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7-4 売られた娘

 ジャニスという娘は、すぐに見つかった。山側の街道沿いにリゾートの搬入口がある。その隅、かろうじて海の端っこが見える場所でひとり、段差に腰を下ろしていた。お茶のカップを手に、もちろんビーチカフェの制服姿だ。


 そこに座ると短いスカートの奥が見えてしまうので、搬入口に出入りする男達が、ちらちら視線を飛ばしてくる。


 働く男をこうして癒やしてくれるとか、天使のような娘だ。俺の前世底辺社畜時代にも居てほしかったわ。冷房をケチった汗だく真夏残業のとき、目の前の会議テーブルに座っていてくれるだけでいいんだがなー……。


「ジャニスさんでしょ」

「ええ……って、モーブ様じゃない」


 ぴょんと段差から降りると、制服で手をごしごしこすった。


「握手して下さい。……よろしいでしょうか、お嬢様方」

「いいよー」

「よくてよ」


 マルグレーテが営業スマイルを向けた。


「どうせもう、胸にサインしまくったし。あれに比べたら……」

「はい?」

「いえいえ、こちらの話でしてよ。……ほらモーブ」


 促され、俺は握手してやった。


「ちょっと教えてほしいんだ。大賢者ゼナス、カフェの娘と旅行に出たみたいだけど、行き先ってわかる」

「ええ……」


 またぴょんっと段差に飛び上がり、腰を下ろした。


「モーブ様もお嬢様方も、あたしみたいに座ったほうがいいですよ。ここ荷運び馬車が次々出入りする。みんな血走ってて周囲をあんまり見てないから、結構危ないんだ」

「そうね。すごく埃っぽいし」


 俺達は一列に座った。電線に留まる、冬のすずめのように。


 たしかにここは殺気立っている。早朝の築地並というかな。プロが出入りするあそこの場内なんかも、ターレーとかいうフォークリフトみたいな奴に轢かれたら、轢かれた方が悪い――くらいの空気だからな。


 大きな馬車が次々出入りしている。中身は当然、食材や酒だろう。空馬車も来る。廃棄物やタオルなどのリネン類を、リゾートから積み出すらしい。ジャニスが言うには、生活魔法で洗濯したりゴミからエネルギーを取り出す業者が、ポルト・プレイザー東側の産業地帯にあるという。


「ゼーさんは、山に行ったわよ。ポルト・プレイザー近在に、昔の火山があってね。山裾がやたらと広くて、入ると戻れない危険な森があったりするんだ。でも麓は安全で、温泉が湧いてるの」


 あたしも行くはずだったんだけど、どうしても家族の面倒を見ないとならなくて……と、付け加える。


「病気の家族がいてね。あたしが稼がないと……」

「これ、使ってくれよ。病院とか魔法治療に使えるだろ」


 リゾートウエアのポケットから、一枚のコインを取り出した。昨日のすごろく攻略後、なにかあったらとカジノから何枚か持ち帰った奴だ。それを握らせてやる。


「やだこれ。カジノの最高額コインじゃない。……これ一枚買うのに、普通の人の年収分くらい必要だよ」

「カジノコインは換金できないけどさ、カジノに来る金持ちに一割引きで売ればいい。一枚くらいなら、問題にはされないだろ。……もしなにかあったら、俺からもらったって、あのシニアマネジャーに言ってくれ。万一のときは口添えする」

「いいの、こんなに高いもの……」


 手の上で輝く金のコインを見つめている。


「いいよ。昨日俺はもう目的を果たした。あとは別に全部無くなってもいいんだ。なっ」

「ええモーブ。わたくしにあのカラーをくれたものね。それだけで充分」

「そうだよねー。みんなが幸せになったほうがいいもの」

「ありがと……」


 ぎゅっと、コインを握り締めた。


「ゼーさんより、モーブ様と旅行に出たくなってきた」


 俺を見上げる。


「こんなにかわいいお嬢様をふたりもお連れになるだけあるわね。男としてのスケールが違うわ」


 それから、ランとマルグレーテに視線を置いた。


「一瞬だけ、目をつぶって頂いてもいいかしら。あたしがモーブ様に抱き着く間だけ……」

「いいよー」

「わたくしは知りません」


 言いながらも、マルグレーテはそっぽを向いた。


「ほんのちょっとだけ見える海も、いいものねえ……」

「……」


 ぴょんと飛び降りたジャニスが、俺の手を引いて降りさせた。そのまま、ぱっと抱き着いてくる。


「モーブ様……」


 小声で囁くと、首に腕を回してきて唇を……。


 なんだ抱き着くだけって話だったのに。本当に一瞬だったけど、ちゃんと唇を開いて、俺を待ってくれたし。


 唇を離すと、耳に口を着けてきた。


「リゾート女子寮の二〇三号室よ。いつでも来てね。現地妻になってあげるから。……ふたりには内緒よ」


 それだけ呟くと、ぱっと離れる。


「も、もういいぞ。ふたりとも」


 あ、後でゆっくり検討しよう。いや考えないほうがいいか。……いや、やっぱり考える。


「もういいのー」

「ここ、埃っぽいわねえ……」


 ふたりが腰の埃を払っていると、真っ黒の馬車が走り込んできた。


「あの黒いのは……」


 窓のない、頑丈そうな馬車だ。そう大きいものではないが、馬や御者まで黒づくめで、なかなかいかつい。


「ああ、あれ……」


 ジャニスは眉を寄せた。


「カジノって、きれい事じゃ済まないからね。お嬢様方は見ない方がいいわよ」

「どういうこと、ジャニスさん」

「あれは人買いよ、ラン様。カジノで借金を作って返せないと……」


 ああ。そういう……。


「専門業者がいるの。身柄と借金をカジノから買い取って、客の実家に借金返済を迫るのよ」

「返せないとどうなるのかしら」


 マルグレーテの瞳も陰っている。なんせついこの間まで実家が火の車だったからな、同情したんだろう。


「返せないとか、そもそも実家が細いとかだと、まあ売られて終わりね。……その人を使い潰す気なら、男でも女でも、それなりに売る先はあるから」

「そっか」


 まあ、そのへんは現実世界と同じだな。現実では法律の縛りがあるからあまり無茶はできないだろうが、この世界はそこまで法治されてないからな。年齢に関わらず飲酒だって結婚だって別に自由だし、そもそも辺境は魔王の脅威に晒されてるわけで。


「ほら」


 ジャニスが視線で示した。


 たしかに。通用口と思われる扉から、ごっつい男数人と、腕を掴まれた女の子が出てきた。小柄の。緑のリゾートウエアを着ている。


「男じゃないんか」

「かわいそうに。まだ若いのに売られちゃうわ、きっと」


 ジャニスが溜息をついた。


「ちょっと。痛いじゃない。放してよ」


 暴れている。


「てこずらせるな」

「モーブ、あれ!」


 マルグレーテが叫んだ。


「わかってる。ふたりはジャニスとここにいろ。口を挟むな」


 確認してから、俺は大声を出した。


「ちょっと、あんたら」


 連中が俺を見る。


「あっ!」


 拘束された女が叫んだ。女……というかまだ子供同然だけどな。十四歳の。


「さっき言ったでしょ。あたしにはちゃんとリーダーがいるって。放してよっ」


 腕を振りほどくと、駆けてきた。跳ぶようにして、俺に抱き着く。俺の胸を強く抱いたまま、大声を上げる。


「こ、この人はね、あたしのパーティーのリーダー。世界一強くて、あんたたちなんか瞬殺だからねっ」

「レミリア、お前なにしてんの」


 荒野で俺が拾った、エルフのレミリアだ。食い意地が張っていて、ここポルト・プレイザーで青春を謳歌すると宣言して、俺の馬車を飛び降りた。


「なにって……」


 俺の目を見つめる瞳が潤んだと思ったら、涙がぽろぽろこぼれてきた。


「うえーん……。モーブぅ、怖かったよう……」




●人買いに買われたレミリアを救うため、事務所へと赴いたモーブ。人買いを束ねているのは、掴みどころのない「社長」だった。レミリア解放を迫るモーブに、「社長」はとんでもない条件を提示する……。


次話「人買い事務所」、明日公開。

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