五分後――。
この部屋の人間は、俺達と「社長」だけになっていた。あとはもう、骨も肉もない。ただの挽肉だ。
「おいチンピラ」
恐怖に震える社長の髪を引っ掴むと、吊し上げた。
「ひ、ひいーっ!」
いつもの強がりはどこへやら、答えもせず、ただただ悲鳴を上げている。足の先からちょろちょろと小便が流れ落ち始めた。
「お宝を持って、親分のところに届けろ。てめえはもう廃業だ。これからはポルト・プレイザー東側の港湾地帯に移れ。そこで沖仲仕をやるんだ。てめえに男としての度量があれば、そこを仕切る親分になれるはず。えっ違うか?」
「へ、へい……モーブ……様」
「そこで親分になれないようなら、てめえの度量はそこまでって奴よ」
「……」
「てめえは正義に目覚めたんだ。だから人買いで不始末をしでかした馬鹿どもを全員首にして、事務所に火を放った。言ってみろ」
「お、俺は人買いはもうしねえ。部下が不始末をしでかし、この業界で生きていけなくなったからだ。……だから全員首にした。そして事務所に火を……火?」
「ああ。死体の処理に困るだろ。てめえひとりだと。俺が骨も残らないように全部焼き尽くしてやる」
振り返ると、マルグレーテが頷いた。
「火球レベル十」
高レベルの火炎魔法を宣言すると、詠唱に入った。
「ま、待て。そんな強え魔法を撃たれたら、俺も熔けちまう」
「早く逃げろ、カス」
突き飛ばすと、自分の小便池に尻餅をついた。
「ひ、ひいーっ!」
駆け出そうとする。
「お宝を忘れるな。それ忘れるとてめえ、親分とかいうカスに、殺されるぞ」
「そ、そうだった」
ずだ袋を握り締める。
「か、感謝する、モーブさん。殺し合いを仕掛けた側の俺を、殺さずにいてくれて」
「早く行け。もう詠唱が終わる」
レベル十だけに時間が掛かってはいるが経験上、もうすぐだ。
「は、はい」
腰が抜けたのだろう。四つん這いで、扉から這い出した。と同時に、マルグレーテの手から巨大な火球が飛んで、事務所の中心に着弾する。もちろん二発。たちまち、事務所は激しい炎で包まれた。
「俺達も出るぞ。こっちまで焼けちまう」
「うん」
「わかった」
「はい」
十八時。リゾートの夕暮れに、こけつまろびつ逃げていく「社長」が見えている。外に出ると振り返り、マルグレーテがまた魔法を放った。こんな事務所など、跡形もなく消してやるという勢いで。激しい炎が、八月の空に向けて立ち上った。高温すぎて、煙すら出ない。
「きれい……」
ランが呟いた。
「人買いの事務所だなんて思えない。清浄な聖火みたい……」
前世の社畜時代に、さんざっぱら見聞きしたからな、こういうの。きれいに整えられた成果の裏に、汚い手を使い、バレたら部下に押し付けたカス役員とか。俺は直接の被害が無かったが、同期が嵌められた。思い出しても腹立つわ。
「きれいと汚いは、思ったより近い。それが人生だよ、ラン」
「そうだね」
「ランには、俺がきれいな世界を見せてやるよ。幸せにしてやるからな。マルグレーテも」
「モーブ……」
「好き……」
俺に抱き着くふたりの姿を、レミリアはじっと見つめていた。炎に赤く照らされて。
●次話より、新章「第九章 マジックビーチバレー大会」に入ります。シリアス展開なしにて、水着いっぱいの楽しい章。ご期待下さい。




