7-3 終身利用権
「さて、じいさん探索するか」
翌朝。俺達は例のカジノリゾートの入り口に立っていた。カフェの女の子を口説いて旅行に出たというが、そもそも誰といつまで留守にするのか、さっぱりだからな。
「先生もお年なのに、お盛んよねえ」
俺と手を繋いだまま、マルグレーテは呆れ顔だ。
「モーブも、あんなになっちゃうのかしら」
ちらと、俺を見上げる。
「わあモーブって、おじいさんになってもモテるんだね。私、嬉しいよ」
俺のもう片方の手を、ランはぶんぶん振り回した。
「ランちゃんってば、本当にいいお嫁さんねえ……」
溜息をついた。
「わたくし、殿方の気持ちについていけるかしら」
今日はカジノに挑戦するわけではない。ふたりも俺も着飾ってはおらず、気楽なリゾートウエア姿だ。
「さて、調査開始だ」
「これはこれはモーブ様っ!」
中に入った途端に、リゾートスタッフが何人も駆け寄ってきた。
「本日もお遊びになられますか」
「いえ今日は」
「今、発泡蜂蜜酒をお持ちします。ロビーのソファーにどうぞ」
「いえ、今日は――」
「おいおい、モーブがいるぞっ!」
誰かの大声がした。見るとリゾートの客だ。
「マジだ。奇跡の男じゃん」
「例の美少女も一緒だぞ」
「ありがてえ……」
「モーブさん、握手して下さい」
たちまち、俺達は取り囲まれた。握手の手が何本も俺に差し出されたし、ランとマルグレーテは質問攻めだ。さすがに金持ちや貴族中心のリゾート客だけに礼儀は心得ており、無闇にランやマルグレーテに触ろうとする無礼な奴はいない。その意味では客筋いいな。居眠りじいさん、あれ多分このリゾートで一番筋悪い客じゃないか。
「モーブ様」
騒ぎを聞きつけて、例の渋いシニアマネジャーが寄ってきた。
「本日もご来臨を賜り、光栄至極に存じます」
どえらく丁寧だな。俺、ただのモブだぞ。
「こんにちは」
「今日はどのようなご予定で」
「ちょっとカフェに」
「そうですか」
マネジャーが部下に視線を飛ばすと、ベルボーイが俺達の周りを囲った。
「すみませんお客様方。モーブ様はこれからお遊びになられます。プライベートですので、ここまででご遠慮頂けますでしょうか」
「わかってるって、なあみんな」
「ああ。……モーブ、またなっ」
「今度一杯奢らせてくれ」
最後にひとり俺に握手を求めると、客は皆、自分の用事に戻った。引き際がわかってるところも、遊び慣れている感じだ。
「ここだけの話、昨日のモーブ様の大活躍で、当リゾート、過去一番の売上と利益がございまして」
シニアマネジャーは、満面の笑みだ。
「でもモーブが一億二千万コインも手に入れたのよ。大損でしょう」
「いえマルグレーテ様」
微笑んだ。
「あれはご存知の通り、『過剰利益』。当リゾートの貸借対照表上、資産としては計上されておりません。言ってみれば無いも同然の幻ですので、懐はちっとも痛みませんよ」
「あらそう」
困ったように微笑んだ。
「わたくし、経営の話はちょっと」
「むしろ、あれだけのコインを安全に保管するコストとリスクが減っただけ、当リゾートは大儲けです」
「……モーブ、わかる?」
「ぼんやりとは」
いや俺だって会計学はほとんど知らんが、それでも言ってる意味はわかる。宝くじの当選金は、支払いに備えて自社の利益や資産からは別途隔離しておくだろ。多分それと同じってことだろう。
「モーブ様、こちらを……」
ブラックスーツの内ポケットに手を入れると、黒いカードを取り出した。
「当リゾートの終身利用権でございます。どうぞ」
手渡された。
「モーブ様とお連れ六名様まででしたら、宿泊、飲食、全て無料です。カジノの賭けだけは有料ですが、モーブ様はまだ莫大なコインをお持ち。問題はないでしょう」
「わあ、なに食べてもいいの? なら私、山鳥の香草焼きがいいな。ふるさとの村の味だから」
「ラン様」
微笑みかける。
「メインダイニングにて、ご用意させますよ。ラン様スペシャルとして、メニューに
載せてもよろしいでしょうか」
「いいよー。みんなにも食べてもらいたいし」
ランはにこにこ顔だ。はあ、これ俺達のネームバリュー使って、まだまだ稼ぐ気だな。
「モーブ様、たまにはカジノにも顔を出して下さいね。いえバーやレストランだけでも結構です。今やモーブ様ご一行は、ここポルト・プレイザーの英雄にしてセレブリティー。モーブ様ご利用というだけで、当リゾートにお客様が押し寄せますので」
「はい。寄らせてもらいますよ」
俺は、心の中で苦笑いした。さすがやり手だわ。そりゃ終身利用権くらい出すよな。俺達が居るってだけで金が落ちてくるんだから。俺達三人の飯代とか、たかが知れてるし。
「それで、本日はどちらで遊ばれますか。まだ朝ですが、当リゾートのバーは二十四時間営業です。とっておきのビンテージ酒を開けさせますが……」
「いえ、ちょっとビーチカフェのスタッフに話を聞きたいだけです」
「そうですか。もちろん構いませんよ。お時間を頂き、ありがとうございました」
会釈をすると、すっと引く。見事な接客だわ。
「わあ、モーブさんだあ」
ビーチカフェに行くと、手の空いたスタッフの女の子達に、ここでも囲まれた。
「サインしてもらえるかしら」
「いいですよ」
ネギほども太いペンを渡された。
「色紙はどこですか」
「ここがいい」
リゾートウエアの胸を、ぐっと突き出す。
「えと……」
「左胸、ハートのあるところに書いて下さい。ていねいに。モーブ様の名前と、『愛してる』って」
「はあ……」
ちらとふたりを見た。ランはもちろんにこにこしてるし、マルグレーテは「仕方ないわねえ……」という表情だ。
「ならまあ……」
きゅっきゅっ。
「はあ……。うっ」
ペンの動きに、うっとりと瞳を閉じている。
「さすがはモーブさん……」
目を開けると、俺の手を握ってきた。瞳が潤んでいる。
「胸の先をくりくりっとされてあたし……イッちゃいそうになった」
「つ、次は私ね。両胸がいい」
「ずるい。あたしが先だもん。パンツのお尻にして。そこあたし、一番感じるし」
もう大騒ぎだ。それでもなんとか、サインしながら居眠りじいさんの旅行について聞き出した。なんでも、カフェの女の子三人を半月ほどの約束で連れ出したという。三人も一気に消えてシフトの調整が大変だと、店長が愚痴ってたって話だ。
「行き先は、ジャニスが知ってるよね」
「そうそう。あの娘、自分も行く気満々だったのに、どうしても都合がつかなくて泣いたって話だし」
「その娘、どこに居ますか」
「今、休憩中。いつも裏の搬入口でお茶飲んでるわよ」
「よし、行ってみよう」
「また来てねーっ」
店員と客というより、もうすっかり男友達扱いになってる。全員の体にサインしたからかな……。
●ジャニスを探しに出た搬入口で、モーブはジャニスや人買いと遭遇するが……。
次話「売られた娘」、明日公開!




