悪役令嬢は仕事です
ごきげんよう、私の名前はマギー・レイモンド、ぴちぴちの16歳。
美しい私の前ではどんな花も霞んでしまい、男性も私のあまりの美しさに息を飲み、見惚れて恋焦がれる…
なーんて、こんな恥ずかしい自己紹介文、絶対言いたくないわ。
「お嬢様、手が止まっておりますわよ!」
ピシッと机を叩き、小言を言うのはメイド長のアマンダ。
メイド兼家庭教師であるアマンダはとても厳しく他のメイド達に恐れられている。
でも私はアマンダの弱点を知っているの、それは……
「うぅ…ごめんなさぁい」
私だ。
「なんだかお腹がすいてしまって…でもアマンダが一生懸命教えてくれているのに失礼よね…私ったら本当に最低だわ…」
肩を下げてしょんぼりとした表情で目を伏せる。
「…そ…そんな泣き落とし無駄ですわ…」
アマンダの声が震えているのを感じ、私はワッと両手で顔を覆った。
「しっかり冷たくしなくちゃいけないのに…!アマンダの事が大好きだから…私…私…」
ちらりと指の隙間からアマンダを見るとアマンダは泣きながらハンカチで鼻をかんでいた。
「分かりましたわ!少し休憩いたしましょう。休憩後はもっと厳しくやりますわよ!お嬢様は悪役令嬢としてのお役目をしっかり努めなくてはいけませんからね、甘えてばかりではいけません!今クッキーをお持ちいたしますから!」
アマンダはそう早口で言うと、部屋から出て行った。アマンダの言葉を聞きながら私は見えないように舌を出す。
「はーあ。やってらんないわ」
ため息を吐いて大きく伸びをした。
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代々続く悪役令嬢の家系に生まれた私。お母様もおばあ様も曾おばあ様も曾曾おばあ様も、みんなみんな悪役令嬢だったと聞いた。悪役令嬢の役目はただ一つ。王子様と婚約し、王子様が見初めた他の令嬢を苛め抜くというもの。
そんな馬鹿な役目あると思う?ところがどっこい、あるのよね。
これは王子様が直接関係しているわけではなく、王子様のお父様…つまり王様のご依頼なのだ。
王家に嫁ぐならばどんな困難に打ち勝つ強い精神力と忍耐力、そして王子様が恋人である令嬢を守ろうとする強い意志と深い愛情が試される。
私たちが王子様と令嬢の中を引き裂こうとするのは嫉妬ではなくれっきとしたお仕事。
立派な悪役令嬢になるべく、私は小さいころからずっと英才教育を受けてきた。
時には人形に向かって水をかけたり、時には足をサッと出して転ばせる練習をしたり。
一番難しかったのは練習相手であるメイド達に向かって酷い言葉を浴びせることだったわね。
だってメイド達は私のお友達でもあるんだもの、私は使用人のみんなが大好きだから一番苦労したわ。
「はー悪役令嬢も大変だわ、こんなのただの憎まれ役じゃないの。私は平和に生きたいのになぁ」
ポツリと呟き、私は重たい腰を上げて窓へ向かった。窓を開けて大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。外の空気は気持ちがいい。窓に頬杖をついてぼーっと景色を眺めていると、下から「おーい」と声をかけられた。
下を見るとそこにいたのは庭師のルイだった。
「あら!ルイじゃない、ご苦労様ー!」
「今日も勉強かぁ?お嬢様は大変なんだなー!」
距離があるので私とルイはお互い声を張って会話をする。
「なにかとやることが多いのよ、はっきり言ってめんどくさいわー!」
「はは、そんなこと言ってるとアマンダさんに叱られるぞー!」
「大丈夫よ、アマンダってば私の事大好きだからー!さっきも嘘泣きにひっかかったもの!」
ルイは笑いながら私に向かって指を差す。「なによ」と尋ねる前に、私は妙な気配を感じて後ろを振り返った。そこに鬼の形相で立っているアマンダがいた。
「あ、あら…あらあら…おほほほほ」
慌てて窓を閉めて笑ってごまかしながら私は席に着いた。ペンを持ってノートに書きこむ振りをする。
本の内容をちっとも頭に入らない。
アマンダは机にクッキーと紅茶を置いた。
「お嬢様、嘘泣きをしていたのです?」
静かに問いただすアマンダ。これは…間違いなく怒っているわね…もう嘘泣きは通用しないと思った私は今度こそ本当に肩を落とした。
「素晴らしいですわ!」
「へ?」
アマンダの嬉しそうな声に拍子抜けをしてしまった。
「さすがマギーお嬢様!見事な嘘泣きに騙されました!悪役令嬢たるもの人を欺くことは最も大事なことなのです!」
アマンダは「さっそく旦那様にご報告せねばなりませんわ!」と嬉しそうにはしゃいでいる。
これが使用人たちに恐れられているメイド長アマンダの本来の姿なのよね…
アマンダが持ってきてくれたクッキーを食べて、私はもう一度息を吐いた。