8-1 森のランチ
「こっちでいいんだよな」
「そうだよ、モーブ」
先導するレミリアが、振り返った。馬四頭に分譲した俺達は、ポルト・プレイザー近郊の山へと向かっている。パーティー三人は、いつもの馬。レミリアはあかつき号だ。
「そろそろ休憩しようよ」
俺の背後から、ランが声を上げた。
「もう二時間走ってる。いかづち丸やみんながかわいそうだよ」
「わたくしもそう思うわ。馬を休ませましょう」
マルグレーテも声を揃えた。あいつはテイムスキルがあるからな。馬のことはよくわかっている。
「そうだな」
俺は、左腕に巻いたタイマーをチラ見した。腕時計のような形で、魔導ディスプレイに数字が表示されている。レミリアの命のタイマー、人買いの事務所で渡されたものだ。
――5:08:49:32――
つまり、残り時間は五日と九時間弱だ。これがゼロを示す前に目的のアイテムを事務所に届けないと、レミリアの命はない。
「モーブ、風に水の匂いが交じってきた。もう少し先に泉か川があるよ。……多分、泉」
「わかったよレミリア。そこで休憩だ」
草原に踏み固められた獣道で、朝の風に草の匂いが漂っている。リゾートを出て、もう二時間。進むに従って、周囲は草原から針葉樹がぽつぽつ増えつつある。はるか先には、鬱蒼とした針葉樹林。それ越しに、緩やかな威容を誇る山がそびえている。あの森に入り、さらに進んだ先が「迷いの森」だそうだ。
この山は古代に休眠した休火山だが、かつては激しく活動していたようで、裾野がとても広い。緩やかな裾野は広大な森林になっていて、その一部が「迷いの森」と呼ばれている。早い話、富士山裾野の青木ヶ原樹海みたいなもんだろう。ただこちらは「ガチで迷う」魔族の罠が仕掛けられている。はるかに危険だ。貴重なアイテムを狙い入り込んだ冒険者パーティーは、ほとんどが行方知れずになったというし。
「やっぱり泉だった」
獣道を少し離れた場所に、小さな泉があった。道を走っていては絶対に見つけられない。草の陰に隠れるから。この先、森の中だと獣道も細くなる。行けるところまで馬で進み、そこからは徒歩だ。馬はそこに置いていくが、みな賢い。そのあたりの草など食べつつ、俺達の帰還を待ってくれるはずだ。
「こっちだよ」
ほとりにあかつき号を導くと、レミリアは身軽に飛び降りた。
「ほら、水をお飲み」
俺達の馬の手綱も受け取ると、注意深く水辺に連れてゆく。
「私も飲もうっと。喉乾いたよ」
ランが泉を見た。
「きれいな水だねー」
「土が滑るから気をつけてね」
「ありがとう、レミリアちゃん」
いなづま丸の脇にしゃがみ込むと、泉の水を手で掬った。
「わあ、おいしい」
「わたくしも頂くわ。……モーブは」
「後で飲む。まずみんなの革袋に水を詰め直しておくよ」
「さすがリーダー、気が利くねー」
レミリアが微笑んだ。
「それに、あたしまで装備を揃えてくれてありがとう」
昨日、ギルドで「迷いの森」情報を聞いた後、カジノに顔を出した。カジノには、俺達が稼いだコインがまだ二千万ほどある。あれの一部を使って、高額賞品である貴重な装備を、全員分揃えたんだわ。迷いの森踏破に向け。
「いいんだよ。俺達も装備を見直したかったところだし。それに現金は全く使ってないし」
今までは、偶然手に入った装備でクエストをこなしてきた。それだけにバランス的には今ひとつだし、全体的な底上げも図りたい。ちょうどいい機会でもあったからな。
装備を揃え終わっても、まだまだコインは余っている。HPMPやAGIなどの基礎ポイントを上げる特別な消費アイテムと大量に交換し、各人の属性に応じて割り振った。それでもコインはまだまだ余っている。このクエストが終わったら、またゆっくり考えるわ。
結局、装備はこんな感じになったよ。
■俺(即死モブ)
●武器:
銘「業物の剣」
クラスB装備
卒業試験ダンジョンで入手
特殊効果:戦闘時敵HP吸収および敵速度ダウン。ただし敵にダメージを与えた際の限定効果
銘「冥王の剣」
裏ボスレアドロップアイテム
大賢者ゼニスから借用中
特殊効果:必中。AGLとCRIにボーナスポイント
●防具:
銘「ハンゾウの革鎧」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:AGLとLUKにボーナスポイント
銘「支えの籠手」
クラスB装備
卒業試験ダンジョンで入手
特殊効果:戦闘時HP自動回復および戦闘速度アップ。ただし装備者に限る
●アクセサリー:
銘「狂飆エンリルの護り」
裏ボスレアドロップアイテム
卒業試験ダンジョンで入手したアミューレット
特殊効果:レアドロップ固定
――俺はタンク役。といっても元が即死モブなんで、基礎スペックはおそらく底辺張り付きのはず。そのため重戦士方向への育成は難しいと思われる。スカウト・ニンジャ方面を目指すことにして、装備もそれ系統で固めた。
俺のパーティーには、強力な魔道士がふたりいる。なので俺は積極的に前に出る攻撃力重視というより、背後の魔道士を守る盾役としての防御力を重視した。ハンゾウの革鎧は、スカウト・ニンジャ系統としてはかなり上位の防御力を持ってるからな。
ポイントアップアイテムは、満遍なく使った。というのもどのスペックも低いと思われるから。全部カンストまで上げたいところだが、多分そもそもカンスト数値自体が低いと思うし。この世界のキャストである俺は、自分でレベルとかスキル、スペックがわからない。なら満遍なくが無難だ。
■ラン(呪文詠唱系ヒーラー)
●武器:
銘「ソロモンの杖」
クラスS装備
カジノ賞品
特殊効果:魔力増大、CHAにボーナスポイント
銘「放浪者の短剣」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:DEFとAGLにボーナスポイント
●防具:
なし
●アクセサリー:
銘「即天王の指輪」
裏ボスレアドロップアイテム
エリク家領地アドミニストレータ戦で入手
特殊効果:即死回避、状態異常無効化、HP/MP無限回復
銘「無銘の頚飾」
クラス不明装備
ヘクトール時代にマルグレーテにもらった首飾りで、ランが大事にしている
特殊効果:魔力増大
銘「弁財天のネイル」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:魔力増大、CHAにボーナスポイント
――ランはヒーラー。前には出ないので、防御力より魔力増大を目指した。これまで使っていた杖をクラスS装備に変更して、護身用の短剣も装備させた。特にアクセサリーを重視している。ランは元々ヒーラーとしてトップクラスの潜在力を持っている。それを引き出す狙いだ。
加えて、アドミニストレータ戦でゲットした裏ボス装備が超強力。これだけでランの防御をかなり固められた事になる。
ポイントアップアイテムは、魔力アップとAGI、LUK中心に使った。HP/MP無限回復スキルがあるので、このふたつの数値を重視する意味は、とりあえずない。それよりは魔道士としての実効性を高める狙いだ。
■マルグレーテ(呪文詠唱系メイジ)
●武器:
銘「ソロモンの杖」
クラスS装備
カジノ賞品
特殊効果:魔力増大、CHAにボーナスポイント
銘「放浪者の短剣」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:DEFとAGLにボーナスポイント
●防具:
なし
●アクセサリー:
銘「エリク家の指輪」
先祖伝来の結婚指輪
母親からの継承品
特殊効果:エリク家祖霊の守護、魔力増大、婚姻相手との絆
銘「従属のカラー」
裏ボスレアドロップアイテム
カジノ賞品
特殊効果:二回攻撃。斬撃無効化。物理ダメージ八十パーセント削減。『契約主』との絆
銘「弁財天のネイル」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:魔力増大、CHAにボーナスポイント
――マルグレーテも、考え方はランと同じさ。アクセサリーでメイジとしての潜在力を底上げしている。「エリク家の指輪」と「従属のカラー」という、特別なアクセサリーをふたつも装備できているのが、マルグレーテの利点だ。
ポイントアップアイテムも、ラン同様に選択した。特に、マルグレーテには二回攻撃という、魔道士にとって超強力なスキルがある。それだけにAGI、つまり敏捷性のアイテムを大量に摂取させた。上限カンストしたと思われるほどに。
戦闘時、初手で先手を取り全体魔法で敵を二回舐めれば、雑魚の多くは戦闘能力を失うだろうし、その後のパーティー戦がかなり有利になるからな。
■レミリア(スカウト系エルフ)
●武器:
銘「雷上動之弓」
クラスS装備
カジノ賞品
特殊効果:必中。アンデッド系即死。魔族系に大ダメージ
銘「放浪者の短剣」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:DEFとAGLにボーナスポイント
●防具:
銘「天之麻迦之胸当」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:DEFとVIT、CHAにボーナスポイント
●アクセサリー:
銘「サラニューの首飾り」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:CHAとAGLにボーナスポイント
銘「ヴァンの腕輪」
クラスA装備
カジノ賞品
特殊効果:CHAにボーナスポイント
――レミリアは弓使い。物理攻撃タイプとしては、間合いを極端に長く取れる。防御を固めて動きが遅くなることは避けたい。そのために、それまでのエルフ胸当てからクラスAの胸当てに変更する程度に留めた。矢の射出時に弦でこすって胸を傷つけないためにも、弓道女子的な胸当ては必須だ。
後は弓をアップグレード。アクセサリーは今ひとつ最適なものが無かったが、賞品でふさわしいと思われるものを入手した。
ポイントアップアイテムは、AGI、LUK中心に使った。LUK、つまり運を上げておけば、敵魔法攻撃のランダム効果で低ダメージ抽選を引きやすくなる。矢の命中率も上がる。AGIによって、矢の射出速度だって上がるし。
「さて……」
泉のほとりで充分休養した頃合いを見て、俺は立ち上がった。
「そろそろ行くか。今日中に迷いの森の入り口までは進みたいし」
「そうね」
「わかったー」
「いいよ」
皆立ち上がり、腰の砂を払っている。
「よし、馬に乗れ。……レミリア、また先導を頼む。山や森は、エルフに任せとけば間違いないからな」
「へへーっ。モーブもわかってきたじゃん」
ひらりと飛び乗ると、あかつき号の手綱を握った。
「みんな、いいー?」
「よし行こう!」
「いいよー
「わたくしは、いつでも」
「あっ!」
二、三歩先行したレミリアが、突然あかつき号を停まらせた。
「なにかあったか? アクシデントとか、敵の気配とか――」
いきなりトラブルとか、幸先が悪い。それでも万全を期して進まないとな。この先が厳しいのは見えてるし。
「お……」
馬上で、レミリアが俺を振り返った。
「お?」
「お腹空いた」
はあ?
「レミリアお前……」
上りつつある太陽を、俺は見上げた。まだ朝だから、夏とはいえそれほどは暑くない。
「まだ朝十時前だぞ」
「もう我慢できないもん」
勝手に馬を下りてるし。
「それなら立つ前に言えよ」
「あのときはまだ、減ってなかった」
俺を見つめてくる。
「んなわけあるか」
エルフの胃袋、謎かよ。
「しょうがないでしょ」
「どうする、モーブ」
マルグレーテが、俺を見つめた。ランはにこにこと状況を見守っている。
「さあさあみんな」
レミリアが手をぱんぱんと叩く。
「一回目のお昼ごはんにしよう」
「一回目って……お前なあ……」
そのとき、レミリアの腹がぐうーっと鳴った。
お前の命が懸かったクエストだってのにマジ、緊迫感のない奴だわ……。
●いよいよ問題の森に踏み込むモーブ。そこは、周辺の森とはかけ離れた不気味な雰囲気を漂わせていた……。
次話「迷いの森」、明日公開




