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6-1 最初のマス

「ほう、ここがすごろく時空か」


 居眠りじいさんこと大賢者ゼニスは、周囲を見回した。そこそこ高額の参加費を払い四人、すごろく時空に転送されたところだ。


「なかなか楽しそうじゃな。……入り口だけは」


 ここはすごろくのスタートマス。きらきらと虹色に輝く魔光に照らされた、小部屋程度の空間だ。特になにもないが、簡素な椅子とテーブルがあり、茶や酒のセットも置かれている。


「先生、本当にそのリゾートウエアのままでいいんですの」


 マルグレーテが再確認した。


 俺のパーティー三人は、ジャケットやドレスで着飾った姿だ。それでも剣や防具、杖や魔力増大の頚飾けいしょくといったアクセサリー類など、戦闘装備を身に着けている。ポーションや消費アイテムの類は、小さなバッグに分けて入れ、三人で持ち運んでもいる。


 それに対しじいさんは、あのビーチカフェで女の子の尻撫でてたときと、まんま同じだからな。


「いいんじゃ、いいんじゃ。このほうが身軽だし……」

「ゼニ……ゼナス先生は……」

「ラン。ここではゼニス先生でいいぞ。さっきも見ただろ。向こうには音声は出力されてなかったからな」

「でも、念のためだよ」


 俺は考えた。たしかに、万が一、音声出力される事態にならないとも限らない。


「俺が間違ってたわ。ゼナス先生で行こう」

「うん……」


 ランは頷いた。


「ゼナス先生は、マナ召喚タイプの魔道士ですよね。この空間のマナ量はどうですか」


 ラン、グッジョブ。マナ消費タイプ魔法は、発動に長ったらしい詠唱が不要な分、機動力に優れる。ただ効果はバトル空間のマナ量に左右されるので、空間によっては不利だ。


「そうだのう……」


 ランに言われて瞳を細め、周囲を鋭く睨んだ。それからランとマルグレーテの体を見つめる。


「うむ……」


 口を開いた。


「マルグレーテ、その首の傷はどうした」

「そ、それは……」


 左手で、首の布を覆った。俺のキスマークを隠すための治療布を。


「き、昨日の戦闘で……ちょっと怪我を……」


 まあ……戦闘と、言えなくもないか。


「それは性悪なモンスターじゃのう……」


 俺に視線を移す。


「少しはおなごのことも考えてやらんとのう、そのモンスターも」


 何も言えなくなって、マルグレーテはもじもじしている。


「それよりマナの話だろ、先生」

「おうモーブ、そうじゃったのう、ほっほっ……」


 楽しそうに笑う。


「どうやら、先のマスによっていろいろじゃな。……だがこのスタートマスのマナ量からして基本、かなり多いと思っていいだろうて」

「スコアはどこに出るんだったっけ」

「上だよ、モーブ」


 ランに言われて見上げると、斜め前の上に、スコアボードがあった。とはいえ物理的な存在ではなく、魔法で投影されたもののようだ。


――獲得コイン 0000――

――持ち点 600――


「魔導スコアボードという説明だったわよね」

「そうだな、マルグレーテ」


 とにかく、ここに表示される数字が、獲得コイン=スコアということになる。例のリオールなんちゃらが九十年前に打ち立てた記録以上のコインを稼いだ上でゴールまで辿り着けば、成功だ。とはいえ簡単ではない。なにしろ四百万コイン近い、とてつもない壁だ。


 リオール記録を破ってゴールすれば、すごろくでの獲得コインに加え、カジノの過剰利益一億二千万あまりのコインまで入手できる。だからこそ、交換に一億コイン必要なアーティファクト「従属のカラー」をゲットできるってわけだ。


 ……まあ九十年間、ありとあらゆるカジノプレイヤーが挑戦して、一度もできなかったことだけどな。


 このリオールっておっさん……いやおっさんか女かは知らんけどさ、こいつもう少し手加減すりゃいいのに。二位にプラス一万コインくらいでゴールしろよ、空気の読めない奴だな。その当時なら過剰利益は微々たるもんだったんだから、どんなにスコアを頑張っても「従属のカラー」なんて手に入らないんだからよ。


「俺達の持ち点は、六百だな」


 スコアのすぐ下に、見たとおり、手持ちポイントが表示されている。ひとり百五十ポイントで、四人分ってことか。


 このポイントは基本、減る一方だ。戦闘ダメージや条件マスの罠で減ってゆく。戦闘で傷ついたHPや減ったMPは、魔法やアイテムでもちろん回復できるが、手持ちポイントには反映されない。持ち点がゼロになれば、すごろく失敗でゲームオーバー、カジノ地下に戻されてしまう。


 手持ちポイントが残っていても、戦闘や罠で全員HPゼロになり全滅してしまえば、もちろんゲームオーバーだ。HPゼロとはいえ死ぬわけじゃない。すごろく上は行動不能になるだけだ。


「手持ちポイントが、思っていたより少ない。道中はリスク回避優先だな」

「具体的には、どうやって回避するの、モーブ」

「戦闘なら、ダメージ回避。敵からのダメージは地味に手持ちポイントを削るって話だし。初手一発で倒せそうもなかったら、むしろ眠らせるとか。時間がかかっても構わないので、敵攻撃を防ぐ」

「私、カティーノの魔法を使えるようになったよ」


 ランが手を上げる。


「それは頼もしい。あれ、中級睡眠魔法じゃないか。……なら頼むよ」

「任せて」


 嬉しそうだ。


「あとは分かれ道だな。多少遠回りでも、なるだけダメージマスがない方向に進む」

「それやこれやで、持ち点を減らすリスクを避けるのね」

「そうだ、マルグレーテ」

「能書きはもういいじゃろ」


 じいさんは、首をコキコキ鳴らした。


「そろそろ行こうや、モーブ。……実戦でなく仮想戦とはいえ、久し振りの戦いじゃ。腕が鳴るわい」


 じいさんの言う事にも一理ある。当たって砕けろだ。失敗しても死ぬわけじゃない。だが問題は、どんなプレイヤーであろうと、年一度しか挑戦できないという縛りだ。


 今日失敗すれば、俺達が次に挑戦権利を得るのは、来年八月以降。行き当たりばったりの俺の冒険で、そんな先のことはわからない。なんとしても今日、あのアーティファクトを手に入れると、俺は決意していた。


 だがまあ、ここで悩んでいても始まらないのも、じいさんの言う通りだ。


「なら始めるか」

「そうそう、それでないとのう……」


 俺は全員を見渡した。皆、気合い充分。なんとしても突破してやるという気迫を感じる。ひょうひょうとして力みのないじいさん以外は。


「ラン、まずはダメージ軽減魔法を撃っておいてくれ」


 魔力を高める杖を、ランが握り締めた。


 装備するアーティファクト「則天王の指輪」により、ランは即死回避、状態異常無効化、HPMP無限回復の効果を得ている。事前にいくらでも魔法を撃っておいてもらって構わない。MPをケチる必要がないからな。


 それほどレベルの高い魔法でもないので、短い詠唱の後、ランが効果を宣言。俺達はオレンジの光で包まれた。


「これでよし……。みんな、心の準備はいいな」

「大丈夫」

「平気だよー」

「はようやれ、モーブよ」


 なんせ、マスによっては突然戦闘が始まったり、ダメージ床でHPやMPを削られたりするからな。進む前の心構えは重要だ。


「モーブ、魔導サイコロを振って」


 マルグレーテに促され、懐からサイコロギミックを取り出した。直径五センチほどの透明な正十二面体立方体――つまり一から十二までの数字の出る、十二面サイコロだ。といっても、表面に数字は描かれていない。


「振るぞっ」


 全員頷いた。説明バニーから聞いた通りに、握り締めると心で願った。運命を導く、いい数字を出してくれと。




 コロコロ……ココココッ――。




 奇妙な音が、どこからともなく響いた。透明な十二面サイコロが明滅し、虹色の輝きが漏れている。


 つと音が止むと、サイコロは紫色に輝いた。


「それ、なんの数字?」


 マルグレーテが杖を握り締める。


「焦るな。すぐわかる」


 色と数字の対応は聞いたが、十二個なんか覚えきれない。




――十二――




 やはりどこか上のほうから、機械的な音声が聞こえてきた。


「ほう、初手からラッキーじゃのう。最大の目を出すとは」

「これでゴールに一歩近づいたよねっ」


 ランも嬉しそうだ。


「進むわよっ!」


 俺達の体は、前にぐっと引き寄せられた。入り口の扉が開き、次のマスへと。そのマスを高速でスルーし、次の扉が開くと次のマスへ。それが繰り返され、十二番目のマスで停まった。


「ここが……十二のマスだね」


 ランが見回している。


「雪山のように真っ白なところだね。きれい……」


 たしかに。屋内でなく、屋外だ。地面は実際雪のようなものが積もり、歩くとさくさく鳴る。夜空のようになっている。だが、地面も空も、五十メートルほどの半球で包まれており、その先は消えている。


 さすがは亜空間に作られたすごろく次元だ。これ全体にどういう仕組みになってるんだろうな。


「寒いわね」


 マルグレーテの息は白い。ドレスから出た腕をさすった。


「挑戦する前に戦闘服に着替えたほうが良かったかも」

「待て、なにか来るぞっ」


 天空の一角に渦巻き模様が広がり始めた。夜空のような空間より、一層黒い。


「モンスターが来るっ!」


 じいさんが叫んだ。


「侮るな。この気配はかなり強いぞっ!」


 マジかよ。最初一発目から戦闘マスとか、勘弁してほしいんだけど。


 渦巻きから最初に現れたのは、長い尻尾だった。哺乳類というより爬虫類的な。それからずるっと、まるで生まれ出るようになにかが落ちてきた。


 体高二十メートルほどの巨大モンスターだ。ツチノコのような太い蛇体から、縞模様の四本の脚。大きな頭に端から端まで切れた口。乱れ杭のような牙が覗いている。


「こいつは……」


 それは、口を大きく開き、大声で吠えた。


「ムシュフシュ――。名高き『バビロニアの竜』よっ!」


 マルグレーテが叫んだ。


 これ、どう見ても中ボスクラスだろ。最初のマスからこんな騒ぎで、このすごろくクリアできるのか、俺達?




●いきなり中ボスクラスの戦闘に巻き込まれたモーブ組。だがそれは、長く続く苦闘の入り口でしかなかった……。

次話「壁、壁、壁。そして高い壁」、明日公開。

極悪すごろくに挑むモーブに応援を!


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