女の子の日から始まる異種間恋愛
私の母には夢があった。
それは、海外からの留学生を家でもてなすというもの。
いわゆる、ホストファミリーというやつだ。
元々は母が若い頃、留学先で親切な一家にお世話になったことが発端らしい。
父も理解がある人だったし、私自身もいい経験になると思っていたので、特に何の障害もなくホストファミリーの登録が決まった。
それからしばらくして、ホストファミリーの登録をした団体との綿密なやりとりの後、母の念願叶って我が家に留学生が来ることに決まった。
私の通っている高校が留学生の受け入れをしていたこと、そしてその留学生が私と同い年でかつ同性であることから我が家に白羽の矢が立ったそうだ。
ホームステイが決まった日から母はルンルン気分で、父も心なしかソワソワしている。
かく言う私も、少しばかり楽しみで浮き足立っているのだろう。
異文化交流、いい響きじゃないか。
そして、遂にその日。
私たち一家は、来たる留学生の迎え入れの為に空港に来ていた。
「さっき到着した便に乗っていたはずだわ! まだかしら〜待ち遠しいわ〜!」
「お母さん落ち着いて! 人がいっぱいいて恥ずかしいから!」
「そんなこと言って〜、聡美も楽しみにしてたんでしょう? 昨日も全然眠れてなかったじゃない〜」
「なっ、なんで知ってるの!?」
母とそんな他愛もない話をしていたその時、普段寡黙な父が口を開いた。
「……母さん、聡美、来たぞ」
現れたのは、大きなキャリーケースを引いた一人の女の子。
「赤川さん、ですよね。メアリー・ブライトウェルです。今日からお世話になります、よろしくお願いします」
メアリーと名乗ったその女の子こそ、今日から私たち、赤川一家にホームステイする留学生。
雪のように透き通った肌に、腰ほどまで伸びた長いブロンドの髪と赤い瞳。そして、お人形さんのような整った顔立ち。
一目で日本人ではないと分かるような特有の雰囲気を放っている。
先んじて写真だけは見ていたのだが、やはり実際に目にして改めて実感する。
見惚れてしまうほど美人だ。
ニコッと笑ったその笑顔も、八重歯が目立ってとてもかわいらしい。
「あらあら〜! よろしくね〜! 日本にいる間は、私のことは本当のお母さんだと思っていいのよ〜!」
母の興奮が最高潮に達している。
長年の夢が叶ったのだから仕方ないのだろうか。
……握手した手をブンブンと振り回しているのは、困惑しているからやめてあげてほしいところだが。
……おっと、次は私の番だ。
「私、聡美! よろしくね、メアリー!」
「……! よろしく、サトミ」
がっちりと握手を交わす。
……なんだか不自然な間があったけど、気のせいかな……?
そして最後に、父が握手を交わす。
「よろしく。キャリーケース、重いだろう? 持つよ」
「ありがとうございます……あー、なんと呼べば……」
「……そうか……確かこういう時、ファーストネームで呼び合うのが一般的なんだったか……? なぁ母さん?」
「そうよ〜! でもね……、もしよかったら、私のことは、お母さんって呼んでくれる?」
「えっと……わかりました、マム。それと、荷物を持ってくださって、ありがとうございます、ダディ」
「キャー! マムですって!! あなたはダディって!」
「……あぁ、娘が一人増えたようだな」
父が照れきっている。
うちは一人っ子なので、娘が一人増えた様なものなのが感慨深いんだろう。
かく言う私も、姉妹ができたようでとてもワクワクしている。
「さぁさ、立ち話もなんだし、さっそく我が家に向かいましょう!」
母の宣言に合わせて、私たちは駐車場に向かって歩きだした。
空港の外に出ると感じる照りつける陽気は、まるでメアリーを暖かく迎えているようだった。
……当のメアリーは、日傘で必死に抗っていたのだが。
「それにしても、日本語、とっても上手ね〜!」
「はい。頑張って、勉強してきたので」
「英語で喋った方がいいかと覚悟はしていたけれど、必要なさそうだな」
「お気遣いありがとうございます。でも、日本語を勉強しに来ているので、なるべく日本語がいいです」
「よかった〜! 私、外国語なんて全然喋れないから、どうしようかと思ってたんだよ!」
「ふふっ、ちょっとでいいなら英語も教えるよ?」
「いいの!?」
「その代わり、日本語教えてね、サトミ」
「教える余地、無さそうなんだけど……」
かなり流暢な日本語を話せることもあって、メアリーは早速私たちに馴染んでいた。
車に乗ってからも、好きな食べ物や行ってみたい場所など聞きたいことが山ほどあり、ずっと話し込んでいたのだから、家に着くのもあっという間だった。
◇◇◇◇◇
「ようこそ赤川家へ! 今日からここがあなたのお家よ〜!」
そんなわけで、私たちは家に辿り着いた。
「えっと、お邪魔します」
「違う違う、今日からここで暮らすんだから、ただいま、でいいんだよ」
「えっ、えっと……ただいま」
「はい、おかえり!」
今日から母と父と私と、メアリーとの四人での生活が始まるのだ。
「さて、と! それじゃあお母さんとお父さんは、お夕飯のお買い物に行ってくるわね〜!」
今日の晩ご飯はメアリーの食べたいものを聞いて食べに行くつもりだったのだが、普段食べているような家庭料理がいいとのことだったので、母と父が足りない食材を買いに行くことになった。
そんなわけで、残された私はメアリーに家の説明をしているのだった。
「ここがリビングで、こっちの奥が洗面所兼脱衣所、さらに奥がお風呂。で、ここがトイレで、こっちが洋室。私たちの部屋は二階だよ!」
「広いお家だね」
「んー、まあ一応一軒家だからね〜……もう一回間取りの説明した方がいい?」
「ううん、大丈夫。だいたいわかったから」
「そっか、じゃあ次は二階を案内するね!」
そして、階段を上がる。
……下から着いてきているメアリーが苦しそうにしているけど、どうしてだろう? 体弱いのかな……
「メアリー、大丈夫?」
「へっ!? う、うん、なんでもないよ!」
……本人がなんでもないって言うのなら、大丈夫かな……一応心配はしておこう。
「で、二階が〜……ここがお父さんとお母さんの寝室で、こっちが物置。あれが二階のトイレで、ここが私たちの部屋!」
「サトミと私、同じ部屋?」
「えっ、ひょっとして嫌だった?」
「ううん、違うの。嬉しくて」
「そっか〜! よかった〜」
その時、下腹部に形容できない嫌悪感が走った。
……これはちょっと、まずいことになってるかも。
「……あー……その、申し訳ないんだけど、私ちょっとトイレに行ってくるから、先に部屋に入っててもらえる……? あっ、荷解きとかしてて!」
「……うん、わかった」
そうして、メアリーを廊下において、私はトイレの扉を閉めた。
◇◇◇◇◇
「うぅ……こんな日に限って重たいんだから……」
……そう、今日は、その日であった。
あまり大きな声では言えないが、いわゆる、女の子の日、というやつだ。
なぜ今日に限って? とも思うものだが、それはいつも突然私の都合など考えずにやってくるのだから、割り切るしかない。
「うえぇ……変な匂いとかしてなかったよね……?」
やはり、何度見ても慣れはしないものだ。
私から出た血で、ナプキンは真っ赤に染まっていた。
ショーツに血が付いていないことを確認して、ひとまずは安心する。
そしてそれを丸め、備え付けてあるサニタリーボックスに捨てる。
昨日の大掃除に際して中身は捨ててあったので、私のナプキンだけがポツンと置かれた状態になった。
「メアリーを待たせてるし、早く済ませなきゃ……」
メアリーも女の子なのでこの苦しみは分かってくれると思うが、それでも待たせているのは心苦しい。
特にさっきは苦しそうにしていた。部屋で倒れでもしていたらどうしよう……
そう考えていた矢先のこと。
トイレのドアが、ガチャリと音を立てた。
やばい、ドアの鍵かけ忘れた!?
今入ってるよお母さ……違う、お母さんは今買い物に行ってる……と、いうことは、ドアを開けたのって……!
そう。
案の定、トイレに入ってきたのは、息を荒くしたメアリーだった。
「ちょっ……! メアリー!? トイレなら一階にもあるから! えっ!? 日本はトイレは一人用だから!!」
我ながらパニックで何を言っているのかわからない。
だが、ハァハァと口で息をするメアリーは聞いていない様子でこう呟く。
「濃い……濃い血の匂いがする……」
濃い血の匂いって……そりゃあ現在進行形で私の体から出ているんだからそうだろうけど!
「お願いだから出てってメアリー!!」
そんな私の叫びも何処吹く風、メアリーはサニタリーボックスに手をかける。
「待って……! その中には私の使用済み……!!」
メアリーはその、血がべっとりと付着したナプキンを開くと……
顔を押し付けた。
「ーーーーーー!?」
理解が出来なかった。
まさかそんな、今日会ったばかりの金髪美少女が、私の汚い部分に当てていた物を顔につけるだなんて、誰が予想できようか。
そして、私のナプキンから顔を離した、当のメアリーはというと……
恍惚とした表情を浮かべていた。
力の抜けた、だらけきった顔。
目はトロンとしていて、口もだらしなく開いている。
それが何故か、目が離せないほど美しかった。
一体、どうして。
どうして私の経血を顔に当てて、そんな顔をしているのか。
そもそも、どうして私は今、下半身に何もつけていない状態でメアリーと対峙しているのか。
何一つ分からない。
何一つ理解ができない。
下腹部に響く痛みの中、パニックを極めた私は……
「…………きゅう……」
意識を手放した。
これは後で聞いた話だが、人間というのは、強いストレスを感じると気を失うようにできているのだとか。
激しい痛みを感じた、だから気絶する。お化けを見て怖い、だから気絶する。……といったように。
一説によれば、脳がそれ以上のストレスを感じないように情報を遮断しているのだという噂もあるが……実際のところどうなのかは詳しくは知らない。
私が気を失ったのも、つまりはそういう事だ。
理解できないことが目の前で起こって正気を保てなくなってしまったから、脳が私を守ってくれたのだ。
……逆に、それ故に守れなかったものもあったのだけれど。
◇◇◇◇◇
目を覚ませば、よく知っている天井……自分の部屋の天井が見えた。
あれ……私、どうして……
「あ、サトミ、起きた?」
そう声をかけてきたのは、メアリー……メアリー!?
「ひぇっ!? メアリー!?」
反射的に距離をとった。
断片的に記憶がよみがえってくる。
そうだ、確かあの時、気を失って……あれは、夢……?
……いや、そんなはずはない。確かにこの目で見たはずだ。
私の生理用品に顔を填めて恍惚とするメアリーを。
……どうしてあんな行為に走ったのか、ちゃんとメアリーに聞こう。
そう思ったとき、先にメアリーが口を開いた。
「ごめんなさい……ちょっと、取り乱しちゃった」
……取り乱す、という言葉だけじゃ説明つかないと思うんだけど……
「その……メアリー? 怒ってないから、何であんなことしたのか、教えてくれない……?」
そう切り出すと、少し悩んだ後で、何かを決意したようにメアリーは口を開いた。
「笑わないで聞いてね。私はブラッドサッカー……日本語で言えば、吸血鬼……っていう感じかな」
「吸血鬼……ってあの、物語によく出てくる、血を吸うってやつ……?」
「そう、それで合ってる」
「日光とか十字架がダメって言う、あの……?」
「それで合ってるよ」
吸血鬼。
そう聞いた時、合点がいってしまった。
「えーと、つまり、メアリーは実は吸血鬼で、私の血を飲もうとしてトイレに入ってきた、ってことでいい……?」
「……そう、です……血の匂いで、我慢できませんでした……」
パニック再び。
意識を手放しそうになるのを、辛うじてこらえる。
「……ちょっと待って……落ち着く時間をちょうだい……?」
そもそも、吸血鬼というのが本当に存在しているのか。
その時点で疑問である。
いや……吸血鬼というのは方便で、ただ血の味が好きな人……とかは?
……だとしても、私のナプキンに顔を当てるだなんて、そんなこと……
……だめだ、あの時の、蕩けきったメアリーの顔が脳裏から離れない。
「その……私の血、美味しかった……?」
うわぁあ!?
私ってば何聞いてるの!?
「……うん、とっても!」
メアリーは、満面の笑みでそう答える。
その笑顔は、今まで見たどんな景色よりも綺麗だった。
……いや、何キュンとしてるの、私……
「それでね、サトミ、お願いがあるんだけど……」
どうにか落ち着こうとしていると、メアリーから呼びかけられた。
「お願い……?」
「その……もうちょっとだけ……血を貰えないかなって……」
「え゛っ!?」
吸血鬼を自称する美少女から血を求められるなど、明らかに正気の沙汰ではない。
しかし、私の気も知らずメアリーは畳み掛けてくる。
「ねぇ、お願い! もうちょっとだけ、血を飲ませて……! さっきから身体の疼きが止まらなくて……!」
一体何を言われているんだろうか。
頭おかしくなってしまいそうだ。
でも、きっともうその時には、私は魅せられてしまっていたんだろう。
そんな綺麗な顔で、綺麗な目で見つめられながらお願いなんてされたら……
「……ちょっとだけ、だからね……」
「ホント!? ありがとう!! じゃあ早速――」
「待って待って、ストーップ! 経血はダメ!!」
使ったあとのナプキンを顔に押し当てられるのなんて二度と見たくない。トラウマになる。
かと言って、血を飲むために直接私の恥部に顔を当てられるとしたら……とても全年齢対象とは言えなくなってしまうので……
「もっと何か別の方法でなら、いいよ……? あっでも、指を切るとか、そういう痛いのはなるべくやめてほしいな〜……なんて……」
「……じゃあ、上の服を脱いでくれる? あ、下着はつけたままでいいから」
「えっ」
いくら同性の前だからって、堂々と脱いで下着を見せるだなんてさすがに抵抗がある。
でも……いいよなんて言っちゃった以上、途中で辞めるなんてばつが悪い……
……えーい、ままよ!
意を決して服を脱ぎ捨てると、メアリーは私を真剣に見つめてくる。
「……綺麗な形してるね、サトミの胸」
「変なところばっかり見てると服着るよ!?」
「ごめんごめん! じゃあ、失礼して……」
……そっか。
大体の場合、吸血鬼って首筋から血を吸うんだっけ。
目を瞑る。
いくら何でも、身体を噛ませるというのは直視できない。
私の肩に、メアリーの細くて綺麗な指が置かれる。
そして首筋に歯が……
……突き立てられることはなく、実際に歯が突き立てられたのはもっと下……胸元だった。
「へっ!? そこ違っ、ぅあっ、あぁっ!」
きっと胸元に噛み付かれたのは、心臓に近い場所だから。
血が外に吸われていく感覚がする。
でもそれは決して不快なものじゃなくて、むしろ認めたくないほど気持ちのいいものだった。
メアリーの息と体温が伝わる。
メアリーはひんやりしていてくっついていると少し気持ちよくて、でも鼻息がだんだん荒くなっているのを感じる。
あぁ、私の血で、興奮してるんだ。
……それは、ちょっと嬉しいかな。
どれくらい経っただろうか、私にとっては永遠のような時が終わって、メアリーが顔を上げた。
「……ごちそうさま」
そう言って妖艶に微笑む彼女の顔は、私から全ての理性を奪い、私の情欲をどうしようもなくかき立てた。
「……好き、メアリー、好き……」
「……! ……私も好きだよ、サトミ!」
メアリーが、私の血を吸ったばかりのその口を、私の唇に近づける。
私は、ただそれを受け入れた。
とても深い、私にとっては初めての口付け。
柔らかいメアリーの唇からは、濃い血の味がした。
その時、階下から声が響いた。
「ただいま〜! 遅くなっちゃったわね〜! すぐにご飯の支度するから、ちょっと待っててね〜!」
それは買い物から帰ってきた母の声。
私とメアリーは、我に返って顔を見合わせる。
……どうしよう、すごく気まずい。
女の子に好きって言って、女の子とキスをして、それもトップスを脱いだ状態で……!
私、なんて大胆なことを……!
恥ずかしい……! 消えてなくなりたい……!
顔を抑えながら悶えていると、メアリーは小悪魔のように笑いながらこう語りかけてきた。
「二人だけの、秘密にしてね」
……それは、メアリーが吸血鬼だってこと?
それとも、私とメアリーが恋人になったっていうこと?
いや、きっとその両方だろう。
「……うん、もちろん、私たちだけの秘密だよ」
今日この時から、私たちは家族として、そして恋人として、同じ部屋で同じ時を過ごす。
「ねぇサトミ、いつか直接飲ませてね」
……それは、あんまり考えたくないけど……
◇◇◇◇◇
そんなわけでメアリーとそういう関係になってしまったわけだが、ひとつだけ気になっていることがあった。
「……その、メアリーさん、一応聞きたいんだけど……」
「どうしたの?」
「私、トイレで気を失った時、何も履いてなかったと思うの。でもベットで目覚めた時、しっかりズボンを履いてた。これって……」
「あぁ、良かれと思って、履かせておきました。ちゃんと血も拭いてあるから大丈夫!」
あぁ……やっぱり。
口ぶりからして経血を飲まれた訳では無さそうだが、それでも恥部を直視されていることには違いない。
「もうお嫁に行けない……」
「ふふっ、確かに、もうお嫁には行けないかもね」
「そんな、誰のせいだと……!」
私の言葉を遮るように、メアリーは私に抱きついてこう言い放った。
「どこにも行かせないから」
そう言ってメアリーは私の首筋を軽く噛む。
それがどうしようもなく愛おしくて。
……あぁ、やっぱり、私はどうしようもなく、彼女に魅せられてしまっているんだ。