7-2 従属契約
「これが、『従属のカラー』」
寝台に置かれたアイテムを、マルグレーテは摘み上げた。直径十五センチほどのドーナツ状で、首に巻いて金具で留める仕組み。見た目も装着方法も、まさに首輪と言っていい。
「きれいだねー。真っ黒で」
マルグレーテもランも、裸のまま寝台に女の子座りをしている。俺も裸だが、あぐらだ。体が硬いしタマがある分、女の子座りは無理だしな。そもそも俺がそんなことしたら、自分でも気持ち悪い。
晩飯も風呂も終わり、いよいよ試しに装着してみようって話さ。ケットシーバニーの話だと、初回の設定と装着は、絶対他人の来ない場所でやれってことだったし。裸なのはもちろん、血が飛び散るからだ。
「異世界の黒竜の革製なのよね」
表面を、マルグレーテは撫でてみている。
「凄くごつごつしているわ。革というより金属並の硬さ。……とてつもなく強い魔力を感じるわ」
「効果はなんだったっけ、モーブ」
「装備による特殊効果は、DEFパラメーターに集中している。物理ダメージ八十パーセント削減。刃物による斬撃無効。それに二回攻撃。あとは、『契約主』との、魂の意思疎通だ」
「契約主って、モーブでしょ」
「カプセルに俺の血を収めるから、そういうことになるな。……裏はどうなってる」
「そうねモーブ……」
拡げて覗き、マルグレーテは裏側を撫でた。
「裏は滑らか。天鵞絨のような手触りだけれどこれ、毛皮ね」
「多分その黒竜とやらの和毛とかだろ」
「光を吸い込むような闇の色だし、そうかも」
マルグレーテは俺をじっと見つめた。
「これならわたくし、ずっと装備していても痛みや違和感はないと思うわ」
「良かったな」
「これがルーン文字だね。魔法の教科書で見たことがある文字だもん」
周囲に施されたミスリルの彫金を、ランが覗き込んだ。
「ミスリルは普通鈍い銀色なのにこれ、黒いわね」
「なんらかの金属加工が施されてるんだろ」
現実世界だとメッキとか焼付塗装とか、いろいろあるからな。このゲーム世界にはメッキ技術は無さそうだから多分、魔法による処理だと思うわ。
「カプセルを外せ。俺の血を入れよう」
「そうね」
カプセルは首の前側、猫の首輪ならちょうど鈴を提げるところに装着されている。きらきら輝く透明なカプセルだから、宝石のペンダントトップのような感じさ。
「外れた。……ああ、こうしてカプセルを開けるのね。凝った仕掛けだわ」
長さ三センチ、直径一センチほどのカプセルを、マルグレーテは中央で割ってみせた。
「これなら装備中に割れるとか外れて落ちるとか、絶対にないね」
「ええランちゃん、わたくしもそう思う」
「俺の血を入れよう」
「うん」
汚れないよう、寝台の上に白いタオルを拡げた。「冥王の剣」を鞘から抜く。俺達の手持ちの刃物で、おそらくこれが一番切れ味がいいからな。その分、痛みは少ないだろ。指の先をちょっと突つくだけとはいえ、痛いのは嫌だわ。
「いい、モーブ。わたくしがカプセルで受けるから、そこに血を垂らしてね」
「わかってる」
左の人差し指を、剣の刃筋に着けた。
「ラン、回復魔法頼む」
「わかってる」
ランが手をかざしてきた。
「痛覚遮断魔法を最初に指に射つからね。ちっとも痛くないはずだよ。終わったら、すぐ回復魔法を撃つし」
その手があったか。忘れてたわ。
短い呪文をランが呟くと、白い魔法が俺の左手を包んだ。
「いいよ、モーブ」
「よし」
剣の上をすっと滑らせると、人差し指に血の玉が浮かんだ。ランのおかげで無痛だ。
「受けろ、マルグレーテ」
「うん」
剣を置き絞り出すようにすると数滴、血が垂れてカプセルにかかる。
「もう少しよモーブ、頑張って」
「ああ」
指の傷を、ぐっと押し広げる。
「そうそう……あっ、もういいわ。溢れた」
寝台に拡げた白いタオルに、ぽつぽつと赤い点が広がった。
「よし」
ランが回復魔法を撃ってくれて、あっという間に傷が塞がった。カプセルを組み立てたマルグレーテが、本体に取り付ける。
「赤いね。それに血なのに透き通ってる」
カプセル自体は透明だ。中の俺の血が透けている。たしかに、血というよりいちごシロップのような感じの色。おそらくこれも、この首輪に込められた、なんらかの魔法効果だろう。元の血の色と随分違うし。
ランがカプセルに触れた。
「温かい……」
「モーブの生命力が封じられているもの」
愛おしげに、マルグレーテがカプセルを撫でた。
「あとはこれを、わたくしが首に巻けばいいのよね」
「ああ。それで俺とマルグレーテの関係を認識して、このカラーはマルグレーテ専用装備になるんだと」
「装備してみるわ」
「複雑そうな金具だよ。私が留めてあげようか」
「平気よ、ランちゃん。なんでも、装着者の意図を感知すると自動でロックされたり外れたりするらしいし」
マルグレーテが腕を上げると、形のいい胸もきゅっと持ち上がった。
「こうよね……」
首に巻く。マルグレーテ、肌が白いから黒いカラーが良く似合っている。赤いカプセルがアクセントになって、宝石のように輝いているし。線の細いマルグレーテが身に着けると、なんだか被虐的……というかSMの小道具のようにすら見えてくる。
「後ろの金具を……こうして合わせて。念じて……」
瞳を閉じた。
「モーブを契約主として、わたくしはこの『従属のカラー』を受け入れます」
呟く。
「あっ!」
目を見開いた。
「熱いっ。か、体がっ!」
「大丈夫か? ――ラン」
「うん。今外してあげる」
「平気」
ランの腕から逃れるように動く。
「このカラーに害意はない。わたくし感じるもの。あっ!」
寝台に倒れ込むと、体をよじった。
「いや……いやあっ」
汗が噴き出てきた。
「人呼ぶか、助けてやろうか」
「抱いて……。抱き締めて」
「よし」
ぐっと抱き上げる。抱え込むようにして。
「マルグレーテ、お前、体が熱いぞ」
「ああ……ああっ」
「マルグレーテちゃん、私がついてるよっ!」
ランがマルグレーテの背中をさすっている。
「見てモーブ。胸が……」
「ああ」
ランに言われるまでもない。マルグレーテの胸の先が、いちごのように赤く染まっている。普段は薄い白桃色で、ほとんど色着いていないのに。
「瞳も」
瞳の奥に、赤い輝きが宿っている。ちょうど、カプセルに収められた俺の血のような。
「お願いモーブ……」
はあはあと荒い息で、マルグレーテが口を着けてきた。俺の唇と舌を欲しがる。
「胸が……むず痒い」
「これ、催淫効果でもあるのか」
「さいいんって、なあに」
マルグレーテの頭を膝の上に乗せ、ランは髪を撫でている。
だがまあ、そんな効果があるなら、説明してくれるはずだ。そもそも装備する度にこうなるなら、戦闘なんかに使えやしない。だからそれはあり得ない。
「なら契約時に発生する、一時的な奴かな」
「最初は人の居ないところでって言われたよ、モーブ」
「そう言えば……」
こういうことか。契約に伴い、俺とマルグレーテの繋がりが強化されるってことなのか。
「モーブ、苦しいわ……」
マルグレーテが俺の腕を掴んだ。弱々しく。ぎゅっと強く抱いてやる。
「俺がついてる」
「え、ええ……」
「背中を撫でてあげる」
ランが背中を撫で始めた。
「頑張って、マルグレーテちゃん」
「ラン……ちゃん」
苦しそうな呼吸だ。
赤く輝く瞳に、涙の粒が浮かんでいた。落ち着かせるようにキスを繰り返すと、マルグレーテの呼吸が少し整ってきた。
「もう少しだ、マルグレーテ」
「はあ……はあ」
胸も撫でてやる。先を少し強めにこすり合わせるように。……むず痒いって言ってたしな。荒い息で、マルグレーテは俺のなすがままになっている。
●
「はあ……はあ……」
マルグレーテは、ぐったりと体を横たえている。すでに瞳の奥の輝きは消えた。胸の先の充血も。見た感じ、まるでいつもの情事の後に思える。
汗がつっと胸を伝い、胸の先から俺の胸に落ちた。
「平気か」
「ええ……」
荒い息のまま、俺の肩に頬をすりつける。
「わたくし……モーブと繋がった。深い……魂のどこかが」
「契約が終わったんだよ、マルグレーテちゃん」
「ランちゃん、わたくし乱れたでしょ。……醜くなかった?」
「ううん。そんなことない」
「そう……。ありがとう」
涙がぽつりと流れた。
「ごめんねランちゃん。わたくしだけ、モーブと……」
「いいんだよマルグレーテちゃん。そのカラーがマルグレーテちゃんのものってだけだし。その契約のためだもん。私もマルグレーテちゃんも、モーブのお嫁さんだよ。どっちがどうとか、そういうのは違うよ」
「優しいのね、ランちゃん」
マルグレーテが体を起こすと、赤い髪がざっと流れた。背中にも髪が汗で張り付いている。
「わたくし、あなたと親友になれてよかったわ」
ランに抱き着いた。
「最高のお友達」
「うわー、マルグレーテちゃんの体、熱いねー」
抱き合ったまま、ランがマルグレーテの背中を撫でている。ランの肩に唇を着けて、マルグレーテはうっとりとそれを受けている。ランの背中に腕を回し、抱くようにしてときどき、肩にキスして。マルグレーテの頭を優しく導くと、ランが胸に抱いた。ふたつの胸に包まれたマルグレーテは、瞳を閉じてランの胸に口づけをしている。ちゅっちゅっと周辺で唇を動かしていたが、やがて探るように首を振ると、胸の先を口に含んだ。甘える子供のように。
「もう一度風呂に入ったほうが良さそうだな。マルグレーテは汗まみれだし」
「そうだね、モーブ」
胸を吸うマルグレーテの頭を、ランは撫で続けている。
「マルグレーテちゃん、どう?」
「わたくしも……」
胸の先から唇を離すと、ランの胸に頬をすりすりして。
「わたくしも、そうしたい。……お風呂で、モーブに優しくしてもらいたいわ。湯船の中で、後ろから体を抱いていてくれるだけでいいの。それだけでわたくし、きっと安らぐから……」
「ほら、しっかりしろ」
胴を抱いてやると、抱え起こした。マルグレーテは、俺に体を預け切っている。
「もう契約は終わった。マルグレーテ、装備を外せるか」
「大丈夫と思う。……感じるもの」
首の後ろに手を回すと、あっさりとカラーが外れた。
「カラーも、汗でぐっしょり。……これ、洗ってもいいのかしら」
困ったように、俺に微笑みかけてきた。ようやく調子が戻ってきたみたいだな。これならもう大丈夫だろう。
「洗っちゃおう。革防具のように生活魔法で汚れを取ってもいいんだろうけど、これ小さいし、そこまでやらんでもいいだろ。洗って万一縮んだら、クレーム入れて新品に替えてもらおうや。クーリングオフだ」
「やあだモーブったら、また冗談」
楽しそうに、マルグレーテは微笑んだ。
●居眠りじいさんこと大賢者ゼニスの行方を知るためカジノリゾートを再訪したモーブは、居並ぶスタッフやゲストから大歓迎を受け、もみくちゃにされる。そんな中、例のシニアマネジャーは、一枚のブラックカードをモーブに手渡した……。
次話「終身利用権」




