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7-1 凱旋

「お帰りなさいませっ」


 俺達が地下のすごろくフロアに逆転送されて戻ると、割れんばかりの拍手で迎えられた。すごろくフロアは、もう全員立ち見で押すな押すなの大盛況。俺達がスタートしたときは金持ちが数人ほど優雅に寛いでいるだけの、特別なラウンジのような雰囲気だった。それが今や、ワールドカップのときのスポーツバー並だからな。


 なんか魔導マイクを持った司会者バニーに、賑やかしの芸人みたいな奴までいるし。


「歴代一位を更新してのすごろくクリア、見事でした」

「おめでとうございまーすっ」


 謎芸人が、扇子を振り回して盛り上げる。


「今の気分は」


 バニーにマイクを突き付けられた。


「……」


 なんて言えばいいんだ。


「最高です、よ。モーブ」


 耳元で、マルグレーテが囁く。


「さ、最高です……」

「おおーっ!」


 どよめきが広がった。


「一時かなり追い詰められましたよね。倒れた仲間を抱いて、涙を流していました……」


 司会者バニーは、そこで言葉を切った。ナーガロード戦のことだな。正直、あんなぼろぼろになったランの姿は、思い出すだけでも辛い。俺が守ってやるべき嫁なのに……。


「あの瞬間、オーディエンス・ファンディングが大量に飛び交ったの、ご存知ないと思います。おそらく、このカジノ史上最高ですよ。ここすごろくフロアだけでなく、上階、それに一階ロビーやビーチバーまで魔導ディスプレイが置かれていましたからね」

「それにリゾート前にパブリックビューイングが設けられ、無料開放されました。リゾート中が、あなたたちを応援していましたっ」


 太った芸人が付け加える。


「みんな賭け事なんか忘れ、カジノで賭けるはずのコインを、全部あなたたちに寄付しましたから」

「もう、このカジノは大損ですよ。いきなり売上ゼロですから」


 芸人の愚痴ボケに、観客が大笑いしている。


「あのとき、どんなことを考えましたか」


 またマイクを突き付けられた。


 いやどんな気持ちって、そりゃ絶望の一択。すごろく失敗なんか別にいいけど、倒れたランを見るのは辛かった。あれ現実だったら瀕死ってことだからな。


「ど、どんなことって……」


 数百人はいるだろう。金持ちそうなおっさんに、連れの美女。それになんとか金とコネをかき集めたと思われる、どう見ても庶民といった風体の老若男女まで。


「モーブ……」


 またマルグレーテが耳に口を当ててきた。


「みんなの応援に応えないとと、決意を新たにしました」ひそひそ。

「み、みんなの応援に応えないとと、決意を新たにしました」

「うおーっ!」


 全員、大喜びだわ。俺もう、マルグレーテをスピーチライターにしたほうがいいな。さすが社交上手の貴族というか、ドブを這いずり回ってた底辺社畜の俺より、ずっと向いてるわ。


「そこからの大逆転は見事でした」

「もうどれひとつとしてマイナスのマスを踏めない絶望的状況からの宝箱引き。しかも奇跡のような宝を引き出したんですからね」


 たしかに。改めて感じたわ。あの宝、特に「さいの目選択権」を得たのが奇跡だわ。


 あの後俺達は、もうひとつの宝箱を開けて持ち点百の再追加とコイン一万獲得を得た。特にコインを使うこともなくあっさり開いたんで拍子抜けしたよ。あのコインをなんに使うのか、今でも謎のままだわ。


 続いてアイテムショップでポーション類や毒消しなどを補充し、何周も周回して体力回復を待ち、満を持して戦闘マスを選んだ。


 そこでは、強力な中ボスが三体も出た。装備効果とかポーション類が戻ってなかったら、確実にゲームオーバーだったはず。だがこちらも事前に準備していた。マルグレーテがMPを気にせず強力な魔法を連発したからな。枯渇したらすぐMPポーションで回復して。


 ここはともかく敵が強かったから持ち点も大量に失ったが、大混戦の末、持ち点ゼロになる寸前で最後のボスを倒し、コインを得た。歴代一位を再奪取するだけのコインを。


 あとはもう、ゴールマスを踏んだだけ。なんだかんだ、かなり疲労が溜まっていたからな。歴代一位という目的は達した。小銭稼ぎなんか不要だ。疲れて凡ミスする前に、ゴールしたかったんだ。


「ありがとうございます。皆さんの応援のおかげです」


 マルグレーテには頼らず、最後は自分の言葉で締めた。これはマジ、そう思ってるからさ。オーディエンス・ファンディングのコインも助かったが、あそこがちゃりんちゃりん増えてることで、観客の応援を感じたから。それはどえらく励みになったわ。心折れそうなシーンが何度もあっただけに。


「おめでとうございます」


 畳並に大きな目録を持ったマネジャーが現れた。最初に俺にゴールドカードをくれた彼だ。目録には「コイン562万3332枚+1億2084万3998枚」と、でかでかと書かれている。


 前半は俺達が獲得したコイン。後半は、歴代一位を更新して獲得した、カジノの「過剰利益」。つまり俺達は、一億二千五百万枚ほどのコインを得たことになる。これなら交換一億枚、不出の賞品「従属のカラー」をゲットできる。


「はい、こっち向いて下さーいっ」


 大きなカメラらしきものを抱えたスタッフが、目録を手渡された俺達と、満面の笑みのマネジャーを撮影した。あれ、王国に数台しかないとかいう、魔導カメラだろ。こんなところにあったんか……。


「おめでとうございます。お客様は、絶対なにかを成し遂げる方だと思っておりました」


 マネジャーが俺に握手を求めてくる。それがまた撮影された。


「五百六十二万コインか……」


 多面モニターに表示されているスコアボードを、俺は見上げた。


――獲得コイン 5039981――

――オーディエンス・ファンディング 00583351――

――持ち点 18――


 我ながら、よくやったわ、俺。最終戦の敵が強かったから、持ち点こそごっそり減ったが、それでもかろうじて残ったからな。


すごろくフィールド「コイン獲得」記録

一位 562万3332コイン モーブ様パーティー

二位 390万5824コイン リオール・ソールキン様パーティー

三位  11万0233コイン ハンゾウ・ミフネ様パーティー


 こちらも書き換わっている。


 オレンジ色の魔光が示す、過剰利益表示はこうだ。


――23――


 俺達が過剰利益を全て受け取ったから、ゼロに戻ったんだな。二十三という小銭が表示されているのは、俺達のゴール後、いち早くギャンブルに戻ったマニアがカジノに貢いだ過剰利益分だろう。


「さあ、さっそくコインを交換して下さい」


 バニーが手で示すと、俺達の場所から、交換カウンターまでの道が、スポットライトで照らされた。脇はロープで仕切られ、カジノのスタッフが、興奮して身を乗り出す客を、そっと押し返している。


「もちろん、ご希望はあれですよね」


 バニーの言葉と共に、カウンター裏、一段高いところに掲げられた「従属のカラー」ディスプレイが、ライトアップされた。


「ええ」

「うおーっ!」


 もう大騒ぎだ。脇から手を出してくる観客と適当に握手しながら、交換カウンターまで進む。俺もランもマルグレーテも、選手権に挑むときのプロレスラー並の扱いだ。


「お客様」


 交換カウンターの獣人バニーが、微笑みかけてきた。


「ご希望の賞品はどちらですか」


 この娘は、新大陸に棲むケットシー。特別な獣人だと、居眠りじいさんは言っていた。たしかに凄い美人。本来は巫女の一族というだけあり、きれいなだけでなく、神々しさがある。


「その前に訊きたいんだけどさ。俺達と一緒に挑んだじいさんがいたでしょう」

「ええ、よくウチのビーチサイドカフェにいらっしゃるお客様」

「あの人、どこですか」


 さっきから気になっていた。「三つのパニッシュメント」罠で強制離脱させられて、俺達を外から見守っていると言い残したのに、どこにもいない。ゴールしたら最初に跳びついてきそうなものなのに。……いやハゲヒゲのじじいに跳びつかれても、気持ち悪いだけだけどさ。


「ああ……」


 なぜか、ケットシーは困ったような表情を浮かべた。


「あの御方は……ご用事で出掛けたようです」

「用事? 急用か」

「リーナさんが見つかったのかもよ、モーブ」


 ランが俺の手を取った。たしかにそれは考えられる。


「それほど急いで消えたということは、リーナさんの身に危険が迫ったのではないかしら」


 マルグレーテは心配顔だ。


「いえ、その点はご心配無用かと……」


 バニーは笑顔を取り戻した。


「カフェの女の子と、旅行に出るとか」

「はあ?」


 わけわからん。


「お戻りになってから、たいへんおモテになっておられまして」


 言いにくそうに口にする。


「はあ……」


 まあそりゃ、とてつもない魔法力を見せつけてたわけだしな。ただのじじいじゃないとは、知れ渡っただろうよ。だからって、俺達ほっといてなあ……。


「伝言をうけたまわっております」

「……」

「モーブ、わしは旅に出る。なに、すぐに帰るから案ずるな。どうせリーナはここに戻るのだ。わしらが居なくとも、大人しく待っておるわい。ほっほっ」

「……」

「――ということでした」


 じじい、なにやってんだよ。


「わたくしたちが、死ぬような思いをして戦っていたというのに」


 マルグレーテは呆れ顔だ。


「先生、女の子と仲良くなれたんだね。良かったあ」


 ランは無邪気に喜んでいるが。


 俺は頭が痛くなってきた。もうじいさんは後回しだ。とりあえず居ないのはわかった。今晩ゆっくり考えればいいや。


「では交換をお願いします」

「なんなりと」

「このコインで」


 司会バニーに渡された、象徴としてのコインだ。


「はい」


 受け取る瞬間、俺と指が触れ合った。


「あっ!」


 驚いたように手を引っ込める。


「ごめん……。触っちゃったな」

「いえ……」


 俺と触れた指を手で撫でながら、信じられないといった顔になる。


 なんだよ巫女だかなんだか知らないが、男と指が触れただけで大騒ぎとか。いやそれでもいいんだけど、なんでカジノなんかで働いてるのよ。


「いえ……」


 まじまじと、俺の顔を見つめてきた。


「モーブ……様ですよね、お名前」

「ああそうだよ」

「で……では、希望賞品をお教え下さい」


 気を取り直したようだ。ようやく笑顔になる。


「従属のカラー。残りのコインを何に替えるかは、明日にでも考えます」

うけたまわりました」


 ケットシーが指で合図すると、先程の司会バニーが大声を上げた。


「決まりです。やはり『従属のカラー』。このカジノ創立初期に賞品として掲げられながら誰も入手できなかった品が今、モーブ様の手に移りますっ!」


 ここぞとばかり煽った。観客の大騒ぎが頂点に達する。いつの間に用意されていたのか、吹奏楽バンドが、にぎやかなファンファーレを演奏し始めた。




●すごろくを完全制覇したモーブとラン、マルグレーテは、リゾートの寝室で体を休める。「従属のカラー」を前にして……。


次話「従属契約」、明日公開。

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