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8-10 最終日

「モーブ、あとどのくらい?」


 並んで獣道を進みながら、レミリアが俺を見た。


「そうだな……」


 起きてから一時間で何度目かわからんが、俺はまたタイマーを確認した。


――0:09:57:55――


「タイムリミットは、十時間後だ」

「今は朝七時くらいでしょ。そろそろ往きに馬を放した広場に戻れるよね」

「ああそうだ。昨日深夜に迷いの森を抜けた。もう面倒もないだろうから、ここからは時間が読める。人買いの事務所に戻れるのがだいたい十四時。タイムリミットの三時間前だ」

「良かったあ」


 嬉しそうな声だ。


「昨日の夜、急に怖くなって。……あたし明日死ぬんだって、いきなり実感して」

「……そうか」


 それでか。前のほうがもぞもぞして夜中にふと目が覚めたら、レミリアが俺に抱きついて、胸に顔を埋めてた。いつもは背中を押し付けて寝るんでおかしいなと思ったんだが、怖かったのか。生意気な口を利くとはいえ、まだ十四歳だもんな。


「大丈夫。俺が助けてやる」

「ありがと……」


 うつむいて、足元を見ながら、黙って歩いている。


「みんな、大丈夫か」


 俺は振り返った。もう迷いの森は抜けたし、最終日で気が急いている。だから俺は最前列で歩いてきたが、ランとマルグレーテが昨日あたりから遅れ気味になっている。


「わたくしは大丈夫」

「平気だよー」


 微笑んでくれたが、ランの目の下にはクマが浮かんでいる。隠してはいるが、マルグレーテも辛そうだ。


「少し休もうよ、モーブ」


 レミリアが俺の袖を引いた。


「みんな疲れてる。回復魔法でもポーションでも、魂の疲れまでは取れないからね」

「そうだな……」


 古代の祈祷処から、ここまで帰路に丸二日。帰路にも当然のようにループの罠があり、中ボスクラス戦闘だって二回もあった。このため予定より遅れてしまった。


 予定では迷いの森を抜けるのは夕方だったのに、陽が沈んでも俺達はまだ迷いの森をさまよっていた。なのでランのトーチ魔法を使って、夜も歩いた。照らしきれない足元が危ういので行軍速度は半分以下になったが、仕方ない。


 転んだり滑ったりしながらも夜二十四時に迷いの森をなんとか抜け、言葉少なに、保存食と水だけの簡易食を口に押し込み、崩れるように眠った。


 それで六時間の遅れを取り戻したが、夜間行軍した上、睡眠時間も削ることになった。今朝もいつもどおり夜明け五時起きだから、眠れたのは四時間半。朝食はまたしても保存食のみ。これじゃ疲れなんか取れるはずもない。


 前衛職でなおかつ森の長距離行軍に慣れているレミリアはともかく、ランもマルグレーテも魔道士だ。無理をさせているのはわかっていた。


「いや……」


 俺は首を振った。


「馬のところまで進もう。どちらにしろ、そこで馬の状態確認やなんだかんだで時間が取られる。それが休憩代わりだ。早めの昼飯も取れるし」

「でもタイムリミットまで、三時間も余裕あるんでしょ」


 レミリアが俺を見上げた。


「なら十五分くらい休んでもいいじゃん」

「それでもだ」

「そう……」


 また下を見て、黙って歩き始める。


「モーブが決めたんだから、従うよ。いろいろ言ってごめんね」

「いいんだ。他人の意見があったほうが、多面的に考えられるからな」

「モーブって凄いんだね。決断の重圧背負って……。さすがはリーダーだよ」

「早く馬のところまで進んで、昼飯食いたいだけさ」

「ふふっ」


 ぴょんぴょんと、先行する。


「ならせめてあたしが、疲れにくい道を辿るよ。ちゃんとついてきてね」


          ●


「馬が……」


 馬を放った広場まで戻ると、待っていたのは二頭だけだった。いかづち丸といなづま丸だ。いかづち丸は「羽持ち」だけに、俺の命令をしっかり守って待っていてくれたのだろう。いなづま丸は仔馬の頃からいかづち丸と一緒に育ったから、いつも一緒だし。


「わたくしのスレイプニールが居ないわ」


 へなへなと、マルグレーテが座り込んだ。


「どうして……」


 いかづち丸が近寄ると、マルグレーテの顔をぺろぺろ舐め始めた。悲しみの感情が伝わったのだろう。


「あかつき号も居ないね。どうしたんだろ」


 ランも眉を寄せている。


「考えたくないけど……もしかして、モンスターに襲われて逃げたとか」

「それはない。それならこの二頭も怪我くらいしているはず。……マルグレーテ、お前のテイムスキルでわからないか」

「聞いてみるわ」


 いかづち丸の鼻面を抱え込むと、頬に額を当て、瞳を閉じた。


「なにが起こったの、いかづち丸……」


 いかづち丸はじっとしていたが、最後に、頷くように首を振った。


「そう……」


 マルグレーテは顔を起こした。


「あちらに降りていったらしいわ」


 広場の湧水からちょろちょろと流れる小川の筋を、指差した。


「スレイプニールは、好奇心旺盛で度胸のある馬。毎日この広場を駆け回っては端で新しい草を見つけて食べていたそうよ。でもあらかたの草の味見が終わってしまって、昨日の午後から、川筋を下ったって」

「なるほど」


 あいつのやりそうなことだ。マルグレーテの実家でもノイマン家の敵地でも、あちこちの花壇の花とかむしゃむしゃ食いまくってたしな、スレイプニール。


「あかつき号は」

「スレイプニールを心配して、後を辿ったそうよ。あの娘は優しいから」

「唯一の牝馬ひんばだからな」

「どうする、モーブ。最悪、二頭に分乗すれば、戻れなくはないよ。歩みは遅くなるものの」


 ランは眉を寄せた。


「でも……」

「わかってる。置いていきやしないさ。二頭とも俺達のパーティーだ」


 俺は決断した。


「俺が後を追う。レミリアも来てくれ。森はお前の庭みたいなもんだし、馬の匂いだって辿れるだろ。エルフだからテイムスキルもある程度備わっているはずだし」

「わかった」

「わたくしも行くわ」

「私も」

「いや……」


 俺は首を振った。


「ランとマルグレーテはここで待っていてくれ。二頭に水を飲ませて帰路に備えさせ、火を起こして昼飯――というか朝食兼用だな――の準備も頼む。ちゃんとした飯は久し振りだ。あーゆっくりでいいぞ。休みながらで。ここならモンスターも出ないし……。疲れただろ」

「わたくしとランちゃんを休ませてくれるのね」


 マルグレーテに見つめられた。


「ごめんな。ここまで無理させて」

「ううん、いいのよ」


 駆け寄ってくると俺に抱き着く。


「すべて、わかっているわ。わたくし、モーブの連れ合いですもの」


 ランも抱き着いてきた。


「私、モーブが好き」

「わたくしも……」

「俺もだ。後は頼んだぞ」


 一度ふたりを強く抱いてやると、小川の筋を辿った。




●ふらふらと消えたスレイプニールの後を追うモーブ。ようやく探し出したスレイプニールは、アイテムを持っていた……。

次話「花喰いスレイプニール」

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