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6-2 壁、壁、壁。そして高い壁。

「バビロニアの竜」ムシュフシュは、俺達をひと睨みすると、また大声で吠えた。


「慌てるな。ラン、まず睡眠魔法だ。相手は雪山のモンスター、マルグレーテは火炎系の――」


 剣を握りトカゲ野郎を睨みつけたままの俺の背後で、なにかとてつもない光が生じた。


「紅蓮の炎雲っ!」


 じいさんの叫び声だ。背後から、大彗星のような輝きが俺の頭上を通り過ぎ、まっすぐにムシュフシュに突き刺さった。やすやすと皮膚を突き破った「炎雲」が内部で高熱を発したようで、トカゲ野郎はたちまち炎に包まれ、崩れ落ちる。


「す、凄い……」


 マルグレーテは息を呑んでいる。あっという間にムシュフシュの姿が掻き消えると、大気すら凍りつきそうなくらい寒くなっていることに、俺は気づいた。もちろん、じいさんがこのマスのマナを大量に消費したためだろう。


「ドロップはないのかな」


 見回している。


「モーブがいるから、レアドロップだよね」

「諦めろラン。ここは亜空間。戦闘に勝利してもアイテムドロップはない。最初に説明されたからな」

「ふん、肩慣らしにもならんな。ふわーあ……」


 ひげを撫でると、大賢者ゼニスはあくびをした。


「せ、先生、今のはマナ召喚魔法ですよね」

「いかにも」


 マルグレーテの目は、見開かれている。そういや、俺やランはじいさんの魔法を間近で見たことがある。ヘクトールへのあの、魔物襲撃事件のとき。でもマルグレーテは、初体面だもんな。そりゃ驚くわ。


「すごいねー、先生」


 改めて、ランも感心してるな。


「さて。モーブ、次のサイコロを振らんか」

「ちょっと待って下さい」


 頭上を見た。俺達の持ち点は、「600」表示のまま。一ポイントも減点されていない。そりゃ、ノーダメだもんな。当然だわ。で、獲得コインは……と――。


――獲得コイン 88412――

――オーディエンス・ファンディング 0250――

――持ち点 600――


 うおーっ。スタートマス出て五分で、八万以上のカジノコインを稼いだか。なんせ、中ボスクラスをノーダメ瞬殺だからな。記録的な戦闘ポイントを稼いだとしても不思議ではない。


「凄いわね。たった一戦で、歴代三位の記録に迫ってるじゃない」


 マルグレーテも感心している。


「目標の三百九十万六千コインの、二パーセント以上よ」

「あと五十回この手の戦闘が続けば、記録が見えるねー、モーブ」

「いや、そう喜ぶなラン。こんな楽勝戦闘が続くとは思えん」


 カジノ戦闘は相手の強さもピンキリのはず。大賢者ゼニスの強さがわかった以上、これからもむしろ中ボスクラスが続いてほしい。だが、これはビギナーズラックも同然で、そうそう都合良くは話が進まないだろう。


「オーディエンス……。あれはなに、モーブ」


 新たに表示された項目な。今まで無かった場所に。


「俺も気になってたんだ。なんだろな。オーディエンスってのは多分、観客のことだと思うけど」


 カジノ地下のすごろくフロアで、すごろく場での一喜一憂を観て酒でも飲んでる、暇なリゾート客連中だろう。


「あれはおひねり、つまり投げ銭じゃろうて」

「はあ……」


 スパチャみたいなもんか。そう言えば、「ファウンディング」とある。クラウド・ファンディングは、一般大衆に投資してもらう「資金調達」のこと。つまりこれ、観客から提供された資金ってことか。それならたしかに、スパチャやチップの類だろう。


「あれも獲得コインに加算されるってことね」

「いい人がいるねー、モーブ」

「いやラン、俺達の挑戦を見世物として楽しんでる連中だぞ」

「それでもサポートしてくれてるんだから……」


 とりなすかのように、マルグレーテが俺の袖をそっと掴んだ。


 多分これ、中ボスを瞬殺したじいさん魔法に口あんぐりしたんだろう。端数がなく金額がきれいだから、おそらく出したのはひとりだけだろう。今頃、ディスプレイがよく見える席に移動してるかもな。


「まあ助かるっちゃ助かるか」


 マルグレーテの言うとおりだな。金にきれいも汚いもない。今の俺達は、四百万近いコインの獲得という、大事な目標がある。ならこの際、ありがたく受け取っておくべきだろう。


「まあいい。サイコロを振ろう。ここすごろく場で何日も過ごしたくはないからな。ラン、もう一度ダメージ軽減魔法だ」


 握り締めて祈ると、また魔導サイコロが明滅した。色は白。告知された目は、「一」。


「くそっ! たった一マスか」


 例によって、俺達の体が、ぐっと持っていかれる。


「痛っ!」


 次マスに入った瞬間、痺れるような電撃が襲ってきた。みんな、悲鳴を上げている。


「ダメージ床のマスだ……」


 見回すと、もう本当に小部屋といった感じ。床が黄色と黒の縞模様になっている。それ以上の異状は起こらない。


「持ち点はどうだ」

「四点減ったわ、モーブ」


 たしかに。持ち点は五百九十六になっている。ランにダメージ減少魔法を施していてもらったから、ひとり一ポイントの最低限の減少で済んだのだろう。あれがなかったら多分ひとり二、三ポイントは失ったはず。


「ラン、全員に回復魔法。続いてまたダメ軽減魔法だ」

「おいおい、わしにも撃たせろ。『大賢者の護り』とか、防御魔法もいろいろ持っておるのに」


 ヘクトール魔物襲撃事件のとき俺を守ってくれた、あれだな。


「いえ……」


 もちろんそれは考えてはいた。だが……。


「先生の魔力は、戦闘に取っておきたいんです。そこに集中して下さい」


 アーティファクト効果を得ているランと違って、MPの自動回復もないしな。


「ふむ……。学園を出て旅に出てから、随分戦略面も磨いたようじゃな、モーブ」


 カイゼル髭を撫でて、にやっと笑った。


「ならお前に任せても良さそうだ」

「サイコロを振ります」


 次の目は、「九」。まあまあの目を得てぐいぐい進むと、そこはアイテムショップだった。石畳の街角っぽい床に小さな店舗があり、通りに向け開いたカウンターから店主が顔を出している。太ったおっさんで、同級生の「トルネコ」ことコルムを、ふと思い出した。


「いらっしゃい」

「なにがありますの」


 マルグレーテの問いに、微笑む。


「武器とアイテムですね。AGIの上がる『竜巻の剣』ならコイン三百枚。魔道士の方でも物理攻撃できる、『投擲の魔導ブーメラン』などいかがです。これは四百八十枚。あとアイテムは、ポーションやMPポーション」

「どうする、モーブ」


 ブーメランを見せてもらっていたマルグレーテが振り返った。


「アイテムはいらんな。ランはMP無限回復だし。それにそもそも、消費アイテムはたくさん持参してるしな。全員鞄がいっぱいだ」


 武器も不要だ。魔道士のMPが尽きて物理で戦うとか最悪の事態だし、俺はアーティファクト級の剣をすでに装備している。


「またご贔屓に」


 声を背後に、次のマス――六のマスへと進んだ。そこは「三マス戻る」のイベントマスで、戻らされた先は、「コインロスト」マス。コインを千も失うという、ムカつく場所だった。次のマスはまた戦闘マス。ボス級ではなく、オークロードとオーク軍団の集団戦だったが、もちろんじいさんが瞬殺した。


 こうして悪戦苦闘すること一時間、ラッキーなことにワープマスを踏んで、俺達はセカンドループゾーンに進んでいた。現在のスコアは、こうだ。


――獲得コイン 289897――

――オーディエンス・ファンディング 00037456――

――持ち点 498――


 すでに歴代二位の十一万コインは軽々超え、ダブルスコア。いや、観客からのおひねりを加えれば、トリプルスコアに達する。


 投げ銭が急激に増えたのは、開始してわずか十分かそこらで歴代三位記録をぶち抜いた俺達の大躍進が、向こうの世界で噂の的になったからだろう。実際、その金額は、時間が経つごとに幾何級数的に増大している。なんせ今や、万の桁だ。デフォルトの初期四桁に加え、さらに四桁が追加されてるからな。カジノ運営想定外の投げ銭が飛びまくってるのは、確実だ。


 きっと今頃、すごろくフロアに入れるプラチナチケットの権利をなんとか手に入れようと、リゾートの金持ち連中がコネを辿って走り回っていることだろうさ。


 だが、これでもまだ、目標の十分の一以下。一時間でこれってことは、いったい何時間かかるんだ、カジノのフル攻略完遂まで……。


 それに、地味に恐ろしいのは、持ち点の減少幅。すでに十七パーセントほど、失っている。この奇跡の割合でコインを稼いでいけると仮定しても、計算上、一位の記録を抜く前に、持ち点が無くなる。


 仮にすべてうまく回るとしても、最終的にすごろくのゴールまで辿り着くという、難題が控えている。すごろくのゴール率は、わずか五パーセントだそうだ。たとえ五百万のコインを稼いで持ち点が残っていたとしても、ゴールしない限り、一コインだってもらえやしないからな。


 いったいどうすればいい。このバカでかい壁を、どうやったら乗り越えられるんだ……。




●持ち点に不安を残しながらも、すごろく攻略を進めるモーブ組。ファーストループゾーンをクリアし、セカンドループ、サードループへとなんとか進んだものの、モーブは持ち点の八割をすでに失っていた。しかもゾーンを跳ぶごとに、各マスの凶悪度合いが明らかに高まりつつある。追い込まれ奇跡の逆転を狙うモーブだが、次に停まったのは三体ものリッチーが率いる、アンデッド大群の戦闘マスだった……。


次話「連続戦闘」、明日公開!



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