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3-5 ボロ教室の床が抜けて草

「どひぇーっ!」


 昼下がりのZクラス。漫画みたいな叫び声が上がった。メリメリという音も。


 昼飯後は眠い。ほぼ全員、自習の教科書を広げたまま寝ているので静かで、どえらく響く。


「どうした」

「助けてくれっ」

「なんだおい、床が抜けてるじゃん」


 声のしたほうが騒がしい。見るとどうやら椅子の脚が床を突き破って、ひとり倒れたらしい。Zクラスは本来のゲームでも、イベントなんか起こりゃしない。そもそもプレイヤーの視点がそこにないからな。基本、ブレイズ視点だから、SSSクラスのイベを辿るだけで。


 このゲームの学園編は、典型的なRPGとはちょっと違う。どちらかというとアドベンチャーゲームの育成パートのような感じ。フィールドに出てのモンスター戦が後半までない。それまでは授業という形で戦闘してレベルを上げていく。


 それもチュートリアル的な「主人公VSスライム一匹戦」から始まって、「主人公VS山賊三人」「主人公VS混成パーティー」と進む。次にクラスメイトがNPCとしてランダム加入してのパーティー戦になる。


 並行して、主人公ブレイズは学園内を歩き回って、発生した事件や依頼されたクエストをこなす。それにより報奨金を得て、学園内購買部で初歩的な装備を整えていく。クエストでも装備もらえたりするしな。


 クエストを通じて女子と仲良くなって、パーティー仲間に加えると同時に、恋愛的なやり取りも始まる。


 そんな感じよ。


「誰か助け起こしてやれ」

「なんだよ。椅子が突き破って倒れただけじゃなく、自分でも床踏み抜いてるじゃん」

「どんだけ腐ってるんだ。この教室の床」


 大騒ぎだ。


 ここZクラスでは、そもそもまともな授業が無く、戦闘レベルなんか上がりゃしない。本来のゲーム中には、Z絡みのクエストなんか無い。


 だからこうしてイベントが発生するだけマシなんだが、よりによって床が抜けるイベとか、どんなんだよ。レベル低すぎるだろ、Zクラスイベ。


 イベントと言えば、あれから俺とランは、ちょくちょくリーナさんに呼び出されて手助けしている。なんての、「学園トラブル解決隊」みたいな感じ。プチイベが連続する感じよ。ゲームと違って、特にクリア報酬てのはないんだけどさ。退屈しのぎにはなるから、結構楽しいわ。


「どうしたんだろうね、モーブ」


 自習の教科書から顔を上げて、ランは心配顔だ。ぽかぽかと暖かな日で、陽の当たらないZクラスでも、ランの髪は金色に輝いている。


「ここ、ボロだからなあ……」


 なんせZクラスは、机からなにから他のクラスのお古ばかり。もちろん床の補修なんてされてないからな。ときどき天井から雨水が垂れてるし、そら腐りもするだろうよ。


 立地にしてからが、校舎北西の隅だからな。陽なんか当たらないし、いつもなんだかじめじめしてる。隔離クラスってことよ。ゲームでは出て来ないからなーこれも。


 ゲームという意味で言えば、そもそも俺、自分のレベルやステータスすらわからないし。戦闘なんかしてないから、レベル一のままかもしれない。馬小屋クエストなんかの細々した謎クエストを通して多少はレベルアップしてるのかもしれんが、レベルアップ時のファンファーレもないし、正直わからん。もちろんランの状態も見られない。


 多分、プレイヤーじゃなく、キャストだからだ。ゲーム内のキャラが、「俺は今レベル十二。あと二十三ポイントでレベルアップするから、この毒沼、もうちょい歩き回って雑魚狩ろう」――とか考えないもんな。ステータス画面なんか見えるわきゃないし。


「せ、先生、床が抜けました」

「……」


 返事はない。例によって突っ伏して寝てるからな。てかあの轟音でまだ寝てるって、どういうことよ。じいさんだし、死んでるんじゃないだろうな。「返事がない。ただのしかばねのようだ」――って奴。


「先生」

「ぐう……」


 いびきかいてるし。


「先生っ」


 誰かが体を揺すった。


「な……なんじゃ」


 ようやく顔を起こした。いわゆるカイゼルひげってのか、あれ。立派な髭を蓄えてはいるが、よだれ垂らしたハゲだし威厳はない。てるてる坊主の付喪神つくもがみかよ。


「先生、教室の床が抜けました」

「そうか。わかった」


 ばったり。


「ぐぅ」

「あの……先生」


 何度か揺すると、嫌々といった雰囲気で、ようやく体を起こした。大あくびをする。


「床が抜けたんです」

「もう聞いたわい」


 床が抜けた席の学生は、所在無げに突っ立っている。そいつを指差して。


「あー君。君はこっちの席に移れ、どうせ空いとる。この間、ひとり退学していったし」


 窓際の席を示す。


「北向きの部屋とはいえ、窓際なら少しは暖かい。床も腐らんじゃろ」

「は……はい」


 教室中、微妙な空気になる。


「なんだ。直してほしいのか」


 返事はない。


「なら聞いてみるか。直したい者がいたら、手を挙げよ」


 教室は静まり返っている。倒れた奴を含め、十五人ほどが挙手きょしゅした。二十人程度のクラスだ。俺とランも手を挙げた。結構な大穴だ。ランが間違って落ちて怪我したら困る。


「よし」


 教師は頷いた。


「修理は、多数決により否決された」

「いえ先生、可決されたんですけど」

「ちっ……。気がついたか」


 そら気がつくだろ。Zクラスとはいえ、馬鹿じゃあない。


 溜息とかついてやがる。やる気なさすぎだろ、じいさん。


「そうかー直したいのか」


 はあーっと音を立てて、また溜息。いや学園生の前だ。少しは遠慮しろハゲ。


 てかこいつ、名前ないんだよな。そもそも元のゲームでは登場すらしなし。Zはゲーム的には視野の外だから、名前どころか存在が設定されてなくても当然だ。


 学園生からは「先生」一辺倒だし、他の教師は「先輩」と呼んでる。一度リーナさんに聞いてみたんだけど、「あの人の名前は誰も知らない」って話だった。誰よりも古く学園に根を張ってるから、わからないんだと。本人に尋ねても忘れてるから、教師仲間からはボケを疑われてるらしい。てか多分マジでボケてる。そらZに配属するしかないわけだわ。


「なら午後の授業は営繕えいぜんにするか」

「えっ……」

「営繕……って、修理のことですよね」


 教室がざわめく。


「用務員室と工作室に行って、工具だの材料だの持ってこい」

「あの……僕達がやるんですか」

「当たり前じゃろ。自分達の教室だ」

「……なら修理はなしでいいです」

「なんだ」


 ぎょろっと剥いた目で、教室を見回した。


「お前達が直したいと申し出たんじゃないのか」

「でもそれ、学園の仕事でしょ、なんで僕達が……」


 戸惑った表情の奴が多いな。


 あー……やっぱこうなるか。劣等生とはいえ、こいつら親元帰れば、貴族とか金持ちのボンボンだからな。「労働なんて底辺のやること」くらいしか考えてないだろ。


「はあ……」


 コキコキと首を鳴らすと、教師はハゲ頭を撫でた。


「お前ら、冒険者になりたくてこの学園に入ったんじゃないのか。えっ」


 誰も返事しない。


「なりたくない奴がいたら、挙手せよ」


 誰も挙げない。冒険者になんか俺は正直なりたくないが、挙手して悪目立ちする気もない。ゲーム世界の隅でランとふたり、ひっそり楽しく暮らしたいだけだし。


「冒険者になってフィールドに出たら、装備の手入れから鎧の穴まで、すべて自分の手でなんとかせんといかん。それがわかっているのかな。わしが新兵の頃は――」

「そのときは、もちろんやります」


 じじい特有の長々自慢話が始まりそうだったので、誰かが慌てて割って入った。


「でもこれ、学園だし勉強中でしょ。僕達は学園にとって、お客様じゃないすか」


 口の立つ奴が反論する。


「君はそう思うのか」

「はい。当然です」

「そうか……」


 教師がにっこりする。なんやら知らんが、面白がってる表情だ。


「おいモーブ」


 いきなり俺の名前を呼んだ。てかこのじいさん、学園生の名前、覚えてたんか。俺が配属されてからこれまで、誰の名前も呼んでなかったのに。誰ひとりとして。多分、自分の名前同様、人の名前もすぐ忘れちゃうんだろ。


 俺は身構えた。

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