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8-9 復路

「さて、寝るか」


 木の枝を利用して立てた狭い簡易テントに、俺達は潜り込んだ。冷気避け虫除けの魔法を施しているとはいうものの、八月とは思えないほどテントの中が冷える。山岳地帯だし、森の中だからな。


「アイテムが見つかってよかったね」


 寝転んだ俺に、ランが寄り添ってくる。


「割とすぐ見つかったわよね」


 俺の右側は、宿屋と同じで、マルグレーテの場所だ。


「まあなー。果物だけは難儀したが」

「なにせ崖から突き出るように生えてたものね、あの木」

「レミリアが矢でうまいこと落としてくれて助かったよな」

「それでもモーブが身を乗り出して、やっと拾えたんですものね。あのときのモーブのへっぴり腰ってば……」


 マルグレーテがくすくす笑うと、俺に密着した胸が揺れた。寒いんでもちろん、全員着衣のままだ。


「仕方ないだろ。下手したら崖から転落だからな」


 あれから祈祷処の周囲でアイテムを探した。三つともすぐ見つかったのは、やはり二十年もの間誰もこの森を突破できなかったから、採取されずに育ったためだろう。


「予定より多かったしね」

「ああ」


 魔法の植物はひとつずつって話だったが、復数見つかったからな。


「多分、二十年もほっておかれたからだよ」

「ランの言うとおりかもな。採取されなかったから土地のマナを多く吸って、過剰分が結実したんだろ」

「本来、採取されると生命力が立ち上がって、次のが十年かけて育つようになってるんだよ。魔力のある森って、だいたいそんな感じだし」


 森の子エルフならではの知識を、レミリアが披露した。


「へえー面白いねー、魔法の森って」


 ランは目を丸くしている。


「人買いに渡すのは、ひとつずつって約束だったわよね」

「ああそうだ、マルグレーテ」

「じゃあ余った分は、わたくしたちの自由ね」


 なんだ。マルグレーテ、妙に食い気味に来るな。


「……そういうことになるな」

「楽しみだわー」


 俺を見つめる瞳が潤んでいる。出発前夜、晩飯のときの会話を、俺は思い出した。全部のアイテムを俺に使いたいって言ってたしな。これは……w


「後は戻るだけだね」

「ああ。ラン、そのとおりだ」


 俺はタイマーを見た。


――3:22:18:55――


 残り四日間弱か……。


 十四時にあの祈祷処について、変な女に絡まれてから依頼アイテムを採取。とっとと帰路について、進むには森の中が暗くなりすぎたから野営にした。今は十八時。


 明日は朝六時、夜明けと共に行軍を再開する。行きは、「迷いの森」入り口から祈祷処までちょうど四十八時間程度だった。


 帰路も同じとして、入り口まで戻ったときのタイマーが、おそらく「1:00:00:00」とか、そのくらい。要は残一日だ。人買い事務所でチョーカーを着けられたのが十七時くらいだったから同時刻として、ここで野営することになるはず。朝飯食って行動開始が朝六時とすれば、残「0:12:00:00」程度の計算。つまり期限まで半日。


 行きはポルト・プレイザーから「迷いの森入り口」まで、九時間掛かった。帰路も同じと仮定すれば、人買い事務所に飛び込むのが残「0:03:00:00」程度。十四時くらいの予定だ。


 当初の読みどおり、三時間の余裕を確保できてはいる。帰路にも中ボスエンカウントやループ罠があるかもしれない。それに何日も放置された馬がちゃんと留まってくれているかというリスクもある。


 いかづち丸は「羽持ち」だから俺の言うことは守ってくれているとは思う。だが万一モンスターが湧いて馬に襲いかかっていたら、そこで俺達も詰む。森の中に通りかかる奴なんかいないし、のろのろ歩いて戻るうちに期限が来て、レミリアの首が落ちる。


 だから三時間の余裕があるからといって、楽観視はできない。ぎりぎり間に合わないくらいの気持ちで、休憩時間など省きながら突き進むつもりだ。


「今日も、水浴できなかったわね」

「ごめんなマルグレーテ。泉を探す時間も惜しかったからさ」

「いいのよ。……ただ、モーブがわたくしのこと、嫌いにならないといいなって」

「なるもんか」


 首筋にキスしてあげる。


「いい匂いがするぞ。……なんか興奮してきた」


 マルグレーテの甘いいつもの香りが、強くなったくらい。いい匂い……というか、実際に興奮してくる。


「いやあね、モーブったら」

「ねえ、私は」

「ラン……」


 ぐっと抱き寄せると、服の間から、ランの香りが立った。


「キスしたくなる」

「してもいいよ、モーブ」


 顔を向けてきたので、唇を重ねた。俺の胸にはレミリアが背中を乗せているが、知ったことか。


「レミリアはどうかな」

「ちょっと」


 いやいやと、レミリアは体を振った。


「抱き寄せないでよ」

「狭いんだから、仕方ないだろ」

「それはそうだけど……」


 首筋の匂いを嗅いでやった。


「レミリアお前、草みたいな匂いするな」

「そりゃ……エルフは森の子だもん」

「へえ……」

「あんまり嗅がないでよ」


 なんだか懐かしい匂いだ。ずっとこうしていたくなる。ガキん頃、父親の田舎の草っ原をひとりで走り回ってた頃を思い出すわ。


「あたし……だって、は、発情すれば……ランやマルグレーテみたいな、いい香りになるもん」

「へえ……エルフってそうなんか」

「そうだよ」


 背中で主張する。


「だから、草の香りとか馬鹿にしないでよね」

「馬鹿になんか、してないさ」


 腹に手を回してぐっと抱き寄せると、服の間から、レミリアの匂いが立ち上った。


「はあー懐かしいわ」

「ちょっ! ……いい匂いになるまで、嗅がないでってば」

「悪い悪い」


 銀髪の頭を撫でてやった。


「子供扱いも止めて」

「でもお前、十四歳だろ」

「もう大人だもん」


 ムキになってるな。


「まあいいや。ほら、目をつぶれ。ランはもう、すうすう寝てるぞ」

「本当だ。いつもながら早いなあ……」


 いつもの話だ。まずランが夢の世界に行って、それから能天気なレミリアが眠りに入る。いろいろ考えるマルグレーテが最後だ。といっても、本当の最後は俺だけどな。


 なんだかんだ、全員が寝息を立て始めると、俺は検討をし始めた。今日、祈祷処で起こったことを。


 あのヴェーヌスとかカーミラとかいう魔族は、何者なのか。そしてそもそも二十年前、なぜ魔族がこの森を封印したのか……。繋がりがあるようで、見えない。


 捨て台詞どおり、いつの日か、あいつは俺を殺しに来るのだろうか。魔族は基礎ステータスが高く、強敵だ。しかもメンタルが強く、相手に同情しての手加減とかは、あまり期待できない。それこそ居眠りじいさんとかに、対魔族戦の要諦ようていを、事前に聞いておかないとならないだろう。


「色々面倒だな。俺はただ、毎日楽しく暮らしていたいだけだっていうのに……」




●迷いの森クエストもいよいよ最終日。期限が刻一刻と迫る中、モーブをまたしてもアクシデントが襲う……。

次話「最終日」

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