王子様だって人間です
王子から昼食に招かれ、迎えの馬車に乗り込んだ私。
馬車に入るとまさか私を招いた張本人がいるなんて…まったく予想外の出来事だ!!
「リ、リアム様!まさか私を迎えに…?」
「……」
相変わらずの無反応、王子は私の手を離すと頬杖をついて外を眺めている。私から何か尋ねても返事を返してくれることはあまりない。でもそれは私だけではなく、他者に対してもみんな同じような態度を取る。あまりの無反応さに王子は笑ったことがないという噂さえ流れるほど。
(なんか言え~~!!)
心の中で拳を握り顔は笑顔を作る。
「今日はいい天気ですわね」
「……」
「まぁ、リアム様。今の鳥をご覧になりまして?とても綺麗ですわ」
「……」
「こんなに早くリアム様にお会いできるなんて、夢のようですわ」
「……」
「……」
「……」
(気まずい!!!!)
私は小さく息を吐いてリアム様と同じように外を眺めた。この方は一体何を眺めているんだろう。
馬車に揺られ、外を眺めていると…
「マギー」
声をかけられた。リアム様は外に視線を残したまま、私の名前を呼んでいる。
「はい?」
「…婚約者候補ができた…君のほかにもう一人」
「え?」
リアム様のお言葉に耳を疑う。婚約者候補…とおっしゃったの?
「候補…ですか」
「うん」
「まぁ…」
体の震えが止まらない、抑え込むように自分の体を抱きしめる。
「…マギー」
私に差し伸べられたリアム様の手をガシッと私は掴んだ。
「まぁまぁまぁ!どこのどなたなんですの!リアム様は私の婚約者なのですよ!?婚約者は一人だけで充分ですわ!リアム様は絶対!どなたにも!渡しませんことよ!」
やっときた!やっときた!
リアム様と婚約をしてこの10年間、私は悪役令嬢になるべくたくさんの試練を乗り越えてきたのよ!
嫌なこともたくさん我慢してきた、ようやくこの成果を試す時が来たんだわ!
もうメイドに水をかける訓練も使用人を転ばす訓練もしなくて済むのね!
これで心置きなくメイド達と楽しく過ごしても怒られないんだわー!
どこのどなたか知らないけどリアム様と婚約してくれてありがとう!!!
「…なんだか嬉しそうだねマギー」
リアム様の声に私は我に返る。リアム様の手を握りしめ、私は身を乗り出していた。あまりのはしたなさに流石の私も恥ずかしくなり、慌ててリアム様の手を離した。
「ももも申し訳ございません!私ったら!」
乱れたスカートを直し、行儀よく座りなおす。
「怒るのかと思ったよ、女性はヒステリーを起こす生き物と聞いたから」
今さらっと酷いことをおっしゃいました?
「何をおっしゃいますの、私怒ってますわよ」
「そのわりには目が楽しそうに輝いているよ」
しまった、喜びが隠しきれていない。私は両手で目を覆い隠した。
「これでいかがです?」
「口が笑ってるよ」
リアム様はそう言って私の口を手で覆った。びっくりした私は目を覆っていた手をどけると、リアム様と目が合った。
「変なマギー」
リアム王子は楽しそうに目を細めていた。でもすぐに表情を戻し、私の口から手を退ける。リアム様の視線は馬車の外へ戻り、再び馬車の中に沈黙が流れた。
笑わない王子の笑顔を初めて見た。なんだ、リアム様も笑うのね。
先ほどまでの嫌な沈黙が嘘のように、居心地がよかった。
(婚約者候補…ということはまだ正式決定じゃないのかもしれない。私とリアム様は正式な婚約者だけど、候補は多いに越したことがない。まぁどんなご令嬢が来ても私は苛め抜いて見せますけども。でも…)
時々、思うことがある。
人の恋路を邪魔して恨まれて、それを仕事にするなんて…どうなんだろう。
お母様はお父様と結ばれる前、どんな方の婚約者だったのかしら
そしてお母様はその方の事を、本当に愛さなかったの?
お父様との結婚は本当の愛からなの?
お母様は…幸せだったのかしら…
「お母様…」
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「…マギー?」
静かな婚約者に呼びかけると、彼女は返事をする代わりに小さく寝息を立てていた。先ほどまでの喧騒が嘘のように、マギーは眠っている。
婚約者なんて正直どうでもよかった、煩わしいと思ったし、結婚なんてどうでもいい。
初めてマギーを見たあの日も、何も思うことはなかった。
自分と同じように親に言われ勝手に決められた婚約だ、同情はすれど愛情なんてものはない。
だが自分に取り入ろうとする侯爵や令嬢など山ほどいる、婚約者がいると言えばうるさい蠅も少しくらいは追い払うことが出来るし、利用価値はある。
王である父から新しく婚約者候補がいると言われた時、嫌気がさした。きっとこの事をマギーに伝えれば癇癪を起すかもしれないと思っていたから。自分が迎えに行けば少しはマシになるかと思っていたが。
迎えに行ってもマギーは嬉しい笑顔の一つも見せない。そう言えば今までもそうだ、取り繕った笑顔はすぐ分かる、マギーは王子である自分と居ても嬉しくないのだ。
(何故?)
婚約者候補が出来たと伝えた瞬間、マギーは俯いた。何故だか分からないけど、彼女の反応が知りたくて無意識に手を伸ばしてしまった。泣いているのだろうか...しかし彼女は嬉しそうな笑顔を見せた。それどころか喜びの表情を隠すように無駄な努力もしている。
「変なマギー」
彼女の様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。マギーはびっくりした様子だった。
こんなに他人と会話をしたのは久しぶりだ、つまらない話ばかりで退屈だから。
もう少し、この婚約者と話をしてもいいかもしれない。
こんな退屈な暮らしに何か変化が欲しい、ただそれだけなんだ。
眠るマギーの隣りに移動し、彼女にもたれかかる。マギーの寝息を聞きながら、そのまま目を瞑った。