8-6 対ククノチ戦
「くそっ!」
ククノチとかいう樹木神は、のろのろと、しかし着実に俺達に近寄ってきた。見たところ、四体ほど。もう全体像が見える。
一見ただ樹高八十メートルほどの大木に見えるが、太い枝がちょうど手足のような形になっている。肩に相当する部分の少し上に、枝の切り株のようになっているところが二箇所あるが、あれは目だろう。
「マルグレーテ」
俺が振り返ると、マルグレーテは頷いた。
「わかってるわ、モーブ。炎魔法ねっ」
言うまでもなかった。よく考えたらマルグレーテはアーティファクト「従属のカラー」を装備している。戦闘中は俺の意思を感じ取れる。
実際マルグレーテがどんどん動けるから、ここまでの雑魚戦でも、パーティー全体の戦闘速度が明らかに上がった。体感的には二割アップくらい。特にこうした中ボスクラスとの戦闘中では、一瞬でも俺の対処時間を節約できるのは便利だ。
炎魔法で周囲の樹まで延焼させるのは忍びないが、そっちは後で消火すればいい。敵は樹木なんだから、燃やすのが一番だろう。
「ランは補助魔法。マルグレーテの魔力を増幅させろ。あと連中の行動速度を下げるんだ。あれに踏まれたらカエルも同然だ」
「うん、モーブ」
「レミリア、お前は目を狙え。弓矢だと、他にはたいしたダメージ与えられそうもない」
「任せてっ」
「俺は正面に立つ。攻撃……はできそうもないから、あくまで野郎が手を出してきたとき、枝先を斬り落として防ぐだけだ」
バカでかい敵だ。本来なら間合いの長い長剣を使いたいところだが、俺の長剣「業物の剣」は、斬るほうは一般攻撃になる。「冥王の剣」は短剣だが、必中スキルがある。
「冥王の剣」を俺が抜き放った瞬間、レミリアの放った矢が、ひゅんっと鋭い風切り音を放った。見事に先頭ククノチの目に向かったが、奴が「腕」を顔前にかざすと、枝葉に絡め取られて落ちた。
「まだまだっ!」
レミリアが続けざまに矢を放つ。しかし敵の「腕」は小さな枝だの生い茂った葉で覆われている。隙間がないから、目に到達する前に絡んでしまう。
「敵行動速度二十パーセントダウン」
「行動速度二十パーセントアップ」
「詠唱速度向上」
「魔力増大」
いつものようのランが補助魔法の宣言をするのとほぼ同時に、マルグレーテの手から火の玉が飛んだ。すぐそばにいる俺まで火傷しそうなくらい熱い。
「火球レベル十っ」
「火球レベル十っ」
祖霊の指輪とランの魔法で亢進されたマルグレーテの魔法は強力だ。おまけに従属のカラーによる二回攻撃のスキルも加わっている。どでかいファイアーボールがふたつ、先頭のククノチを炎で包んだ。
「凄い……」
レミリアが唖然としている。
「待って、なにかおかしいよ」
ランに言われるまでもなかった。炎に包まれたというのに苦悶の動きすら見せない。あっという間に炎は鎮火した。まだ燃えているのは、周囲に生えている普通の樹木だけだ。
「対炎魔法を掛けられてるか、アイテムを持ってるんだ」
レミリアはまた弓を絞った。目にも留まらぬ速さで連射する。四体のククノチに向かい。だがまた、枝で防がれた。
ククノチはもう五メートルくらいにまで近づいてきた。ここで一歩、あのやたらと広がった足を持ち上げて踏みつけられたら、ひとたまりもない。
「マルグレーテ!」
「わかった」
マルグレーテは瞬時に反応した。
「風の刃、レベル九」
「風の刃、レベル九」
「風の刃、レベル九」
「風の刃、レベル九」
先頭のククノチに、鋭い斬撃魔法が連発される。たちまち、枝がいくつも落ちた。
「レミリア、目だ」
「うん」
レミリアの放った矢は、もう邪魔されなかった。両目を潰され、先頭のククノチは迷走し始めた。
「後ろもやれ」
「うん」
「わかった」
なんとか、四体のククノチの行動を封じた。ここからはHPを削り取って倒さないとならない。
「マルグレーテ!」
頷いたマルグレーテが、瞳を閉じて詠唱を始めた。
「HP半減っ」
「HP半減っ」
先頭のククノチに割合魔法を連発する。
「あらかた削り終わった。ラン、俺を跳ばせてくれ」
「浮遊、レベル十」
ジャンプした俺を、ランの魔法が持ち上げてくれる。顔の真ん前まで跳んだ俺は、冥王の剣を、ククノチの喉笛あたりに突き立てた。
「ぐおおーおっ」
台風に揺れるように体を大きく震わすと、ククノチは前に倒れ込んだ。巻き込まれないよう、全員、左右に逃げる。倒れ込んだ瞬間、地響きが鳴り渡り、苔や土が飛び散った。周辺に、湿気った苔の匂いが漂う。
「よしっ!」
倒れたククノチの上に立つと、俺は振り返った。
「次は二体目だ。どんどん行けっ!」
●中ボス「ククノチ」は、謎のレアドロップを残していた……。
次話「レアドロップ」、明日公開。




