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8-4 ブービートラップ

「レミリア!?」


 レミリアの姿が消え、俺は焦った。


「こ、ここだよっ」


 ずっと上から声がする。見上げると、太い幹のはるか上に、木の実のようにあみがぶら下がっていた。どうやら、網の罠に引っ掛かったようだ。


「無事か?」

「うん。……でもキツく締められてて、うまく動けない」

「待ってろ。なにか考える」

「お願い……」

「モーブ、ここだよ」


 ランがしゃがみ込んだ。


「ここに罠が仕掛けられていたんだ。踏むと網に絡め取られる奴」

「まだあるか」

「ううん」


 首を振った。


「もうない」

「しっかりした罠ね、見て」


 マルグレーテが頭上を指差す。


「足元からあのてっぺんまで、こちら側の枝は、全部伐採されている。罠をはるか上まで跳ばせるためよ」

「あんなに高いところだと、下から木登りは無理っぽいな」

「ええ。地上に近い枝は、全部切り落とされている。多分、助けに行けないように」


 嫌な罠だ。この森は二十年前、魔族がループの魔法を仕掛けたという話だった。どうやらループ以外にも、行く手を阻む罠が張り巡らせてあるようだ。


「レミリア」


 俺は大声を出した。


「短剣で切れるか、その網」

「もうやってみた。無理だよこれ。凄く頑丈。多分、つなを編んで作ったあみってだけじゃなく、魔法で強化されてる」


 レミリアが装備する「放浪者の剣」は、クラスA装備だ。それで切れ目すら入らないなら、物理攻撃では厳しそうだ。


「マルグレーテ、魔法で狙えるか。あのぶら下げてるつなの部分だけ、ピンポイントで」

「やってみるわ」


 なにか計算するかのように目を細め、上空をじっと見つめている。


「レミリア、マルグレーテが魔法で綱を切断する。うまく行けば網ごと落ちるが、なにしろ高い。着地の衝撃で怪我しないよう、体を丸めておけ」

「わかった」


 網の中でごそごそ動くのがわかった。


「気をつけろよ、マルグレーテ。ちょっとでもずれてレミリアに魔法が当たると、レミリアが細切れになるぞ」

「わかってる」


 ぎりぎりで魔法を調整しているのか、マルグレーテの額には汗が浮いている。


「モーブ、後ろからわたくしの体を抱いて。励まして」

「任せろ」


 抱いてやる。


 マルグレーテの体は、発熱していた。詠唱に入って体内に魔力が高まっているからだろう。


「俺がついてるぞ、マルグレーテ」


 マルグレーテは頷いた。


「マルグレーテちゃんならできるよ」


 ランが励ました。


 また頷く。


「か……風の刃、レベル三」


 詠唱が終わり、マルグレーテが魔法効果を宣言する。地下でタコ足をぶった切った奴だ。


 鎌鼬かまいたちではなく刃系にしたのは、効果範囲が狭いからだろう。広い魔法を撃つと、レミリアまで被害が及ぶ危険性がある。タコを攻撃した二周目は、レベル九とかだった。わざわざ三に下げたのも、レミリアへの影響を防ぐためと思われた。早い話、ヨーヨーのひもだけ切れればいいんだからな。


 マルグレーテの手から、青白い魔法が飛んだ。装備するアーティファクト「従属のカラー」の二回攻撃効果により、二本飛ぶ。一直線に。真上に向かって。


「よし、いいぞ」

「命中するよっ」


 ランが声を上げたとおり、上空で魔法は、なにかに命中した。


 ややあって、上空の樹冠じゅかん近くで、がさりと音がする。それから、ゆっくりと罠の網が落下を始めた。徐々に加速しながら。


「ランっ!」

「わかってる」


 一瞬瞳を閉じ、口の中で詠唱する。


「浮遊レベル二っ」


 ランの魔法が網を包むと、落下速度は弱まった。


「よし。俺が受ける」


 足元に注意しながら位置取ると、落ちてくる網を、両腕で抱き取った。……とはいえ、さすがに勢いがある。俺はそのまま、尻餅をついた。


「……ったー!」

「大丈夫、モーブ?」

「俺はな。それよりレミリアはどうだ。怪我しなかったか」

「あたしは大丈夫」


 俺の腕の中から返事があり、粗い網の目を通して、レミリアの手が出てきた。俺の腕を撫でている。


「ごめんねモーブ、擦り傷できちゃった」

「平気さ。後でランに頼む。それより先に網だ」


 冥王の剣で、すぱすぱ切ってゆく。


「凄いねー、その剣。この魔導トラップを、柔パンのように切るじゃないの」

「必中スキル持ちの剣だからな。……ほら」


 網の中に手を突っ込むと、レミリアを抱え上げた。俺の首に手を回し、レミリアはおとなしくしている。


「立てるか」

「うん……」


 立たせてやった。


「汚れちゃったね」


 ランが、服をはたき始めた。


「あたしはいいよ。モーブの傷を治してあげて」

「そうだね」


 俺の擦り傷に、ランが手をかざしてきた。


「この先も罠があると危険だわ。もう十七時頃でしょ」


 マルグレーテが俺の袖を引いた。


 たしかに。ここからはどんどん暗くなる。足元に注意するのでも、限界があるだろう。

「よし。ここは五分ほど戻って、さっきの空き地で野営しよう」

「あそこのモンスター倒したものね」


 ランも賛成してくれた。


「ああ、あそこなら安全だ」


 もう当面ポップアップはないだろうし。


「少し早いが、さっさと飯食って寝ちゃおう。その分明日は、日の出と同時に行動開始だ」


          ●


 空き地に戻ると、俺が背負った荷物から、一枚の布を取り出した。ロープで枝や地面に数か所で固定して、簡易テントのような形にする。ちょうど、登山家が使うツェルトのような感じよ。


 中に、冷気避けの生活魔法を掛けた布を敷いて、全体に虫除けの魔法も施しておく。晩飯後にみんなで潜り込んだ。


「夜は、ますます冷えるわね」


 マルグレーテは、体を縮こめている。


「寒いよモーブ」


 ランも弱音を吐いている。もちろん、さすがに俺達も裸ではない。昼の服のままだ。


「もっとくっつけ」


 ランとマルグレーテの体を抱き寄せてやった。ふたりとも、俺の体に腕を回してくる。


「みんなで固まれば表面積を小さくできるから、放熱しにくい。ほらレミリア、お前ももっとくっつけ」

「うん」


 遠慮がちに、俺の胸に体を預けてきた。


「あたしは森の子だから、このくらいは平気だけど。でもありがと。……優しいんだね、モーブ」


 俺の胸に顔を埋めた。


「それにしてもモーブってば、ときどき科学者みたいなこと言うね」


 レミリアは、感心したような口調だ。


 まあ俺、前世理系だし。それで便利屋扱いされて開発営業みたいな地獄見させられてたわけで。あー思い出すとムカムカしてきた。


「お風呂入れなかったねー」

「ごめんな、ラン。泉、無かったからなー、今日は」

「森って水源豊富だから普通、泉とか小川あるわよね」


 マルグレーテの言うとおりだわ。少なくとも、マルグレーテの実家周辺の森はそうだったし。


「ここはちょっと変わってる」

「まだ水は二日は優に持つと思うよ。けど明日は、水の匂いに特に注意して進むね」

「ああそうしてくれ」

「任せて」


 レミリアは微笑んだ。


「風呂なしで俺、臭くて悪いな、レミリア」

「ううん」


 俺の胸で、首を振った。


「いい匂いだよ。モーブの匂いが、もっと強まってて」

「そうでしょ、レミリアちゃん。モーブって、お風呂入っても入らなくてもいい匂いなんだよ」


 ランは嬉しそうだ。


「それはランも同じだけどな」


 改めて抱いてやる。


「あら、わたくしは?」

「マルグレーテ。それは……どうかな」

「やだ、わたくし臭いの?」

「冗談だよ」


 抱き寄せると、耳元で囁いた。


「マルグレーテのいい匂いがするぞ」

「本当?」

「本当だ」


 首筋にキスしてやった。


「やだ……。すぐ横でレミリアが見てるのに」


 構わずキスを続けた。


「モーブ……」


 俺を抱く腕に力が込もった。


「よしよし」

「私にもキスしてよ」

「ラン」ちゅっ。

「あ、あたしはいいから」

「わかってるよレミリア。もう寝ろ」


 頭を撫でてやる。


「子供扱い、止めてよ」

「十四は子供だろ」

「十六とたいして変わらないじゃない」

「俺の中身は大人だからな」

「中身?」

「ああ気にするな」


 仕方ないので、ランを抱いていた腕を外して、レミリアを抱いてやる。


「あたし……抱かれなくてもいいんだけど」

「みんなでまとまってないと、寒いぞ。それに虫除けの魔法だって散っちゃうだろ」

「それは……そうだけど」

「もうランは寝たぞ」


 首を伸ばしたレミリアが、ランの寝顔を覗き込んだ。


「やだ本当。すうすう言ってるじゃない」

「モーブに抱かれると、ランちゃんはすぐ眠っちゃうのよ。安心しきって」


 マルグレーテが呟いた。


「ねっモーブ」

「そうだな」


 ふたりを抱き寄せた。


「もう寝よう。明日は夜明けと共に朝飯、明るくなり切る前に準備を整え、目が利くようになったら、すぐ行動だ」

「わかった」

「ええ、モーブ」


 暗闇で、俺はタイマーを見た。


――4:22:31:29――


 無慈悲に、時が刻まれつつある。一秒一秒。




●タイムリミットが迫り焦るモーブをあざ笑うかのように、「帰らずの森」「迷いの森」の罠が襲いかかる……。

次話「ループの罠」

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