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神様の決めた一対

神様の決めた一対(ジェス視点)

作者: 佐村 蒼

『神様の決めた一対』(https://ncode.syosetu.com/n2556ec)のジェス視点です。

先に『神様の決めた一対』をお読みいただいた方がわかりやすいかもしれません。


14歳の満月の晩は特別だ。

正確には、14歳になった日からはじめて迎える満月の晩。

それは、『神様の決めた一対』――つがいの存在がわかるようになる日。

どのように変化するのか、言葉で説明することは難しい。ただ、自分の身体の一部が変化して、どこか一部欠けてしまったような気持ちになるのだと。

その欠けた部分を埋めてくれる存在が、番なのだと。 

幼いことから聞かされた、番の探し方の話。

女性が夢見がちに語るのを聞きながら、切実な欲求として立ち現れる男性側の事情。

ジェスは番の話をするたびに、父親でも隣のおじさんでも、街で会った見知らぬ男性にも、同じことを言われたことを思い出す。

「番を見つけられない男は、まるで地獄だ」。

だけど。

ジェスは、思うのだ。

番が見つかったとしたって、手に入れられないならば、それはそれで地獄だと。


***


 今でも、ジェスは覚えている。

 14歳になってから、はじめて迎えた満月の晩。

 その日は雲一つ浮かんでおらず、満月が暗い夜空に輝いていた。その月の光を浴びながら、ジェスは自分の部屋で一人、いつ変化が訪れるのだろうと窓際でぼんやり考えていた。

満月の晩、というくらいなのだから、夜になったらやってくるのだろう。

そう思っていたのに、月はだいぶ高く昇ってきていて、このままいけば夜中になってしまう。もしかして、明日の朝に急にわかるものなのか。

そんなことをぐるぐると考えていたときに、突然今までにない感覚に襲われた。

 ぞわり、と身体じゅうの毛が逆立つような、妙な衝撃。

 身体がほてって、頭がくらくらする。そして、窓の外からとてつもなくいい匂いがしていた。

 これが、いつも聞かされていた『欠けたような感覚』か?

 たしかに、何かが欲しくてほしくてたまらない、そんな衝動はある。だけど、求めているものはすぐそばにある。

 すぐ、そばにあるのだ。この匂いの先に。

 窓から今すぐ外に出て、この匂いの先を確かめたい。そんな衝動と戦いながら、ジェスは父親に助けを求めた。

「父さん、父さんっ」

 この匂いは一体なんなのか。自分の頭をおかしくさせる、この甘いようなうっとりする匂い。

 自分は一体どうなってしまったのか。

 聞いていた話とはまるで違うのは、どういうわけなのか。

 父親はすぐにジェスのもとにやってきて、戸惑うジェスを落ち着けようとしながら、話を聞いてくれた。

 そして。

「ジェス、それは番が近くにいるということだ。その匂いの先に」

「番、が……?」

「そうだ。すごいな、ジェスの番はこの村にいたのか。これほど早く見つかることなど、滅多にないんだぞ。お前は幸運だった」

 父さんの話は、もしかしたらと考えていた俺の予想と同じだった。

けれど、これが。番にしか感じないという衝動なのか。

 父さんはとても嬉しそうで、「よかった、よかった」と満足そうに頷いている。

 いや、でもさ。俺、今のこの状況をどうしたらいいんだよ。

 今すぐ、番のもとに走って行っていいのか。

 少しでも気を抜けば、俺の身体はきっと窓から飛び出して、この匂いの先へ向かいそうだ。

 そして、この匂いの先がどこなのか、俺はうすうすわかっている。だからこそ、そこに向かうことが怖い。

「父さん、俺どうしたらいいわけ。すっげぇ苦しいんだけど、番のところ行っていいの」

「あー…、番に会いに行くのは少し待った方がいいな。お前、その、自分で処理する方法とか、誰かに聞いてないのか」

 顔を火照らせている俺に、父親はやや気まずそうに言う。俺だって、父親とこんな話したくねぇよ。

 だけど、取返しのつかないことをしでかしそうで、怖いんだよ。

「前にレオが言ってたの、こういうときにするもんなの」

 レオは、近所に住んでる4つ上の兄貴みたいなやつだ。

 俺に狩りの仕方だけじゃなく、街に連れて行ってくれたり、悪い遊びを教えてくれるやつ。

 14歳になったらわかるといって、こんなときの対応法も教えてくれた。なんのことだかよくわからなくて、俺も話半分に聞いていたけど、こんなことになるなら、もっと真面目に聞いてればよかった。

「そう、それだ。そしたら、父さんはあっちの部屋にいるし、母さんは決して近づかせないから。ただ、番に会いに行くのは、明日以降もう少し落ち着いてからにしなさい。

 その状態だ、村のなかにいることは間違いないからな」

 そんなことを言って、父親は部屋を出ていく。

 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、俺はレオに聞いた方法を試してみることにした。この衝動を抑えないと、さすがにまずい。

 だけど、番に会いに行くことを止められそうにない。

 だから早く。早くしねぇと、多分あいつ寝ちまうから。

 暴力的なエネルギーを30分ほどで静めて、いそいで窓から外に出る。

 そのままふらふらと引き寄せられるように、彼女がいるであろう部屋の窓に向かった。


 あぁ、やっぱりここだ。

 やっぱり俺の番は、リリィだ。


 物心つかないことからずっと一緒にいた、幼馴染。同い年のくせに、どこか幼くて危なっかしくて、でも夢見がちで。

 大事なだいじな、可愛い女の子。

 彼女が笑ってくれると嬉しくて、彼女を喜ばせることが楽しくて。悲しそうな顔をされると、どうしたらいいのかわからなくなる。

 リリィが番かもしれない、となんとなく思っていた。

 リリィ以外が、番になるのは嫌だと思っていた。

 それでも。リリィを大事に思っている俺の気持ちを、神様にぐちゃぐちゃにされた気がした。

 こんな暴力的な気持ちを、リリィにぶつけたくなかった。

 トントン、と窓をたたけば、なんのためらいもなく、リリィが窓を開けて顔を出す。

 頼むから、もう少し警戒心を持ってくれ。

「ジェス? どうしたの? なんだか具合悪そうだよ」

 なにも知らないリリィは、心配そうに俺の顔をのぞきこむ。頼むから近づかないでくれ、今すぐ俺の欲望を全部ぶつけてしまいそうだ。

 なんでだよ、さっきちゃんと抑えてきたのに。リリィを前にすると、すぐに熱があがってくる。

「ジェス?」

 答えもせずに距離をはなした俺に、リリィは小首をかしげて悲しそうな顔をする。

 違うんだ、そんな顔をさせたいんじゃないのに。

「リリィ、お前が俺の番だ」

 それを伝えるだけで、俺の理性は限界だった。すぐに踵を返して、自分の家へと向かう。

 今夜は、理性を総動員させて自分を抑えるだけで精一杯だ。

 だから、俺は知らなかったんだ。

帰り際、「なんで、お前なんだ」と呟いた俺の一言が、リリィを深く傷つけていたなんて。


***


 せっかく番が見つかったのに、結婚が許されるのは16歳を超えてから。

そして、まだ結婚ができる年齢じゃないからと、リリィに触れることも許されなかった。

こんなに近くにいるのに、指一本触れられない。

いや、手をつなぐぐらいいいんだろうけどさ。リリィの体温に触れた途端、そのまま止まらずにリリィを襲う可能性が高い。

周囲の大人は、少なくとも番を見つけている男性は、それがわかっているから。極力距離をとれよ、とアドバイスをくれた。

 その一方で、番がすぐに見つかるなんて本当に幸運だ、なんて言うやつが多いのも辟易したけど。番がまだ見つかっていない奴らには、本当に羨ましがられた。いや、結構地獄だぞ、この状況。

 16歳で結婚するまで、どうして俺は耐えなきゃいけないのか。そう思わなくはない。

 だけど仕方なく、俺は衝動を抑えるために、リリィと距離をとらなければいけなかった。

ふわふわと笑っているリリィのそばにいたいのに、手をつないで出かけたいのに、一緒に暮らす家の話をとなりで聞いていたいのに。

リリィの隣にいるのは、10分が限界だ。それも近くに人がいないと難しい。

それ以上近くにいたら、俺はこの砂糖菓子を食い荒らしちまう。

けど、そんな俺の態度に、リリィが悲しそうな顔をしていたのもわかっていた。どうしたら、うまくリリィに伝えられるんだろう。

少しでもリリィに喜んでほしくて、リリィと一緒に住む家は、リリィ好みにそろえようと頑張って準備した。家のメンテナンスからはじめて、屋根や窓の修繕をして、色のはげかけたところにペンキを塗って。ペンキの色は、リリィが憧れを口にしていたものを選ぶ。あとは家具をそろえて、配置して。そんなに支度金があるわけじゃなかったから、作れるものは自分で作ろうと、街まで家具づくりを習いにいったこともある。

この家はそんなに広くなくて、玄関を入ってすぐに居間があり、その部屋の隅に台所が設置されている。それと寝室がひとつあり、あとは納屋と水回りがあるくらいだ。

それをどこもすぐに使えるように、リリィの好みになるように、整えていく。早くこの家でリリィと一緒に暮らしたい。

16歳になったらすぐに結婚式をあげられるように俺は準備を進めていたけど、リリィはあまり結婚式に乗り気じゃなかった。

花嫁支度が終わらないといわれて、16歳を迎えたというのに、結婚式の日取りがなかなか決まらない。

時期尚早だと思っているのか。2年待つことも限界だったのに、まだ駄目なのか。

それとも、もしやまさか。俺と結婚するのが嫌なのか。

リリィはいつも、俺との結婚を祝福されるとき、困ったような笑顔を浮かべる。最近は、俺に話しかけてきてくれる回数も減ってきた。

それでも結婚したら、リリィのそばにいられるのだから。

 俺は、リリィが俺との結婚を嫌がっているという考えたくもない結論に目をつぶり、番であることを理由に、そのまま結婚式を推し進めた。

 それが、何をもたらすかも知らずに。


***


 リリィの家のおばさんに頼み込んで花嫁支度を早めてもらったのは、リリィには秘密だった。

 「ベール作戦、失敗した……」とリリィがぼやいていたのをうっかり聞いてしまったけど、どういう意味だったんだろう。

 そうしてようやく迎えた結婚式。花嫁姿のリリィは、とても綺麗だった。

 初夏の日差しを浴びて、きらきらと輝く銀色の髪。澄んだ湖のような神秘的な水色の瞳。

 淡雪のような白い肌が、真っ白のドレスに映える。

 あぁ、ようやくリリィと本当の意味で番になれる。

 たくさんの祝福に包まれて俺は幸せいっぱいだったが、どこか浮かない顔をしているリリィの様子が気になった。

 やはり、今夜のことで緊張しているのだろうか。

ちらちらとリリィの様子をうかがっているうちに、結婚式と宴が終わる。

この後は、男衆だけで初夜の心得なるものを伝授するという名目の宴があって、その間に花嫁は初夜の支度をすることになっているが、俺の心はもうすでに初夜に飛んでいた。

初夜の心得なんてそんなものは本当にただの名目で、実際はさんざんからかわれるだけだ。そんな宴はすっぽかして、支度なんていらないから一刻も早くリリィと二人きりになりたい。

その一心で、早々に男衆の宴を抜け出した。だいたいが結婚式の後の宴でさんざん飲んでるから、主役がいなくなったところで、適当に盛り上がっている。

二、三の引き留める声をおざなりに振り払って、俺は新居となる家に向かった。

そこでリリィが支度をして待っているはず。逸る気持ちを抑えつつ、俺はこれまでで一番必死に駆け出した。早く、少しでも早くリリィを抱きしめたい。

新居の玄関ドアを開けるときには、緊張で心臓の音しか聞こえなくなっていた。リリィはきっと、寝室で待っているはず。……はずだったのだが。

跳ねる心臓を押さえつけて、焦りつつ向かった寝室には、まだドレスのまま立ちすくんでいるリリィがいた。

おい、待て。まさか、まだなにも支度をしてないのか? そりゃ、俺も早々に宴を引き上げてきた気はするが、それでもリリィが家に向かってから相当の時間が経っている。

リリィは俺が家に入ってきたことも気づいてないようで、部屋の中で身動きもしない。

 俺が声をかければ、はじかれたように後ろを向いて、ようやく俺を見た。

「ジェス、宴は…」

「もう終わったよ。おまえ、一体どれだけ時間が経っているのだと思っているんだ」

 おろおろとしているリリィの様子に、ようやくリリィが今夜おこることを知らない可能性に気が付いた。もしや、俺と一緒に暮らすことに緊張していたのか。

「なぁ、おまえさ。もしかして、まさか……知らないのか」

「知らないって、なんのこと」

「つまり、結婚式の夜に、その、花嫁と花婿が何をするのか」

 どこまで具体的に説明したらいいか、俺が悩んでいれば、リリィがおずおずと上目遣いで聞いてきた。……くそぅ、可愛い。

「……するの?」

「しないのか!?」

 なんだよ、わかってるのかよ! そんな顔しといて、それでなんでやらないなんて選択肢があるんだ!?

「なんでだ、この家が気に入らなかったのか。絨毯もカーテンも、食器戸棚もテーブルも、全部リリィが憧れを口にしていたものだろう」

 なんでダメなんだ、この新居が気に入らなかったからか。どうしたら許してもらえるのか、俺は必至になって考える。だけど、リリィは別のことが気になっているようだった。

「どうして知っているの」

「そんなもの、生まれたときから一緒にいて、おまえから何回聞かされたと思っているんだ」

「だって、ジェスはずっとどうでも良さそうだったわ。私が何度相談しても、ばかばかしいって」

「だってそうだろう、おまえの望みのとおりにするのが俺の望みなのに。家具がどんな形で、何色だって、俺はおまえが喜んでいればそれでいいんだから」

「そうは言わなかったわ」

「……どうして、そんな恥ずかしいことを、あいつらの前で言わなければいけないんだ」

 たしかに、照れくさくてぶっきらぼうな対応をしていた覚えはある。それでも、番には優しいんだなとか、声が甘いとか、散々冷やかされた。

 けれど、リリィにはそんなことわからなかったかもしれない。黙り込んでしまったリリィの様子をうかがいながら、どうにか状況を打開したくて声をかける。

「もう、いいか」

「え?」

「支度がしたいか」

「ジェスがなにをいいたいのか、わからないんだけど」

「だから、初夜の準備だ」

 すでに俺の身体は、リリィのむせかえるような匂いに包まれて、準備ができてしまっている。ぞわぞわと腰から衝動が昇ってきていて、もう耐えられそうにない。

 そもそも今日が結婚式で、今夜が初夜で、それを限界リミットとして理性をなんとか保たせていたんだ。もう無理だろ。

「リリィ、考えごとも結構だが、もうそろそろ俺の理性が切れる」

「ジェス、だからその、」

「ここは寝室で、お前は花嫁だ。初夜のための衣服もあると聞いているが、そのドレスもベールも十分きれいだ。どのみち脱ぐんだから、同じだろう」

「えっと、ジェス」

「もう待てない。諦めろ」

 まだリリィの心の準備ができていないのはなんとなくわかったが、焦る気持ちが抑えきれない。

 リリィを抱き上げて、すぐそばにある寝台にそっとおろす。上から覆いかぶされば、リリィはもうどこにも逃げられない。

 そのまま無理やりはじめようとしたが、リリィの抵抗は強かった。

「どうしていきなり、こんなふうになるの」って、今日が結婚式で、ようやくリリィに触れることが許されたからだ。当り前じゃないか。

 リリィの抵抗の意味がわからない。リリィはずっと俺の番で、リリィのことを嫌がったことなんて一度もない。

 物心つく前からの幼馴染で、ずっと大切な女の子だ。

 リリィが番でよかったと思ったことはあるが、リリィが番であることを嫌がるわけがないのに。


「私の姿を見れば逃げて、話しかえれば疎ましそうにして。私のことは一度だって褒めたことなんかないくせに、私のことなんてちっとも好きじゃないのに!

番だからって、結婚なんてしなければよかった!」


 そう泣きそうな顔で言われて。

 さすがの俺の興奮も、しゅるしゅると冷めていった。

『結婚しなければよかった』。

 花嫁から初夜に言われるセリフとしては、最低最悪の部類だろう。

 いまさら後悔しても遅い。いつから俺は、リリィに嫌われてたんだ。

 逃げてたわけじゃない。疎ましくなんか思ってない。面と向かって褒めたことはないかもしれないけど、いつだって可愛く思ってる。

 だけど、これまでの俺の態度でリリィが誤解しても仕方ないことなのも、俺にはわかっていた。

 男性側こちらの事情をどこまで話してもいいのかと思いながら、どうかわかってほしいと願う。このまま嫌われたままなのは、嫌だ。リリィを失うのは、もっと嫌だ。

 ただ、話しているうちに、リリィがまるで初夜についてわかっていないことに気づいて、頭を抱えた。そこがわからないなら、俺の態度の理由も全然わからないのも仕方ないのか。

 ……もしかして、嫌われていないのか?

 嬉しいような、困るような、複雑な気持ち。

 リリィが一生懸命つんけんしながらも、戸惑うように俺を見上げる。

 本当に可愛いから、やめてくれ。これ以上俺の理性を試さないでくれ。リリィの可愛さに、もうやってしまった方が話が早いんじゃないかと思わず手を出してしまった。それでもリリィはまっすぐに俺を見つめて抵抗する。

 その強い瞳に、俺は仕方なく折れた。

 リリィを閉じ込めた腕をベッドから引き離すのは一苦労だったが、このままでいいわけがない。リリィの甘い香りに煽られた興奮は、仕方がないから自分で片づけるほかなかった。


***


 初夜で、お互いの誤解が解けたのは、僥倖だった。

 そうでなければ俺とリリィは、お互いに相手は自分が好きじゃないという、最悪の誤解を抱えたまま離ればなれになるところだった。

 初夜のベッドで我慢できた自分を、俺は褒めたい。あのまま無理やり襲っていたら、きっとリリィには本気で嫌われていたと思う。

ただ、あの後でリリィには、ジェスは口が悪すぎるとお叱りを受けた。それが大いなる誤解のもとだったのだと。14歳になるまでも軽口でリリィをからかうことがあったから、それくらい平気だと思っていたのだが、そうではなかったらしい。

「ジェス、おかえりなさい」

「ただいま、リリィ。今日はちゃんと家にいたか?」

 夕方、狩りを終えてまっすぐ家に帰れば、リリィが柔らかな笑顔で迎えてくれる。

 抱きしめて、額と頬にキスを落としながら聞けば、「今日もミーシャの家でレース編みをしてたわよ」とあっさり言われた。

 家から出ないでほしいという俺の希望は、リリィからすればあり得ないものらしい。

「レース編み、家でやってたらダメなのか」

 俺の腕から逃げようとするリリィに、腕の力をこめつつ聞くと、抵抗することをあきらめたリリィがため息をつく。

「一緒に街に卸すんだから、同じものになるよう、他の人と作業する必要があるんだって何回説明させるの。日が暮れる前に家に戻っているのだから、危ないことなんてないわ。

 ほら、お夕飯にしましょ」

 そういって笑うリリィをみて、俺はようやく腕をほどいた。

俺のわがままに付き合って、リリィがなるべく家にいてくれていることも知っている。もっと自由に過ごさせてあげたいと思うのに、束縛したくて仕方がない。

いつか、この衝動が収まるのかな。番の本能というやつに振り回されている気がしないでもないが、俺はリリィが笑っていられればそれでいい。本当に愛想をつかされる前に、このわがままをどうにかしないとな、なんて思いながら、夕飯の席についた。


 神様が決めたかどうかなんて、本当はどうでもいい。

 ただ俺の番は、リリィだったというだけ。



Fin


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