6-6 「三つのパニッシュメント」発動
「大丈夫。なんとかなるよ、絶対」
サイコロで危険な「罠マス」を引いてしまった俺を、ランが慰めてくれた。
「そうよ。罠と言っても、内容はまだわからないわ。HPMPを五割削られるだけかもしれないでしょ。ここまでもあったわよ、そういうの」
マルグレーテも寄り添ってきた。
「うん……」
ふたりの体に、手を回す。
「宛らに、其は定め」
口の中で、じいさんが呟いた。古臭い言い回しだが、なにもかも運命だってことだろう、知らんが。
「罠マスはすぐ発動するぞっ」
俺はみんなに注意を促した。
「なにがあっても即応できるよう、心の準備をしておけ。それから――」
言い切る前に、俺達の体は、ぐっと前に持っていかれた。様々な色のマスを抜け、六マス先まで。
「ここか……」
連れ込まれたのは、真っ赤な光に包まれた部屋だった。眠らせない拷問部屋のように、やたらと眩しい。それこそサイコロのような、真四角の小部屋だ。
――「三つのパニッシュメント」――
声が響いた。重々しいしわがれ声。男の声だ。
――「これから三つの罰を与える」――
「三つ……」
マルグレーテが絶句する。ここまで、罠マスはひとつの効果しか押し付けてこなかった。「三つの罰」ってことは実質、罠マス同時に三つも踏み抜いたのと同じじゃん……。
くそっ! ここ、最悪の罠マスだろ。
――「一、挑戦者ひとり離脱」――
コロコロと、サイコロを振るような音が響き、部屋の明かりが明滅した。
――「離脱者抽選完了。強制帰還、カジノ時空へ」――
感情を全く感じられない、無慈悲な声だ。その声と同時に、大賢者ゼニスの体が、黒い雲で包まれた。
「うおっ!?」
ふわっと体が浮く。
「やだ、先生っ!」
ランが手を伸ばしたが、届く前にじいさんは高く持ち上げられた。
「モーブっ!」
こちらに手を伸ばし、じいさんが叫ぶ。
「時間がない。モーブ聞くのじゃ。自らの宿命を信じよ。この世界を変えるべく期待されている、お主の運命を。おのれの選択を悔やむでない。それがリーダーの務めじゃ。わしは……向こうで信じて待つぞい。お主がすごろくを制覇して凱旋してくるまで」
それから瞳を閉じ、なにか呟き始めた。
「先生っ」
マルグレーテも叫んでいる。
大賢者ゼニスの体が、黒い雲に包まれ、足の先から徐々に消えていく。腹、胸、そして顎まで雲が掛かった。
口まで包まれたとき、目がかっと見開かれた。
「大賢者祖霊の護りっ!」
口が消えているのに、鼓膜が破れんがばかりの大声だ。すでに肘まで消えたゼニスの指先から激しい稲光が生じると、俺とラン、マルグレーテを包む。その瞬間、じいさんの姿は完全に消え、雲も雲散霧消した。
「先生っ」
「先生っ」
「先生……」
返事はない。ただ、俺達三人の体を、プラチナにも似た、金がかった銀色の輝きが包んでいるだけだ。
「これは……」
手を目の前まで上げて、マルグレーテが目を見開いている。
「心が……落ち着く。なぜかしら……」
「多分『大賢者の護り』、あの上位バージョンだ」
「ああ、魔物がヘクトールに襲来したとき、モーブとランちゃんに先生が撃ってくれた魔法ね」
「そうだ。マルグレーテも見ただろ、馬小屋で」
「ええ。中ボス敵トロールのものすごい攻撃を無効化してたわよね」
「先生は、自分が排除されるとわかって、全部の力を使って魔法で護ってくれたんだよ、私達のことを」
「そうだな、ラン」
――「二、装備特殊効果、無効化」――
三つの罰って奴が、淡々と実行される。
「あっ!」
ランが叫んだ。
「体が熱いっ」
「俺もだ」
「わたくしも……」
痛みと言っていいほどの熱さだ。だがそれは、すぐに収まった。
「はあはあ……これなに」
屈むように膝に手を置き、マルグレーテは荒い呼吸を続けている。
「宣言通りだろう。装備品の付与効果が無効化されたんだ」
「じゃあ……」
顔だけ起こした。
「ランちゃんのHPMP無限回復も、モーブの敵HP吸収も、わたくしの祖霊の指輪効果も……」
「そういうことだ。もちろん、すごろくの間だけの話だろうが」
――「三、ロストの探索者」――
「くそっ。マジで三つも攻め立てて来やがって! 少しは遠慮しろよ」
……だが、宣言こそ聞こえたものの、なにも起こらない。そのまま一分も経っても。
「どうしたんだろう。……途中で飽きたのかな」
不思議そうに、ランが見回した。
「それはないだろ、ラン。そんな甘いすごろく魔神だかなんだかが、この凶悪サードループゾーンに居てたまるか」
「でも、部屋はもう普通になってるよ」
「……たしかに」
焼き殺されるかってほどに眩しかったのに、今はもう普通の赤い部屋だ。なんならカラフルで楽しげな、南国の家のような。マティスの絵のようにすら思える。
「すでに罠は全部発動された証拠よね、これ。……どうしたのかしら」
マルグレーテも、不思議顔だ。
「特に変わりはないようだわ。わたくしも、ランちゃんやモーブも。装備の特殊効果を失ったのは確かでしょうけれど、身体にはダメージもないし」
「いや……、とんでもないことが起こってる」
三つ目の罰の効果を今、俺は発見した。恐ろしい罰を。
「なにが? モーブ」
「スコアボードを見ろ」
これまでどおり、獲得スコアとおひねり、持ち点が表示されている。
「あっ!」
「嘘っ!」
そこにはこうあった。
――獲得コイン 0000000――
――オーディエンス・ファンディング 00403392――
――持ち点 98――
――残探索時間 0:28:19――
――探索物 奇跡の鍵/愛の徴/魂の絆――
――探索報酬 獲得コイン返還 3795547――
●居眠りじいさんと装備効果を全て失い、さらにはコイン全額を没収されたモーブ。しかしこの罠の恐ろしさは、まだ始まったばかりだった……。
次話「全額没収の、さらに先」




