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7-5 人買い事務所

「なるほど。こいつがカジノで借金を作ったと、そういうわけか」

「はいそうですよ、モーブさん」


「社長」と呼ばれている、いかついおっさんが微笑んだ。六十代くらい。白髪交じりの髪は、きれいに撫でつけてある。ビジネスマンっぽい服装ににこにこ笑顔だが、荒れた瞳の鋭さは隠しようがない。


 ここはポルト・プレイザー東側。連中に連れて行かれた「事務所」だ。貿易港側の片隅にある、いかにも胡散臭げな一帯にある。リゾート側、金持ち相手の優雅な飲食店と違って、周囲にある飲食店も、船乗りや港湾沖仲士相手の怪しげな飲み屋だか風俗だかわからん店ばかりだし。


 人買い業者の本拠地に連れ込まれるのは危険っちゃ危険だが、俺はいつもどおり、護身用に短剣「冥王の剣」を装備している。それにマルグレーテとランが居る。魔道士は装備不要で強力な魔法を使える。俺達なら、そこらの雑魚チンピラくらいは、秒で血祭りだ。


「いくら借金を作ったんだ、レミリア」


 小さなローテーブルを前に、レミリア含んだ俺達と、その「社長」が向き合って座っている。相手の後ろには、ごつい男共が五人ほど、腕を組んで俺達を睨んでいる。中でもひとり、ランとマルグレーテの体を眺めてはニヤついている野郎がいて、こいつだけは許せん。あまり口を挟むなとふたりに命じてはあるが、マルグレーテあたり、このクソ野郎を罵倒したくて仕方ないところだろう。


「……十万コインが買えるだけのお金」

「すごい高額じゃない」


 呆れたように、マルグレーテが目を見開いた。


「それ、普通の人がもらえる賃金、十年分くらいよ」

「別れたときに、レアドロップアイテム、たくさん持たせたろ。あれどうしたんだよ」

「みんな使っちゃった、カジノで」

「お前馬鹿かよ」

「だって……」


 レミリアは話し始めた。


「イケメンにナンパされるかなって思って、水着でビーチうろうろしたんだけど、誰も声掛けてくれないし……。仕方ない、カジノで遊ぼうって思って、アイテム全部お金にしちゃった」

「私達も、カジノに居たよ」


 ランが口を挟んできた。


「どうしてレミリアちゃんに会えなかったんだろ」

「モーブがすごろくしてるのは、見てたよ。あたしも負けてたまるか、稼ぐんだって思ってカードゲームで熱くなって……。気が付いたら、コイン全部無くなっちゃってた。それで、カウンターで借金して……」

「借金してからも負けまくったんか」

「うん……」


 こっくりと首を縦に振る。


「負けが嵩んできたから、一発逆転を狙って、高いテーブルで高額コイン賭けた」

「お前なあ……」


 それギャンブルカスがハマる、いちばんヤバいパターンじゃんよ。森の子エルフ、しかもまだ十四歳だから、遊び慣れてないってのはわかるけどさ。それにしてもそこまで落ちるかあ……。


「それで、あんたらにさらわれたって話だな」

「人聞きの悪い。私共はこの娘を仕入れただけですよ、カジノ側に大枚払ってね」


 やれやれと手を広げる。背後の手下が、追従笑いを浮かべた。


「俺が肩代わりする。とりあえずこれだ」


 懐から、カジノの最高額コインを四枚取り出して、テーブルに並べる。こんなんどうでもいいからな、今さら。


「見ろ、一万額面コインだ」

「それも四枚も……」


 雑魚どもがどよめいた。


「これはなんの真似ですかな」


「社長」が、俺に微笑みかけた。強面の部下と異なり、優しげな瞳だが、有無を言わせない迫力がどこからともなく湧いている。雑魚よりこいつのが、絶対にヤバい。


「借金は十万コインが買える額だろ。残り六万もすぐ払う。カジノまでついてこい。その場で引き出して払う」


 テーブルで輝くコインをちらと眺めると、「社長」は俺に視線を移した。


「モーブさん、あなたのことは知ってますよ、もちろん。なんせリゾート中の話題だし、カジノの英雄だ。ですが……」


 横を向いて「おい」と言うと、手下がすぐ茶を注いだ。それを飲んでから続ける。


「勘違いしてもらっては困る。いくら高額とはいえ、これはただのカジノコイン。私がカジノに払ったのは、現金だ」

「あなたたちがこのコインをお客さんに売ればいいのではなくって」


 マルグレーテが身を乗り出した。


「これはこれは、元気なお嬢さんだ」


 マルグレーテを見て微笑む。


「そんなことをしたら、私共がカジノのシノギに手を突っ込んだことになる。仁義破りはご法度。私共の世界ではね」


 また茶を飲むと、マルグレーテとランをわざとらしくじっくり見てから、俺に視線を移した。


「それとも、そのふたりと交換しますか、モーブさん。こちらはそれでも構いませんが……」


 乗れないのをわかった上で、煽ってきやがる。ねずみをいたぶる猫のように。口の端に笑いを浮かべて。


「このレミリアとかいうエルフはねえモーブさん、債権ですよ。もうリゾートから私共に所有権の移った債権。どうしようがこちらの勝手。頼まれていちいち許していたら、こちらもメンツが潰れる。なあお前ら」

「へい社長」

「全くです」

「素人はこれだから」


 どいつもこいつも、勝手なことを言いやがる。


「この仕事では、メンツが一番大事でしてね。あいつは素人に舐められたという評判が立ったら、それだけでライバルに食われる始末ですから、そうおっしゃられても困りますな」

「モーブ……」


 俺の腕をしっかり胸に抱えたまま、レミリアがすがるような目で見上げてきた。怖いんだろう。普段の強がりが消えて、体も震えているし。なんたって、世間知らずの小娘だしな。まだ十四歳だぞ。きらびやかなリゾートやカジノを初めて経験したら浮かれても仕方ない。


 レミリアは、俺のパーティーじゃない。でも、しばらく道を共にした仲間だ。それにあのとき、山賊が放った矢から俺をかばって命を救ってくれた。俺はレミリアに命の借りがある。悪党にむしられるのを、黙って見ているわけにはいかない。


 前世の社畜時代、自分の損得でしか動かないヒラメ野郎を死ぬほど見てきた。特に俺の直属の上司な。仕事は部下に押し付け、自分は上司のご機嫌取りでカラオケやゴルフ三昧。案の定、プロジェクトが頓挫すれば、俺の責任ってことにして逃げやがって、俺は異動になった。


 あんな野郎のようにはなりたくない。俺は命の借りを返す。義理に応えるわ。


 それにこの人買いだって、別に怖くはない。社畜時代、クレーマー対応でこの手の連中とやりあった経験もあるしな。相手はプロだ。相手の設定した「譲れないライン」さえ見誤らなければ、大事にはならない。むしろ怖いのはど素人だ。


「現金ならいいんだな。じゃあ俺がカジノでなんとか現金に換金してくる」


 例のシニアマネジャーには優遇されているし、頼み込めばなんとか話は着くだろ。なんとなればカジノとリゾートの金儲けに協力するって話にすればいいんだし。


「十万コインが買える額に、あと五万分、足してやるよ。素人から相場の一・五倍、巻き上げるんだ、『社長』さん。そっちのメンツはしっかり立つ」

「ほう」


 面白そうに、瞳が笑っている。


「頭が回りますな。さすがはすごろく完全制覇者だけある。感服しました。……たしかにそうしていただければ、当方のメンツも立つ。リゾートの有名人、モーブさんに土を着けた男として、名も上がる」

「なら――」

「一時間前だったら良かったんですがね、その話」


 溜息をついた。


「……どういうことだ」

「こいつの売り先が、その間に決まりましてな」

「キャンセルすればいいわよね。都合がつかなくなったとか言って」


 マルグレーテが「社長」を睨みつける。


「金で動く相手じゃない。親分さんですから」


 首を振った。


「今さらキャンセルとなると、こちらも詰められる始末で。こちらの事務所にも、お目付け役がひとり居ますので」

「あんた役人の汚えケツ舐めるクソ役員かよ」


 思わず声が出た。


「またしても俺達社畜の上前跳ねて、いいカッコするのか。おまけにクソ使えねえ天下りまで押し付けてきやがってよ。少しは現場の苦労に目をやれっての。現場を生かしてこその役員じゃねえか。このヒラメ野郎っ!」

「ほう……」


 目を丸めて見せた。


「モーブさんが何を仰っているのか、よくわかりませんが」


 苦笑している。


「たしかに融通が利かなすぎると言われると、少々胸が痛みますな。本来我々は、社会が円滑に回るように、裏の融通を利かせて回る、ご用聞きですし」

「ならなんか考えろ」


 強く出た俺の態度に、俺の手を取るマルグレーテがはらはらしているのがわかった。ランは黙ったまま、俺の隣のレミリアの手を握っている。


「そうですねえ……」


 俺に睨まれ罵られても、平静な雰囲気が全く崩れない。こいつ大した野郎だわ。


「売り先の親分は、金では動かない。そもそも金貨など、埋めるほど持ってらっしゃるし。とはいえ……探しているものはある。それをモーブさん、あなたが手に入れて差し出すなら、話は別。その女の解放は、私が保証しましょう」


「社長」は微笑んだ。




●レミリア解放の条件として、モーブの実力を見て取った「社長」は、高難易度のクエストを提案してきた。それを飲んだモーブの前に、謎の首飾りが置かれた……。

次話「迷いの森の古代祈祷処」、明日公開!

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