8-7 レアドロップ「渡り鳥の魂」
「よしっ!」
四体目のククノチが、大音響と共に倒れ込んだ。先の三体に続き、虹の煙となって消えてゆく。
「もう後続はないな」
「うんモーブ」
瞳を細めると、レミリアが暗い森の奥を見通した。
「もう居ない。今ので最後だよ」
「ランの勘には助けられてばかりだな」
「えへーっ。モーブに褒められちゃった」
嬉しそうに、ランが俺の腕を取った。
「ご褒美……」
背伸びして瞳を閉じる。
「ラン……」
キスしてあげた。ランは、俺の腕を大切そうに胸に抱いている。
「ほんとにあんたたち……」
腕を腰に当てて、レミリアがほっと息を吐いた。
「隙あらばキスっての、もう止めない。あたしが恥ずかしいわ」
「なんだ。お前も欲しいのか。ほら、来いよ」
「冗談でしょ」
例によって鼻で笑われたわ。
「五年後に言ってよ。なんであたしが今……」
「エルフと人間の恋は数十年単位って言ってたけどな、お前」
大分短縮したな。
「それは……」
黙っちゃった。
「知らない」
後ろを向いたか……。
「ねえモーブ、あれ見て」
立ち上る虹の煙の下を、マルグレーテが指差している。
「あれ、ドロップ品じゃない?」
「……たしかに」
たしかに、なにか見えている。倒れたククノチにえぐられた土の上に。
「わあ、レアドロップだね。モーブの力で」
ランが喜んでいる。
「ちょっと見てみるか」
「うん」
「ええ」
たとえ相手が雑魚としても、ドロップ品の確認は楽しい。まして今回は中ボスのレアドロップだ。なんせドロップにはマイナスの品なんてないからな。稀には呪われた品がドロップするが、そういうのは金を払って冒険者ギルドで解呪してもらうか、むしろ叩き売ればいいだけの話で。
「なにかしら、これ」
ドロップ品を摘み上げて、マルグレーテが首を捻った。
「多分だけど、木製ね」
「そりゃ、ククノチは本来樹木神って話だしな」
「四体も倒したのに、アイテムはたったひとつなのかな」
「多分、グループ戦だったからかもな」
「ドロップするかどうかは確率でしょ。四体分抽選があって、たまたま今回ドロップ当選したのが一体だけってことじゃないの」
マルグレーテの言うとおりかもしれん。要するにわからん。前世での原作ゲーム知識こそあるが、今はただのゲーム内プレイヤーだからな。ステータスだのなんだのいうメタ情報が見られるわけじゃない。
いずれにしろこのアイテムは、十センチくらいの楕円形に持ち手が付いたような形。楕円形部分には、葉脈にも見える筋が走っている。焦げ茶色で軽いから、やはり木製だろう。
「見た感じ、葉っぱのような」
「鳥の羽にも見えるわね」
「レミリア、お前これが何だかわかるか」
「全然」
首を振っている。
「そもそもククノチは神様だからね。あたしたちエルフの森を護ってくれる守護神も同然で、倒したことなんかないし」
その神を倒さざるを得なかったのを思ってか、眉を寄せている。魔族憎むべしだな。
「マルグレーテ、鑑定してみろ」
祖霊の指輪を継承したことで、マルグレーテは鑑定スキルを獲得している。
「わたくしのスキルでわかるかしら……」
ドロップ品を覗き込んだ。
「だってこれ、神様のレアドロップでしょ」
「いやお前はもうかなりレベルが上っている。多分わかるはずだ」
なんせもうそこそこレベルの高い魔法を撃てるようになってるしな。魔道士としてもっと強い奴はいるだろうが、マルグレーテは二回攻撃だ。事実上、既にトップクラスに肩を並べているだろう。
「やってみようか」
手で包むようにして、瞳を閉じた。口の中で小声で詠唱している。
「……わかったわよ」
ややあって、目を開いた。
「なんだった、これ」
レミリアが身を乗り出した。身近な神格だけに、興味があるのだろう。
「うん……、『渡り鳥の魂』ですって」
「渡り鳥の……」
「うん。アクセサリーというか、装備アイテム。特殊効果は、遠隔森林との交感だそうよ」
「こうかん?」
「ええ。テレパシーとか、多分そういう」
「ああ、そっちの意味の交感か」
交換とか交歓じゃないんだな。まあそりゃそうか。
「離れた森と通信できるんじゃないかな。モーブ、試してみたら」
「そうだな」
ランに促され、例の葉っぱだか羽だかを受け取った。どうやるのかわからんが、とりあえず握り締めて目を閉じ、祈ってみた。
……CQCQ、こちらモーブ、どうぞ。
どこからも返事はない。
「CQCQ、こちらはモーブ、どうぞ。どなたか居ませんか」
今度は声に出してみた。
「なにそれ」
レミリアは、馬鹿にしたような目をしている。
「いいんだよ。俺の世界では、こうやって呼び出すんだ」
多分だけど。アマ無線とかドラマで見た程度だけど、たしかこんな感じだったわ。
「俺の世界って、何」
「なんでもない」
「それに返事がないよね」
「それは……まあそうだが」
「なら失敗じゃん。アホくさ」
これは完全に馬鹿にされたな。
「まあいいわよ、モーブ。なにか条件があるのかもしれないし」
マルグレーテに慰められた。
「そうだよ。モーブが装備したらいいよそれ」
「ありがとうな、ラン」
革防具の内側に収めた。どうせなら防御方面にでも特殊効果があれば良かったんだが、まあ贅沢抜かしても仕方ないか。
「さて……」
マルグレーテが周囲を見回した。
「一度休む、モーブ? 今日は朝六時から三、四時間も歩き通しよ」
「そうだな……」
腕のタイマーを、俺は確認した。
――4:06:47:58――
昨日の夜、十八時頃に野営した。あれから十六時間くらい経っているから、今は十時頃。午前中に一度は休憩を入れるべきだから、たしかにちょうどいい頃合いだ。だが……。
「みんなには悪いが、進もう」
決断を下した。
「俺の読みだと、ポルト・プレイザーの人買い事務所に駆け戻れるのが、タイムリミット三時間前だった。だが今朝はループがあったり中ボス戦があったりで、時間が読めなくなった。これから先にまだいくつか罠があるとしたら、状況は混沌とする」
だから強行軍だが、祈祷所までなるだけ休まずに進もう――と続けた。
「それもそうね……」
一瞬考えたが、マルグレーテも賛成してくれた。
「それにランチで休めるものね」
「ああ。計算だと十五時に祈祷処に着く予定だった。ループと戦闘で遅れた分を、取り戻したいんだ。暗くなると、肝心のアイテム探しも難しくなるし」
「モーブが決めたなら、私はそれでいいよ」
「ありがとうな、ラン」
「よしっ」
レミリアが大声を上げた。
「まあ道案内はこのレミリア様にどーんと任せてよ。ひょいひょいのひょーいで、祈祷処まで行っちゃうからねー。あはははははっ」
例によってのどちんこ見せて豪快に笑う。いやお前の命が懸かってるってのに、明るいなーこいつ。
●次話、目的地「古代の祈祷処」に着いたモーブを、謎のキャラクターが待つ……。




