6-9 魂の繋がり
同じような空間に転移させられると、やはり遠くにランの姿が見えた。俺とマルグレーテを見て、目を見開いている。
「モーブ……。また偽物?」
「俺は本物だ」
「わたくしもそうよ。モーブが助けに来てくれたのよ。わたくしのところにも偽物が湧いた。でもここにいるのは、本物よ。わたくしとランちゃんのご主人様よ」
「もう騙されないからねっ」
後ろを向くと、脱兎のごとく逃げ出した。
「待てっ!」
大声で叫んだ。
「もう五分しかない。鬼ごっこなんてしてたら、すごろく失敗だっ!」
俺の叫びに、ランの足が止まった。つと、振り返る。
「……これまでの偽物と、なんかが違う」
一歩、二歩、三歩ほど、寄ってきた。
「ああ……わかる。モーブだ。私の魂に、なにかが響いてくるもの」
ランの体から、火の粉のようなものが舞い上がり始めた。
「モーブ……あれ」
「ああマルグレーテ。『羽持ち』の羽だ……」
だがそれは、羽の形にはならなかった。熾火のようにぱちぱちと弾けるだけで、明確な形を取ることはなかった。
理由はわからない。おそらく、俺の命の危機ではないためだろう。あるいは以前推測したように「羽持ち」の力は一回限りで、ランはもう枯渇しているのかもしれない。なにせノイマン家の地下ダンジョンで、時間を戻して俺を救うという大技を使ったわけだし。
「ああ……モーブだ! 本物だよね。私にはわかるもん。偽物じゃない。優しいモーブだって、わかるもんっ!」
駆け出した。ランが走ると、背後に火の粉が舞った。
「ランっ」
俺も駆け出した。
「モーブっ!」
犬のように跳びついてくる。
「本物だ。本物のモーブだ……」
俺の首筋に唇を当て、呟く。
「私わかったよ。モーブだって……」
「ラン」
「これまでモーブ三人も出てきた。でもすぐ偽物だって感じた。私、走って逃げたんだよ、すぐ」
「そうか。偉いぞ、ラン」
「でも今度はわかった。何かが……私の魂に響いて……」
愛おしそうに、俺の胸に頬を寄せる。
「私、きっと魂の奥底でモーブと繋がってるんだよ」
「そうだな」
「愛してるもん、モーブを」
唇が近づいてきた。
「好き……」
キスを与える。長い時間。
ランの唇が離れた。
「モーブ……」
澄んだ瞳で見つめてくる。
「私、モーブのためならなんでもできるよ」
「軽々しく口にするな」
髪をくしゃっとしてやった。
「本気だよ」
「本気でもなんでもさ」
もう一度強く抱いてやった。
「ほら、アイテム拾え。お前の『魂の絆』だ」
「うん」
「ランちゃん、良かったわね」
「マルグレーテちゃんも、モーブに助けられたの」
「ええそうよ。モーブがね、わたくしをこの暗い世界から救ってくれたのよ」
ランの頭越しに、タイマーを見た。
――残探索時間 0:01:03――
「ラン、頼む」
「わかってる、モーブ」
ランがアイテムを拾い上げた。
「……なんだろうこれ、銀貨のように見えるよ」
「わたくしのアイテムと似ているわね。……でも、少しだけ違う」
「考察は後だ。全員、アイテムをかざせ」
――残探索時間 0:00:21――
「クソ野郎っ! 俺達はクエストを達成したぞ。早く戻せっ!」
――残探索時間 0:00:17――
「なにも起こらない……。どうして」
マルグレーテが真っ青になっている。
「なにが悪かったんだろ」
自分のアイテムを、ランが裏表と確かめている。
――残探索時間 0:00:11――
「慌てるな。理由があるはずだ」
俺は考えた。アイテムの名前は何だった? 「奇跡の鍵」「愛の徴」「魂の絆」。「鍵」だろこれ。鍵ってのは、なにかを開けるためのものだ。
「アイテム出せ」
「うん」
ふたりの手の上で、銀色の円盤が輝いている。中央に、微かに陥没したところがある。ちょうど、俺の鍵の先の形と同じ。
――残探索時間 0:00:06――
「こうだっ!」
マルグレーテのアイテムの窪みに、鍵の先を当てた。わずかに、銀色の輝きが増す。
――残探索時間 0:00:05――
「よしっ!」
急いでランのアイテムの窪みにも。その瞬間、微かにカチリという手応えがあった。俺が持つ鍵を通じ。
「さあ満足したか、これでっ!」
俺は叫んだ。
「メンタル攻撃なんかじゃ、俺達はやられない。三人の繋がりは、誰にも突き崩せないからなっ!」
――「見事なり」――
どこからともなく声がした。その瞬間、頭がくらっとし……俺達は、元の「罠マス」に立っていた。
――「ロストの探索者、条件達成」――
例の声が告げた。無感情に。
「クリアしたぞっ!」
思わず喜びの声が出た。鍵を天に向け突き出す俺に、ランとマルグレーテが抱き着いてくる。……探索時間の残りは、わずか一秒だった。
●かろうじて「ロストの探索者」空間を脱出したモーブ。だがすごろく本線に戻ったモーブの持ち点は、わずか九十八。苦しむモーブとふたりの嫁の前に、ファイナルループゾーンが、その凶悪な素顔を明らかにする……。
次話「ファイナルループゾーン」




