難しい話は苦手です
「はぁ…」
今日は朝からメイド達がバタバタしている。
それもそのはず、私の婚約者が突然使いを寄こし、『昼食を共に』と言ってきたのだ。
今日は午後から知識学の授業があったのだが、王子からの招待となれば話は別だ。
いそいそと私の身支度を整えるメイド達の姿を私はボーっと眺めていた。
初めて王子にお目にかかったのは私が6歳の時。
お父様に連れていかれ、訳も分からず王様の目の前に立たされた。
王様は私を品定めするようにジロジロ見た後、にやりと笑ったのを今でも覚えている。
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『陛下、我が娘マギーにてございます』
『ほう…』
恭しく頭を下げるお父様の姿を見て、私も挨拶をした。玉座に座る姿はまさに王の威厳。
緊張で足が震えそうだったけど、私は何とか耐えぬいた。
私の大好きなお父様に恥なんて絶対にかかせてはダメ、私はお父様の娘なのだから。
『マギー、顔をよく見せなさい』
陛下の声に私は顔を上げる。
金色の長い長髪が輝き、切れ長で深く青みがかった瞳に私は息を飲んだ。
心臓を掴まれたような感覚さえする、陛下から目をそらすことが出来ない。
そして陛下はしばらく私を見た後に『リアム』と呼んだ。
その名前に聞き覚えがあるような気がしたが私はそれどころではなかった。
『父上』
男の子が陛下の隣りに立った、きっと私とそんなに年は離れていないかもしれない。
王家の血が流れている証明となる金髪と青い瞳。
(綺麗…)
どことなく陛下に似ているその男の子はただ黙って私を見下ろしている。
『マギー、今日からお前は我が息子リアムの婚約者だ』
陛下の言葉を聞いたお父様は、片膝をついて深く頭を下げた。
『ありがたきお言葉頂戴いたします。さぁ、マギーも陛下に感謝を』
『あ…ありがとうございます…』
お父様に言われるがまま頭を下げて、私たちは謁見の間を後にする。
部屋から出る直前に私は少しだけ振り返った。リアム王子はジッと私を見つめたまま。
(彼は何を考えているのかしら…)
扉が閉まるまで、私はリアム王子から目が離すことが出来なかった。
帰りの馬車の中、私は疑問に思っていたことを口にする。
『ねぇお父様。婚約者ってなぁに?お友達ってこと?』
お父様は優しく微笑む。私が何か質問をすると、必ずお父様は嬉しそうに笑うの。
『婚約者というのはね、結婚を約束した二人という意味だよ』
『結婚?』
向かい合って座っていた私は、ひょっとお父様に抱きかかえられて膝に座った。
頭を優しく撫でられて私は目を瞑る。
『僕の可愛いマギー、まだ君には早かったかな。でも大丈夫。君は王子と結婚しないよ…だって君は…』
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「…様、お嬢様!」
アマンダの声に飛び起きる。いつの間にか眠ってしまったみたい。
アマンダの後ろではメイド達が息を切らして立っていた。
「身支度中に寝るなんてはしたないですわよ!何度起こしても目を覚ましてくださらないのでそのまま身支度を整えさせました」
「もしかして私、立って寝てた?」
「えぇもうぐっすりと」
アマンダに促されて椅子に座る。アマンダは忙しい両親の代わりに私の面倒を昔から見てくれていた。
厳しいけど優しくて私の大好きなお友達…こんなこと言うと『メイドとは友達にはなれません』なんて怒られそうだけど。
でも私がアマンダに甘えるとアマンダは顔がにやけているのを私は知ってるの。
いつか身分なんて関係なく、たくさんの人とお友達になりたいと言っても怒られない世界がくるのだろうか…私に出来ることはまだ他にもいろいろ……
「くかーーー」
「お嬢様!」
「ハッ!いけない私また眠ってしまった!?」
「はぁ…お嬢様は難しいことを考えるとする寝てしまう癖があるんですからお気をつけて」
この癖は昔から治らない。授業も寝ながら聞いてしまって何度怒られたことか…
「ところで王子は私に何の用なのかしら、何か聞いてない?」
話題をそらすように、私はアマンダに問いかける。婚約者と言えど相手は次期王と噂されている第一王子だ、多忙の彼と定期的に会うなど難しい。それに王子とはつい最近食事をしたばかりだというのに何故…
「いいえ、何も。王子がお嬢様に会いたがっているのではないでしょうか」
「あははは、それはないわよ。私嫌われているもの」
「お嬢様が?何故そう思われるのですか?」
私の髪に梳かしながら不思議そうに尋ねるアマンダ。
「だって食事中も楽しく談笑したことなんて一度もないし、それ以外で話しかけてもあまりお返事を返してくださらないんですもの。これは間違いなく嫌われているわね」
「まぁ…」
「でも好都合だわ」
「なぜです?」
立ち上がり、くるりと回ってアマンダへ振り返る。
「私はマギー・レイモンド。お母様もおばあ様も曾おばあ様もみんなみんな悪役令嬢の家系なのよ。別に王子に嫌われようが令嬢に嫌われようが全然構わないもの!婚約破棄されたからってレイモンド家が没落するわけではないし、何も痛いことはないわ!おーっほっほっほ!」
高らかに笑うとメイド達はキラキラと輝いた眼差しで私を見つめ、アマンダは誇らしげに頷いた。
「今のお嬢様のお顔は完璧な悪役顔でございましたわ!流石お嬢様!」
「ふん、当然よ。私、頭で考えるより体が先に動くタイプなんだから」
手鏡を手に取り、自分の顔をじっと見つめる。
自分で言うのはなんだけど、私の顔は整っている方だと思う。この顔で微笑めばそこら辺の男性はいちころよ。リアム王子を除けばだけど。
リアム王子とはどうせ結ばれない形だけの婚約者。私は王子に気を使って笑ったことなんて一度もないの。それは向こうも同じ。親同士が勝手に決めた愛のない婚約に当然不満はあるはずだわ。
私が令嬢と王子の間を試すだけの偽りの婚約者だなんて王子は知らないはず。
それに結ばれないと分ってるのに万が一王子を好きになってしまったら大変だもの、だから私は王子にあまり会いたくない。
王子を好きじゃないうちに、早く他のご令嬢が現れてくれればいいけど…
「お嬢様、馬車が参りました」
執事の声に返事をして私は部屋を出た。
(私と食事をしたいのなら向こうが来ればいいのに)
なんて考えながら階段を降りて扉を開ける。もう何度目か分からない馬車に乗り込もうとすると、中から手が差し伸べられた。
(あら、先客かしら)
その手に掴まり、馬車に乗る。お礼を言おうと顔を上げた私は「ヒョッ」と変な声が出てしまった。
馬車にいた先客…それはリアム王子、その人だった。