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3-4 謎のフラグで世界線が分岐した

「怖くないからね。偉いよねいかづち丸、痛いのに我慢して」


 ランの大きな瞳から涙が落ち、いかづち丸のきれいな芦毛あしげを濡らした。


「ほら、怖くない」


 耳元で詠唱を繰り返すと、いかづち丸は、やがておとなしくなった。ランの頬に、顔を擦り付けている。


「優しい子……。泣くなって、私を慰めてくれるの?」


 ランがいかづち丸を撫でた。


「よし。落ち着いた今がチャンスだ。魔法の相談、済んでいますか」

「うん」


 リーナさんが頷いた。


「ランちゃんが回復魔法担当。ランちゃんはまだ初期魔法しか使えないけれど、魔法適性が高いから、それなりに効果はあるはず。魔法効果を高める補助魔法を、私が唱える。術者と対象者、双方に効果がある奴。ランちゃんの魔法力が高まり、いかづち丸の受容力も上がるから、効果は倍増のはず」

「いい案です」


 さすが王立学園にスカウトされるだけある。与えられた条件で、うまいことベストの対処を考え出してあるわ。


「ラン、代われ。俺がいかづち丸を落ち着かせる。お前はリーナさんと脚の治療だ」

「モーブ……」


 ランから鼻面を受け取った。俺は落ち着かせる魔法こそ使えない――というかどんな魔法も使えない――が、ランと一緒に世話はしてきた。いかづち丸も、それは知っている。脚が痛んでも、それは俺達が自分のためにしている行為だと、思ってくれるだろう。


「いかづち丸、落ち着くんだぞ」


 鼻筋を撫でてやった。まんまるの瞳で、いかづち丸は俺を見つめている。馬の毛の匂いがする。


「大丈夫そうです。始めてください」

「うん」

「わかった」


 ランとリーナさんは、しゃがんで左右から左脚に手を置いている。顔を見合わせ頷いてタイミングを合わせ、詠唱を始めた。緑色の微かな光が、いかづち丸の左脚を包む。


 やがて……。


「ふう……」


 しゃがみこんだままのリーナさんが、ほっと息を吐いた。


「さあ、ランちゃん」

「はい」


 ランの手を取り、ふたり立ち上がった。


「なんとか治療できたかな、ランちゃん」

「そう思います。リーナさん」

「ぶるるっ」


 いかづち丸が、嬉しそうにランの頬を舐めた。もう普通に前脚を着いている。歩くとちょっと脚を引きずるが、骨折のためというより、副え木が邪魔だから……といった雰囲気だ。


「大成功っすね」

「うん。後は時間が解決してくれそう」


 リーナさんは、嬉しそうに俺を見た。


「モーブくんとランちゃんを呼んで良かった。私ひとりだと多分、失敗したと思う」

「念のため、明日の月曜、教師の回復魔道士に見せて下さいね」

「そうする。……でもきっと必要はない。ランちゃんの魔法、笑っちゃうくらい強力だった。初期魔法でこれとか、普通あり得ないよ」


 目を見開いてるな。


「私……いかづち丸が死んじゃうって思ったら、頭が真っ白になって……」

「それで力が出たんか。よくやったな、ラン」


 頭を撫でてやると、ランの瞳から、涙がぽろぽろ落ちた。


「し、死んじゃうって……お、思ったら……」


 あとは言葉にならなかった。俺に抱き着いてきて、泣いている。


「よしよし。お前はよくやった。いい子だな、ラン」

「モーブ……」


 熱い唇を、俺の首筋に押し付けてきた。


「……モーブは死んじゃやだからね」


 ランの唇が動くと、くすぐったい。熱い息が掛かる。瞳を閉じたランは、唇を着けたままにしている。見方によっては、俺にキスしていると言えなくもない。


「死にやしないさ」


 そうは答えたが、なんせ本来、初期村で死んでたキャラだ。今後どういうルートを辿るか、自分でもわからんわ。もちろんゲーム開発者だって、即死モブのシナリオなんて、考えてたはずないし。はっきりしてるのは、ゲーム本筋を辿る王道キャラじゃない、って点だけさ。


「それにしてもモーブくん」


 抱き合う俺達を見ながら、リーナさんが感心したような声を上げた。


「咄嗟の判断力と統率力あるね。感心しちゃった」

「そ、そうですか」


 自分じゃよくわからないけどな。いかづち丸を死なすわけにはいかないって思っただけで。


 あと中身がおっさんだから、ブラック社畜時代に修羅場は死ぬほど経験済みだ。夜中になってから「朝までにこれやらないと仕事が落ちる」って急に判明したりとかな。その経験が生きたのかもしれない。


「モーブくん、Zクラスの新入生とは、とても思えない。それにパーティーのリーダー向き。やっぱりヘクトールの入試判断基準は変えるべきね。入試のとき、仕方なくてZにしたけど、これでいいのかなあ……って私も心苦しかった」

「ありがとうございます」


 まあ別にどうでもいいけど。とりあえずしばらく、この学園で暮らしたいだけだし。その間にランとふたりいろいろ準備を整えて、次、どうやって生きていくか考えないとならないし。


 厩舎員としての賃金。本来入っていたはずの男子寮女子寮寮費の返還。――などなど、それなりにわずかな蓄えはできつつあるが、学園を出た後いつまで持つかは、さっぱりわからない。なんせ俺、本来この世界の住人じゃないからな。月の生活費とか、勘所が無いんだわ。ランも田舎娘で自給自足暮らしだったから、そのへんのほほんとしてるだけだし。


「また困ったら、モーブくんに頼んじゃおうかな……」


 頼もしげに、リーナさんが俺を見つめてきた。


「養護教諭って、それなりに忙しいんだ。学生の困り事とか悩みを聞いて解決するのも仕事だし。リーダーとして任せられれば、私もメンタル楽になるし」


 そこでなぜか溜息を漏らした。


「そもそも私、リーダー向きじゃないのよ。強いリーダーに従って助けるほうが、性に合ってるというか……」


 熱い瞳で、俺を見つめてくる。考えてみれば補助魔法の使い手だもんな。本来そういうキャラクターなのかも。


 てことは……はあこれ、学園クエストがいろいろあるって未来になるのかもな。Zクラスでのイベントが期待できない以上、養護室イベントが頻発するってゲーム上の流れになるのかもしれない。


「いいですよ。リーナさんの頼みなら、なんでも聞きます。……なっラン」

「……うん」


 熱っぽい頬で俺に抱き着きながら、ランが頷いた。


「モーブが決めたなら、私は従うから」

「決まりね。モーブくん、よろしく」


 リーナさんが、俺の手を取り、握ってきた。


「はい」


 そのまま、俺の腕を抱くようにする。リーナさんの胸を、腕に感じた。


「ふふっ。約束、忘れちゃ嫌だよ。……リーダーさん」


 甘えるような声を出す。くっつき合った俺達三人の上に一瞬、赤い光の輪が生じて消えた。


「あれ……」


 今、なんか起こったよね。ふたりとも何も言わないけど。気づいてないのか、これ。


「……フラグが立った」

「なあに、モーブ」


 顔を起こして、ランが俺を見上げた。


「いや、なんでもない」


 なんのフラグだろ。てかこれ、もしかしてハーレム成立フラグじゃないんか。


 リーナさん十七歳のはずだから、十五歳の俺よりは歳上だ。でも「中身の俺」からすれば、はるか歳下。ストライクゾーンどころか、もったいないくらい。


 それにしても……な。原作だとリーナさん、どのルートを辿っても、主人公ブレイズのハーレム入りすることはない。補助魔法の使い手ということもあり、普通に学園イベントで強い敵と戦うときの、「便利な助っ人NPC」的存在だったんだけど……。


 ところが今、ハーレムフラグじゃなかったとしても、少なくともパーティー成立フラグ程度は立ったのが確実だ。よくあるゲームだと、出会いイベがあって「これからよろしくね」つって、パーティーに加わる奴。NPCから、プレイアブルキャラへのチェンジというかさ。


 仲間になったら、さっそく手持ち装備からいい奴を着せるよな、普通。だがこれは「現実」だから、いきなり白衣剥くわけにもいかんしなあ……。そもそもゲーム的な装備、人の分どころか自分の分すら一切持ってないし、俺。


「てことはこれ、また世界線が分岐しただろ。どんどん原作から離れる方向に……」


 めまいがしてきた。この世界、奥深いわ。俺がゲーム知識で原作を辿るだけじゃあ、全然ない。そもそもこの骨折クエストだって、「旧寮で起こるかもしれない」ランダムイベントの中には無かった。攻略ウィキのランダムイベ一覧に、記載されてないからな。


 主人公ブレイズは、所詮シナリオライターの操り人形。こんな体験できやしないのは見えてる。


 おもしれーっ。


 ゲーマーの血が騒いで、俺は楽しくなってきた。




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