表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/463

8-5 ループする魔の森

「ねえモーブ」


 朝九時。殿しんがりを進む俺の元に、ランが駆け寄ってきた。


「どうした、ラン」

「なんだか変な感じがする」

「変って……」


 とりあえず、先頭のレミリアに声を掛け、停まらせた。朝五時、まだ暗いうちに起きて朝食を済ませ、六時には行軍を開始した。なんとしても今日、なるだけ早い時間に目的地に辿り着きたいが、三時間は歩いているから、そろそろ休憩してもいい頃合いではある。

「なんとなく変」


 不安げに、周囲を見回している。


「そうか……」


 考えた。ランはときどき、勘が鋭い。特に、危機に関係する方向性では。神狐の洞窟でも、祠の周辺で嫌な予感を感じたのは、ランだ。実際その直後、例の触手野郎が這い出てきた。


「どうしたの、モーブ」


 マルグレーテとレミリアが戻ってきた。


「嫌な予感がするって、ランが」

「すぐ先で、モンスターでも出るのかしら」


 マルグレーテは首を傾げた。


「嫌な予感じゃなくて、なんか変なの。違和感というか……」


 ランは言い淀んだ。


「ということは、現在この時点でなにかおかしいということだな」

「うん、そう……」

「なにかしら」

「うーん……」


 レミリアは腕を組んだ。


「特に森の異変は感じないけどね、あたし。……実際、朝からずっと、同じように安全な気配だし」

「今日はモンスターも出てきてないものね」


 マルグレーテが付け加えた。


「空き地が無いからかしらね。空き地にはモンスターがポップアップするし……」

「そうだと思うけど。……ねえラン、どういう違和感なの」

「よく……わからない」


 レミリアの問いに、首を振っている。


「困ったわね」


 マルグレーテも眉を寄せている。


「待てよ……」


 なにかが、俺の頭の隅をかすめた。


「どうしたの、モーブ」

「……なんで空き地が無いんだろう」

「そんなの、偶然でしょ」


 レミリアに笑われた。


「いや、空き地の無い場所を選んだんだ。なぜなら、空き地があれば目印になるから」

「何を言ってるの」

「レミリア、お前も言ってただろ。朝からずっと、同じように安全な気配だと」

「言ったよー。安全なほうがいいでしょ。ヘンなモーブ」

「『同じような』ってのがポイントだ。魔族が罠を仕掛けるとしたらどうやる。空き地や泉といった目印のない地帯、樹々の高さや樹種なども同じような場所を選び、モンスターも出ないようにして、こちらの注意力を散漫にさせる」

「そういうことね、わかったわモーブ」


 マルグレーテが頷いた。


「わたくしたち、ループの罠に嵌まってるって言いたいのね」

「そうさ」

「ああ、そういう……」


 レミリアが唸った。


「そう言えばここ、ループの罠があるんだものね。名前がそもそも『迷いの森』だし」

「ラン、そういうことだろ」

「わからない……」


 ランは首を振った。


「でも、そう言われてみれば、なんとなくさっきから同じような場所をくるくるしているような……」

「どうする、モーブ」


 マルグレーテに見つめられた。


「ループの罠だとしたら、早く抜けないと……。普通の冒険者とは違って、わたくしたちにはタイムリミットがあるのよ」

「わかってる」


 考えた。実際、ランに言われるまで……というか言われた後ですら、ここがループの森だとは思えない。それはマルグレーテも同じだろう。ランにしても、違和感がある程度で、どこがどうとは指摘できまい。つまり……。


「ここはレミリア、お前の力に懸かっている」

「あたしの……」

「ああそうさ。お前はエルフ、森の子だ。ここがループしているとしても、必ず出口は隠れている。実際、先に進んだ冒険者が居たわけだし。お前の力で、それを探しながら進んでくれ」

「そうね……」


 レミリアは、先を睨んだ。森を抜ける涼しい風が、短めの銀髪を揺らした。苔のいい香りがする。


「やってみる。多分……わかると思う。進軍速度は、ずっと落ちると思うけれど」

「構わん。この仕掛けで重要なのは、『なるだけ同じ雰囲気』だ。延々何キロにも渡ってループさせたら、見た目の違う場所が出てくる。だから魔族も、極めて短い範囲だけループさせているはず。つまり――」

「ゆっくり進んでも、そう時間を掛けることなく、出口が見つかるってわけね」

「そうさ、マルグレーテ」

「モーブ……」


 レミリアが俺の手を取った。ぎゅっと握り締めてくる。


「あんた凄いね。洞察力も判断力も抜群。パーティー管理すらできないブレイズとは大違いだわ。さすが、あたしのリーダーだけあるよ」

「都合のいいときだけリーダー扱いすんな」


 思わず笑っちゃったよ。なんせ、人買いに捕まったときだけだからな、俺のパーティー仲間だとか言い張ったの。


「ポルト・プレイザーで青春を謳歌するって、お前は俺の馬車を降りたんじゃないか」

「それは……そうだけど」


 一瞬、レミリアは瞳を落とした。それから俺を見る。


「まあいいか。とにかくあたし、ここから目を八つにして先導するから。モーブにも、あたしの凄いところを見てもらわないとね」


 もう一度、俺の手をきゅっと握った。


          ●


 まず空を見て方向を見定めると、レミリアは進み始めた。一歩一歩、確かめるように。左側の樹の幹に、短剣で切れ目を入れながら。樹皮がめくれる程度の浅い傷だ。切り口の匂いを嗅いでから進み、次の樹に移る。


「もうループしてる。……まだ十分くらいしか進んでないのに」


 レミリアは、左側の大木を見上げた。はるか上、太陽に照らされた樹冠が見えている。足元はもちろん暗い。


「ほら、この樹、あたしが付けた目印があるもん」


 めくれた樹皮を指差した。


「魔族も舐めた罠を作るものね」


 マルグレーテは溜息をついた。


「短いほうがいいからな、連中にとって」

「そうね、モーブ」

「で、どうなんだ、レミリア。ループから抜けるとしたら、右か左に隠れた通路があるはずだ」

「左側には無かったよモーブ。ここからは右側だけ注意して進むね」

「そうしてくれ」


 頷くと、レミリアはまた注意深く進み始めた。右側の樹皮だけ削り、匂いを嗅ぎながら。


「あっ」


 匂いを嗅いだ瞬間、呟いた。


「どうした」

「待ってて」


 二、三歩戻ると、ひとつ前の樹木の匂いを嗅ぐ。


「ここだよ。こことそこの樹の間に、なにかがある」

「ループする境目じゃないの」


 マルグレーテは慎重だ。


「違うよマルグレーテ。境目じゃなくて、こことその樹の間が、切れてるんだよ」

「とにかく進んでみよう。そこの樹の間を右に行き、道を外れすぎない程度でまた左に曲がればいい。そうしてまっすぐ進んでみて、ループが切れていたら、脱出成功だ」

「わかった。モーブの判断に従うよ、あたし」


 俺達を振り返る。


「みんなついてきてね。ここから少し下り坂だから、滑らないように足元注意だよ」


 樹々の間のわずかな空間に、体を横にしてすっと入り込んだ。


「こっちだよ」

「ラン、続け。これまでどおり、次がマルグレーテ、最後が俺だ」

「わかった」


 頷くと、ランがやはり体を横にして抜けてゆく。マルグレーテと俺も続いた。


「やったっ!」


 レミリアが短剣を振り上げた。予定通り道なき道を脇にそれ、再度方向を調整して十五分ほど経った頃合いのことだ。


「もうループしてない。……少なくとも十五分の距離は。ほら見て」


 今、切れ目を入れたばかりの樹皮を短剣で指した。


「いや見てと言われても、俺にはわからんが」

「大丈夫よモーブ。樹々の樹相も、色々変化が出ているしね」


 マルグレーテも頷いている。


「どうだラン。まだ変な感じがするか」

「ううん」


 ランは首を振った。


「……でも、嫌な予感がするよ、モーブ」

「嫌な……予感だと」


 その瞬間、がさがさと樹々を揺らす音がした。


「どうした、敵襲か? 魔族なのか、それともモンスター――」

「違うよ、モーブ」


 叫んだレミリアが駆け戻ってきた。


「狭いけど、なんとか戦闘フォーメーションを組んで。モーブ、あたし、ラン、マルグレーテ、一直線でいいから」

「相手はなんだよ」

「樹が大揺れしてるわ」

「でも、揺らしている敵は見えないよ」


 みんなの言うとおりだ。前方の大木が数本、大地震のように枝や幹を揺らしている。どう見ても巨大モンスターが樹々の間を無理やり抜けてくる動き方だが、肝心の敵が見えない。


「透明なのかっ!」

「違うよっ」


 俺のすぐ脇に陣取ると、レミリアは弓を引き絞った。


「あの大木、あれがモンスターなんだよ」

「なんだと」

「あれはククノチ。本来は森を守る樹木神だけど、魔族になにか、邪悪な魂が埋め込まれてる」


 ひゅんと弦音を立てて、レミリアが矢を放った。


「生命力が桁違いだから、なかなか倒せない。掴まれたら握りつぶされるよっ!」



●巨大な樹木神との中ボス戦に挑むモーブと三人。弱点を狙うモーブの戦略は成功するのか……。

次話「ククノチ戦」明日公開!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ