7-6 「迷いの森」の古代祈祷処
「なにが欲しいんだ」
「おい」
「社長」が背後を振り返る。急に口調が変わった。ぞんざいに部下を見て。
「説明して差し上げろ。俺は小便してくる」
「へい、『社長』」
席を立った。
残ったのは頭の悪そうな部下だけに色々要領は得なかったが、要するに話はこうだった。
ポルト・プレイザーにほど近い「迷いの森」の奥。幻影に惑わされて、どんな冒険者パーティーもたどり着けず、戻っても来れずに全滅するという場所に、古代宗教の聖なる祈祷処跡がある。かつては誰もが行き来できたという。
二十年前に、突然襲来した魔族によって、森に迷いの罠が仕掛けられ、帰らずの森となった。魔族は近隣を荒らすこともなく、罠だけ仕掛けると消えたという。
その祈祷処の近くには、十年に一度しか咲かない花や茸、果実があり、特別な魔法効果を持っていて、古くから時の権力者に珍重されていた。誰も行けなくなって二十年。人知れずこれらが風に揺れているはずだから、それを採ってこいと。
「迷いの森は厳しい。だからあんたらにも無理だろう。見たところ、魔道士ふたりに、……モーブさんとやら、あんたは戦士か? よくわからんが……」
「いずれにしろ、そのパーティーでは、どんなに強くても無理だ」
「そうだそうだ。借金こさえた冒険者連中が、何度も送り込まれて全滅してるからな」
口々に言い募った。トイレから戻ってきた「社長」は、立ったまま、俺と部下との話を聞いている。
「それならあたしが案内できる。あたしエルフだもん。森の仕掛けなんか楽勝だよ」
レミリアが口を挟んできた。
「それもそうですなあ……」
「社長」が頷いた。
「なら、連れて行っても構いませんよ。その娘」
「本当か」
ちょっと信じられなかった。そんな甘い悪党あるか。
「ええ」
「ボス、こいつら逃げやすぜ」
「てめえっ!」
振り返りざま、そいつの肩に右ストレートを放つ。がつんと、骨に当たる痛そうな音がした。これ、どっちも痛いだろ。殴ったほうも。殴られたチンピラは苦しそうに顔を歪めたが、「社長」は痛がる気配もない。
「いつから俺に意見できる立場になった」
「す、すいやせん」
「あと、俺は『社長』と呼べ。何度言ったらわかるんだ、このカス」
「へい……」
痛そうに、殴られた肩をさすっている。
「……モーブさん」
ソファーに深く腰を下ろすと、もうにこにこじじいに戻っている。
「では、このエルフも連れて行きなさい」
「いいんだな」
「はい。ただし、逃げないという保証はもらう。……おい『あれ』を」
「へい。……今すぐ」
なにか赤い金属チョーカーのようなものを後生大事に抱え出してくると、レミリアの首に巻いた。
「なにをしている。説明しろ」
「大丈夫ですよモーブさん。ただの追跡具のようなもんで。……起動したか」
「今すぐ」
痩せた魔道士然とした黒スーツが出てくると、チョーカーに手をかざし、なにかぶつぶつと唱えた。
「起動しました、親分」
「『社長』と呼べ、このボンクラ」
魔道士の胸を引っ掴むと、そのまま引き倒す。
「どいつもこいつも……。ええ、てめえ型に嵌められてえのか」
「いえ……」
こそこそ四つん這いで逃げ隠れる。
「モーブさん。これは追跡装置……というか、逃亡防止の魔導頚飾。この仕事では、割と使う奴でしてね……」
「社長」だか親分だかボスだか知らんが、とにかく説明を始める。
話はこうだった。このチョーカーには時限式の魔法が掛けられており、ちょうど一週間後、つまり六十万四千八百秒後に魔法が起動する。起動すると瞬時に、直径一センチほどまで輪が縮まる。
止められるのは、この「社長」のみ。つまり、一週間以内にミッションクリアしてここに戻らないと、レミリアの首が落ちることになる。もちろん外すことなどできない。
「追跡具じゃないな。騙したのか」
俺に睨まれると、「社長」は首をすくめてみせた。
「いえいえモーブさんを騙すなんて、とんでもない。逃げられないようにするという意味で、追跡具のようなものと言っただけで。……タイマーは後でお渡しします」
「それ、意味ないよね」
ランが口を挟んできた。
「だって、そんなことしたら、レミリアちゃんも、そのお宝も手に入らないし」
「たしかにランちゃんの言うとおりね。あなた方、この娘を高額で買い取ったんでしょ。死んだら丸損になるじゃないの。今すぐこの頚飾を外しなさい」
「まあまあ落ち着いて」
苦笑いだ。
「死んだら死んだで、仕方ない。そのエルフの売り先は、親分だ。私が魔導頚飾まで使って最善を尽くしたとわかれば、話は着く。次の女でいいかってね。筋さえ通っていれば、仁義って奴に合致する。度量のあるお方ですから……」
「度量だと……」
俺は、テーブルを叩いた。
「嘘つくんじゃねえ。度量があるってんなら、今すぐレミリアを解放しろ。俺が金を払うと言ってるじゃねえか」
「言いましたよね。私もその親分さんも、メンツで生きている。舐められたら終わりなので……」
涼しい顔だ。
「おう、あんちゃん」
匕首のような短剣を、チンピラが抜いて見せつけてきた。さっき、ランとマルグレーテの体を、舐めるように見つめていたカスだ。
「あんまりナマ言うなら、この場でケリつけてもいいんだぜ。生意気抜かした罰として、その女ふたりも、俺達がもらうからな」
「馬鹿野郎っ!」
立ち上がった勢いのまま、「社長」がチンピラを殴りつけた。
「ぐはっ!」
チンピラが壁まで吹っ飛ぶ。頭を強打した、ごんっという音が響いた。
「てめえは脳みそがついてるのか。モーブさんはな、パーティーメンバーのために、自分と連れ合いの命を懸けると仰っている。てめえにそれができるのか、カスっ!」
「す……すいやせ……ん」
なんとかそれだけ口にすると、気絶した。鼻から血がつっと垂れている。
俺は黙っていた。レミリアはパーティーのメンバーではない。苦し紛れにレミリアがついた嘘だ。だがそれが嘘だと明かしても、こちらにはなんの得もない。むしろレミリアに対する扱いが酷くなるのは見えている。
「モーブさん」
座り直した。殴ったり座ったり、忙しいもんだな。まあそれが悪党の日常なんだろうけどよ。
「度胸と侠気、つくづく感服いたしました。あなたは男として尊敬できる存在だ。ただ……」
俺の目を、じっと見つめてくる。瞳の奥まで。
「ただ、シノギは別。わかっていただけますな、モーブさんほどのお方なら」
押しても引いてもダメか……。ならここは乗るしかない。要は連中の言うことを聞いたと思わせておけばいいんだ。この採取クエストをクリアし、レミリアの罠さえ外させれば、俺とこいつらにもう貸し借りはなくなる。
形だけとはいえ悪党の手駒になるのはムカつくが、後でこいつらには痛い目に遭ってもらう。こんな連中、ポルト・プレイザーにのさばらせておいては、街のためにならないからな。
「シノギは別。いい響きだ」
俺の言葉に、「社長」は困ったような笑顔を浮かべた。意味がわからないのだろう。
「シノギは別。いいな、それを覚えておけよ」
俺は、もう一度言ってやった。「社長」だけでなく、ここにいる頭の足りない手下全員にわかるように。
●迷いの森攻略を、モーブ一行が検討する。
次話「添い寝」




