5-11-2 レアドロップ「則天王の指輪」
「よし、俺達は勝ったぞっ!」
「業物の剣」を天に突き上げて、俺は宣言した。
嫌な再戦予告を最後に、サンドゴーレムロードは沈黙した。わかってる。敵はアドミニストレータ。登場してくる仮の姿など、何度倒しても、一時的な平穏が訪れるだけ。この世界の外部に存在しているだろうから、そこを根絶しない限り、おそらく何度でも挑んでくる。またぞろ面倒な罠でも設えてな。
でもそれがなんだ。俺は勝った。何度でも勝ってやるさ。俺は即死モブ。そうやって人生を切り拓くしかない。
「モーブっ!」
「モーブ」
駆け寄ってきたランとマルグレーテに飛び着かれた。
「おっと。危ないぞ、まだ剣を持ってる」
「大好き」
「わたくしもっ」
俺を左右から抱くうちに、いつの間にかふたりとも大泣きになっている。
「どうした、ふたりとも……」
俺のヘクトール制服に、涙の染みが広がった。
「勝ったんだぞ、俺達」
「でもさっき……モーブ……死んじゃって……」
「終わったら急に実感が出てきて……。あのとき……ランちゃんが居なかったらモーブ……」
マルグレーテは、俺の制服に顔を押し付けた。そのまま、声を殺して泣いている。
「泣くな、ふたりとも」
強く抱いてやった。
「俺は死にやしない。お前達を残して」
「本当?」
ランが俺を見上げた。
「ああ、本当さ」
「なら誓って。今」
「誓う」
「わたくしとランちゃんに、誓いのキスをちょうだい」
「ほら」
まずラン、次にマルグレーテと、時間をかけてキスを与えた。ふたりが落ち着くまで、何度も。涙が止まり笑顔になるまで、何度も……。
「モーブ……好き」
「わたくしも……」
ふたりは、ようやく落ち着いた。体をこすりつけるようにして、甘えてくる。
「よしよし」
背中や腰をさすってやりながら、戦いの跡を確認した。すでにタコもゴーレムも死体は煙となって消えている。
「あれは……」
漂う煙の中、一瞬、なにか輝くものが見えた。煙の奥、部屋の明かりを反射している。
「見ろ」
ふたりと一緒に、しゃがみ込んだ。サンドゴーレムロードが倒れたあたりの砂に、なにかが半ば埋もれている。
「これは……」
拾い上げてみると、指輪だ。あのばかでかいゴーレムサイズではない。人間サイズの。
宝石の類は嵌められておらず、塊から削り出したような、一体型の青白い金属製。サイズの割に重い。凝ったデザインながら線の細い印象で、よく見ると細かな文字がびっしり彫り込まれている。
「これは……」
「ボス戦のレアドロップ品だよ、きっと」
「そういやそうか」
俺が装備するアーティファクト「狂飆エンリルの護り」の効果で、戦闘ドロップがある場合、必ずレアドロップになる。
「きれい……」
俺の手のひらの上の指輪を、興味深げにランが覗き込んだ。
「目が吸い込まれそうなくらい、高貴な輝き」
「待って。わたくし、鑑定してみる」
マルグレーテが、手を伸ばしてきた。
「鑑定スキルあったっけ、マルグレーテ」
「さっき祖霊の指輪を、モーブに嵌めてもらったから……」
「ああ、あれでレベルが上ったからか」
「ええ」
マジ、母親があの指輪を託してくれて助かった。あのレベルアップがなかったら、たとえ二周目とはいえ、ダブルボス戦ははるかに苦戦していたはずだ。
「試してみるわね……」
指輪に手をかざすと瞳を閉じ、なにか口の中で呟く。呟きがやんでも、しばらく動かない。閉じたまぶたの裏で、瞳が激しく動いているのがわかった。
「……」
やがて瞳を開くと、ほっと息を吐いた。
「……わかった」
「なんていうアイテムだった、マルグレーテちゃん」
「そうねランちゃん、これは……そう、『則天王の指輪』という銘だって」
「則天王の指輪!? マジか!」
それ、知ってるわ。
「効果はね、即死回避、それに状態異常無効化。あと――」
「HPMP無限回復だろ」
「なんだ」
驚いたように、マルグレーテが目を見張った。
「知ってるの、モーブ」
「聞いたことがあるんだ、このアイテム」
「あらそう。わたくし、知らなかったけれど」
「私も。……有名アイテムなのかな」
「いやラン。たまたま俺が知ってただけさ」
なんせ「則天王の指輪」は、原作ゲーム裏ボス七種のレアドロップ、そのひとつだからな。アドミニストレータの奴、裏ボスってわけじゃないのに、いいもの落とすじゃないか。……まあ裏ボスよりヤバい奴なのは確かだが。
いずれにしろ、これで「エンリルの護り」「冥王の剣」「則天王の指輪」と、俺の手元に、裏ボスレアドロップ七種のうち三種も集まったことになる。
「いいものが手に入ったわね、モーブ」
「ああ」
「よかったね、モーブ」
無邪気に喜んでいるランの手を取った。
「なあに、モーブ」
首を傾げている。
「この指輪は、ランに装備してもらおう」
「えっ……」
目を見開いて絶句した。
「もらえないよ。そんな大事そうなアイテム」
首を振った。
「いいんだ。さっき、装備効果を聞いたろ。ヒーラーに最適じゃないか。ヒーラーが状態異常に陥り自分を回復していたら、パーティー全体が危なくなるからな。状態異常や即死を回避できるアイテム、自動回復系のアイテムは、ヒーラー系魔道士が装備してこそ、パーティー全体が強くなれるんだ」
「そうかな……」
俺に手を握られたまま、ランはしばらく黙った。それから、俺を見る。
「でも……たしかにそうかな」
「そうよランちゃん」
マルグレーテも頷いている。
「モーブがいいと言ってるんですもの。もらっておきなさい」
「マルグレーテちゃんがそう言ってくれるなら……」
「じゃあ決まりだな」
「ほらモーブ、早くランちゃんに着けてあげて」
マルグレーテに促され、俺はランの左手を取った。
「モーブ……その……」
言いにくそうに、ランが口ごもった。
「どうせなら……マルグレーテちゃんと同じ指に……。私とマルグレーテちゃんは、同じ日、同じ場所で、モーブから指輪をもらうんだ。……お嫁さんの証として」
「うんうん。……ランちゃん、そうしましょう」
マルグレーテは、ランの手を取った。
「ほらモーブ」
手を添えるように、俺に差し出す。
「ランちゃんが最初の花嫁よ、モーブの。わたくしより、ずっと前からモーブのことが好きだったんですもの」
「ラン……」
ランの薬指を、指輪にそっと差し入れた。ずっと奥まで。
「あっ……。この指輪……なんだか熱い……」
うっとりと、ランが瞳を閉じた。
「感じる……モーブの心を……」
爪先、第一関節、第二関節と貫いて、指輪はランの指、その一番奥まで達した。
「ああ……体の中にモーブを感じる……」
こらえきれないのか、抱き着いてきた。
「体の奥が熱いよ……」
息が荒い。
「どうしちゃったんだろ、私……」
すがりつくようにして、はあはあ言っている。
「大丈夫? ランちゃん」
「うん……平気……」
そうは言うものの、ぐったりしている。ランの額に、汗の玉が浮かんだ。
「モーブ……好き……」
譫言のように呟く。ランの頭上に、微かに赤い光が生じた。天使の輪のように……。いよいよフラグが立ったか。おそらくは……最後の恋愛の……。
「ランちゃん、かわいいわよ。……素敵」
マルグレーテが、俺とランに腕を回してきた。
「わたくしたち三人、きっと仲良くやっていけるわ。これからもずっと」
「そうだな」
「私も……そう……思う」
ランが、首筋に唇を着けてきた。無意識にか、唇を動かしている。なにかを欲しがるかのように。
「ラン……」
顎に手を添え、上を向かせた。
「……んっ」
キスを与える。ランは自ら、口を開いて俺を迎え入れた。
「モーブぅ……」
おずおずと俺に応えるランの舌は、これ以上ないほど熱くなっていた。
●次話から新章「第六章 旅するエリク家と学園長の手紙」開始。
マルグレーテ奪還に成功したモーブを、エリク家は英雄として迎え入れた。喜びに沸くエリク家。堂々の許可を得て、マルグレーテとランを伴い、モーブは次なる地への旅立ちを決意する。だが旅立ちの朝、ヘクトール学園長から、謎の手紙が届く。さらにモーブひとりだけは、アドミニストレータ戦で見えた恐ろしい可能性について懸念を強めていた……。
第三部へと続く、第二部最終章です。第三部は現在執筆中。間を開けることなく、続けて連日公開します!
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