6-5 分岐マス、俺の戦略
「よし。サイコロは十二だ」
アンデッド軍団を倒し、ついに九十年前から不動の、すごろく歴代一位をぶち抜いた。その勢いが継続しているのか、次に振ったサイコロは、ラッキーなことに上限の十二だった。次のループに進めるワープマスは、当たり前だが各ループゾーンの後半に多く配置されている。ここサードループゾーンはファーストループなどよりループ部分自体が短くなっているから、多い目を連続して出せばワープマスがぐんと近くなるのは、はっきりしている。
「進むぞっ」
いつもどおり、一マス一マス、飛ぶように抜けさせられる。だが俺達は十二は進まず、十一で停められてしまった。
「分岐マスだね」
ランが呟く。俺の手を握ってきたので、握り返してやった。
「ああ。戦闘マスとかじゃなくて、良かったよな。俺達はもう、コインはいらない。いかに持ち点を減らさずにゴールに近づけるか。それだけが勝負だからな」
分岐マスは、名前の通り、分かれ道だ。このマスだけは、強制停止。サイコロの目がいくつ余っていようが、そこで停めさせられる。
分岐マスから先は、ふた手に分かれ、ずっと先でまた合流する。片方のルートはショートカット気味に短いが、危険なマスが多い。もうひとつのルートは、だらだら長いが、比較的安全。――おおむね、このパターンが多い。もちろん必ずそうなっているわけではないが……。
「どちらのルートがいいかしら……」
マルグレーテも、俺の手を握ってきた。両手に花の俺の姿に、今頃またギャラリーが騒いでいるはず。ランとマルグレーテは、おそらくこのリゾートでツートップを張れる、とびきりの美少女だし。だが知るか。目の前の課題に集中しないと。
「左のほうは穏やかだね」
ランが見上げた。
「ああ、そうだな」
分岐マスには、選択できるふたつのルートそれぞれ、この先十マスまでの地図が表示される。ここまでの俺達も、分岐マスに停まったときは、この地図情報を頼りに道を選択してきた。
ランの言う通り左のルートは、比較的平穏。罠や戦闘マスが少なく、なにもないマスが多い。
「右は厳しそうね」
マルグレーテも呟く。
たしかに。右のルートには、なにもないマスは、ごくわずか。戦闘マスや「罠」マス、「床ダメージ」マス、それに「コインロスト」マスが多い。今となっては多少のコインロスなどどうでもいいが、ダメージマスはキツい。特に、内容の読めない戦闘マスは危険だ。
「普通なら左を選ぶでしょうね。でも……」
マルグレーテが俺を見上げてきた。
「『あれ』をどう判断するかだよな、マルグレーテ」
「ええ」
右ルートは十マス先に、ワープマスが見えている。つまり、仮にここで俺が十の目を出せたら、俺達はノーダメージのまま、ファイナルループゾーンへと進める。それは極めて魅力的だ。
「ここまでのモーブの戦略は、『分かれ道では持ち点重視でリスク回避優先』じゃったのう……」
じいさんは髭を撫でている。その通りだ。「多少遠回りでも、なるだけダメージマスが無い方向に進む」と、挑戦の最初に決めた。
持ち点が九十八しかない今なら、なおのこと、その戦略が正しい。
だが、今はワープマスが見えている。あそこに……、そう、あそこに辿り着けさえすれば、この凶悪なサードループゾーンを抜けられるのだ。その利点は、なによりもでかい。
「右のルートを選ぼうと思います」
「……うむ」
重々しく頷いた。
「考えてみたんだ」
俺は説明を始めた。
「左ルート同様、右ルートも十マス先までは見えている。十一と十二は考えないことにして、右ルート選択時の最良の結果は、ここで俺が十の目を出すこと。一気にファイナルループゾーンに跳べる」
手前のマスを、脳内で計算した。
「その手前、コインロストと、なにもない平穏マス、それにMPダメージマス、合計四マスは持ち点に悪影響がないから、停まっても問題ない。次のサイコロで、またワープマスを狙える」
「そうだね」
ランも、指で地図のマスを辿り、勘定している様子。
「次に、床ダメージマス二つ。これは持ち点にダメージを食らうから、避けたいところだ。とはいえ床ダメージはダメージ上限も知れているし、致命的ではない。ただ、避けたいマスだというだけで」
「問題は、残りね」
「そうだマルグレーテ。残り三マス。戦闘マスがふたつに、罠マスがひとつ。ここは持ち点へのダメージが全く読めないがまあ、ろくなマスではないだろう」
「罠マスでも持ち点ダメージゼロのこともあったものね」
「そうだな、ラン」
あれは確か「この先サイコロ十回にわたり、AGI半減」とかいう、地味に嫌な罠だった。持ち点へのダメージこそ無かったが、その後の戦闘で敵の攻撃を食らう分、結局持ち点ダメージそこそこでかかったし。
「サードループゾーンだもんね、ここ」
ランは溜息をついている。
「ランちゃんの言うとおりよ、モーブ」
マルグレーテは、じっと地図を見つめている。
「戦闘マスだって、今のアンデッド戦のような厳しい戦いがあれば、持ち点が二十から……下手すると五十くらい減りそうだし」
「俺もそう思うんだわ。それに罠マスもヤバい。ここまで罠はとにかく多種多様だったから、内容の見当すらつかない。ただ、サードループだけに凶悪罠なのは、ほぼ確定だろう」
「つまり、サイコロが危険マスを選ぶ確率は、三十パーセントということじゃな」
「ええ先生。たしかに大きな賭けにはなる」
俺は仲間を見回した。皆、俺の決断を待っている。
「でも三割のリスクだったら、今この状況であれば、ワープマスへの挑戦を優先するべきだと思うんです」
「うむ……」
大賢者ゼニスは、俺の魂を探るかのように、じっと瞳の中を覗き込んできた。
「リーダーの選択の重さ、肝に染みたじゃろう、モーブよ」
「ええ」
いやマジそうだわ。これはまだすごろくだから最後の救いはあるけど、リアルな実戦だったら、俺の選択で仲間が大怪我したり……下手したら死んだりするわけだからな。ランやマルグレーテが。
「お主が決めたことじゃ」
じいさんは、俺の目を見たままだ。
「自らの心に従え」
「はい先生」
「そして決して忘れるな。おのれの選択を心から悔やむ時が来たとしても、後悔に溺れ、安易な道に逃げ込むな。結果を受け止め、前を向いて進むのだ。そのためにその『冥王の剣』を授けた。それはわしがお前に貸した品じゃ。返すまでは、死ぬことは許さん」
「……はい」
また念押しされたか。
俺はふと思った。じいさんは大賢者だ。大賢者はある程度未来が見通せると言われている。ということは俺の未来、結構ヤバいってことか、これ……。
「いいか、このすごろくの話ではないぞ」
「わかっています」
やっぱりそうか……。
「では、賽を振れ、モーブ。長い人生で、心の賽を振る機会は多いものじゃて」
「モーブ」
「モーブ……」
「ランもマルグレーテも、俺に未来を託してくれるな」
「もちろんだよ、モーブ」
「わたくしは、いつだってモーブを支えるわ。ここでも、現実の世界でも……」
「ありがとう」
ふたりにまたキスを与えた。スパチャだか投げ銭だか知るか。俺はしたいようにするわ。俺の人生だ。
「よし振るぞっ」
ルートを決定しないと、サイコロは振れない。行き先決定ボタンで右ルートを選んだ上で、俺はサイコロを取り出した。手に握った十二面体サイコロに祈る。十の目を出してくれと。
コロコロコロ……コココ、コッ。
例の音が響く。激しく明滅したサイコロは、俺の手の中で、赤い光を放った。
赤? 六か……。今日かなりの回数サイコロを振ったので、さすがにもう色が示す目は覚えた。白が一、緑が十とかな。
――六――
上のほうから無慈悲な機械音声が告げてきた。
「六って……」
俺は先のマップを見た。右ルートの六マス先は……。
「罠マス……」
「大丈夫。なんとかなるよ、モーブ……」
呆然とした俺に、ランが抱き着いてきた。
●モーブを待っていたのは、恐ろしい罠マスだった……。
次話「三つのパニッシュメント」明朝公開




