8-3 残り時間の陥穽
なにせ木々の間は狭い。一列になって進んだ。先頭はもちろんレミリア。次にラン、マルグレーテ。背後から襲われる危険性も考えて、前衛役の俺は殿だ。
レミリアは時折、太い幹に抱き着くようにして、匂いを嗅いでいる。稀に短剣で枝を傷つけ、年輪を見て、また切り口の匂いを嗅いで。教えてくれたけど、それで方角だとか水源との距離とかがわかるんだと。エルフって凄いわ。
おまけに足元なんか全然見ていないのに、飛ぶようにひょいひょい進む。たいしたもんだ。だって大木の太い根が這い回ってて、平らな地面とか無いからな。根の上は苔びっしりだから、やたらと滑るし。レミリア以外の俺達三人は、足元見つめながら一歩ずつ注意深く進むしかない。
おまけに当然というか、やっぱりモンスターは出た。いや、木々の間自体は出ないのよ。多分鬱蒼として狭すぎるからだと思うけどさ。とにかく稀にある、ちょっと開けた空き地が危ない。ほぼほぼ確定でモンスターが出る。
幸い、マルグレーテとランはすでにかなりの戦力になってるし、チート装備で能力が拡張されている。AGIの上がったマルグレーテが初手で魔法の二回攻撃を掛けるから、危なげなく戦えたし。
いずれにしろ空き地は危険とわかった。だから先に見えたら、抜剣や詠唱開始して近づくようになった。レミリアも矢筒から矢を抜き、つがえた状態で。矢を引き絞った状態でも足元を見ずにすいすい進めるんだから、やっぱこいつも凄いわ。
「そろそろ陽が陰るわよ、モーブ」
マルグレーテが俺を振り返った。
「わかってる」
俺は、腕に巻いたタイマーを確認した。
――5:00:49:18――
朝八時頃に確認したときは、五日と九時間弱だった。あれから八時間くらい経ったから、タイムリミットまで、もう五日間とちょいだ。
「もう少しだけ進もう」
先の様子はわからない。少しでも距離を稼いでおきたい。
脳内で、俺は残時間を計算した。
レミリアが例のチョーカーをさせられたのが、十七時頃だ。そこから丸七日間で、戻らないとならない。
先達の冒険者パーティーは、迷いの森に入って二日で祈祷処に着いた。俺達がこの森に入ったのは、今日の十五時くらい。彼らと同じペースを保てると仮定すれば、明後日の十五時には祈祷処に着く。
そこで採取に数時間掛かるとして、明後日の夜。そこからまた二日で「迷いの森」入り口まで戻ると、今からちょうど四日後の夜くらい。計算上、残り時間は二十三時間かそこらってことになる。
行きで考えると、ポルト・プレイザーを早朝に立って「迷いの森」入り口に着いたのが十五時だから、約九時間。
「迷いの森」入り口まで戻ったところで野営して、翌朝六時から動き始める。馬を放したところまで一時間。そこから馬でポルト・プレイザーまで八時間で、十四時。
つまりポルト・プレイザーの人買い業者事務所に駆け込むのが、タイムリミット十七時の、三時間前くらい。連中、うまいことぎりぎりのタイムリミットを設定しやがったわ。こっちが悪巧みを巡らす時間が、ほとんどない。
それに、バッファーが三時間しかないってことは、どこかでひとつなにかが狂ったら、もうおしまいだ。その場合は、「迷いの森」入り口まで戻ったところでの野営を取り止め、馬には悪いが徹夜で走るしかないだろう。
余裕はない。だからこそ、初日から距離を稼いでおきたい。
「モーブって、真面目だよねー。あたしもうお腹減ったよ」
愚痴りながらも、レミリアは先頭を切って進む。いやお前のためを思っての強行軍なんだけどな。
――「リーダーの選択の重さ、肝に染みたじゃろう、モーブよ」――という、居眠りじいさんの言葉が、頭の隅をよぎった。すごろくでじいさんから、いろいろ実践的なアドバイスやリーダーの心得を教えてもらった。今ここでは俺がリーダー。しっかり心を強く持って決断していかなくてはならない。
「それにしても……」
注意深く進みながら、レミリアが呟いた。
「この森は攻撃性が高いね。毒虫がいっぱいいて、下を通るあたしたちを狙って枝から落ちてくるし」
森をよく知るエルフが言うんだから、そうなんだろう。
「マジだなー」
べちょっとくっつくから、気持ち悪くてな。閉口してるわ。
「虫除けの生活魔法を掛けてなかったら、割とヤバいかもな」
「この毒虫はね、一回刺されたくらいなら痛いで済む。だけど何十回も刺されると、それだけで死んじゃうからね」
「マジか」
「うん。あたしたちエルフは代々免疫があるから平気だけど、ヒューマンはヤバいね」
「ランが生活魔法を会得してて良かったわ」
「ランちゃん、天才よ」
マルグレーテが頷く。
「だってあの分厚い魔導書、ヘクトールで全部読破して暗記しちゃったものね。生活魔法って、あんまり重視されないから、魔導書の後ろのほうに書かれていたのに……」
「マルグレーテちゃんが魔導書くれたおかげだよ。Zクラスには、初歩的な教科書しかなかったもん。ねっ、モーブ」
「たしかに」
Zは基本、じいさん教師は寝てて、全員自習黙読だったからな。その時間でランが魔導書一所懸命読んでたけど、俺もまさか呪文を完璧に暗記するとは思わなかったわ。だってあれ、千ページ以上あったからな。
「とにかくランは――あっ!」
振り返ってなにか言おうとしたレミリアの姿が、掻き消えた。
「レミリア!?」
●罠にかかったレミリアを救うべく、モーブが動く……。
次話「ブービートラップ」




