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俺とやっくり  作者: クスクリ
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8話 志賀島

 志賀島!

 俺にとっては甘酸っぱい青春の香り漂う島。大学時代、待ちに待った夏がやって来ると、鳥巣の悪友たちとボロボロの初代セリカを飛ばして、いざ志賀島。

 あまりにもナンパ目的の車が多いため、夏場の志賀島は島の外周路が一方通行になる。当時ヒットした長谷川法世の「博多っ子純情」という漫画にも夏場の青春の志賀島が出てくる。俺ら、福岡市の近郊に住む田舎者にとって志賀島は眩しい夏の代名詞だった。真夏の真夜中、福岡市内を当てどもなく流して、歩いている女の子に片っ端から声を掛ける。上手いとこ車に乗ってくれたら目的地は志賀島!

 志賀島の外海側には海水浴に適した遠浅の浜があり、海の家が軒を連ねる。例え台風が接近した夜中でも浜辺に女の子の姿があった。俺ら鳥巣の田舎者には驚異の島だ。昼間なら尚更のこと。浜辺の女の子に声を掛ける勇気はないくせに、暇をもて余して茶店に屯っては鳥巣から志賀島へとせっせと車を走らせる。ビキニの女の子を眺めるだけで満足した。正に青春の志賀島!


 その志賀島が、四駆を手に入れたことに因って再び俺に深く関わってくるとは思わなかった。正確に言えば志賀島に続く奈多海岸のことだが、面倒なので志賀島と一括りにする。日本三大砂丘の規模には遠く及ばないものの、大きな砂の丘陵が続いてカリフォルニア半島の乾燥地帯のような風景が広がる。海風で飛ばされたさらさらの流砂が、香椎線と海の中道に挟まれた範囲に深く溜まる。まだ四駆などジープしか知らなかった頃、そのふかふかの砂と格闘するオフロードバイクを目にしたことがある。まさか、そこを車で走るなどとは夢想だにしなかった俺だ。


 折角ジープを手に入れた川本だったが、まだ走ったことがないのが本格的なデザートだった。

「木村さん、人に聞いたんやけどよ、志賀島に50メートルの40度の砂の壁があるそうやで」

「40度っていったら殆ど直角ですよ。アメリカの砂漠じゃあるまいし、この九州にそんなところあるですか?」

「鳥巣に居る頃、よく志賀島には行ってたんですがただの砂浜ですよ」

「まぁ正確に言うと志賀島の近くやそうなんやけど今度行ってみようや」


 いつもの如く、俺は川田のジープに乗り込む。小倉を出たのは川田の客室担当時間の午前を終えた午後。3号線を一路、志賀島へ。福岡都市圏に入る手前の角のガソリンスタンドを右折して旧3号線に入る。この辺りは新宮町だ。で、再び角のガソリンスタンドを右折、川に沿って浜の方へ車を走らせ、住宅街を通って松林を抜けると漁港に出た。奈多漁港だ。

 おう!前方には広大な砂浜が。車で入れそうだ。車でこんな柔らかい砂地を走れること自体、俺にはカルチャーショックだが、戦車感覚で砂地にドンと乗り込んで前進すると眼前には驚きの光景が。左方には50メートルはあろうかという砂の断崖、これだけでも驚異だが、その35度はあろうかというふかふかの砂壁の中程に張り付く一台の四駆。


 この地元民らしき四駆野郎、上半身裸でまさにここで遊び慣れてる風体だ。車はアメリカンモータース・AMCのCJ7だ。呆れて目を見張る俺と川本の許に、悠々と急坂を下って、二人寄ってきた。顔付きから察するに奴等の思惑は、ここにジープでやって来たからにはこの坂に挑戦するつもりはあるんだよね、だろう。

 このジープは勿論川本の所有だから奴らの思惑など俺には他人事だが、川田は当事者だ。貫林道では俺を助手席に自信満々にぶっ飛ばす川本の顔が引き攣っている。

 奴らの第一声は予想通りだった。

 ニッと笑って、「勿論あんたらもこの坂上りに来たんやろ」

  ド・ド・ド・ドとアメリカンV8独特のサウンドを轟かす、塗装も燻んで遊び熟れた体の強い奴らのCJ7に対したら、川本の新車感丸出しのジープなど借りてきた猫状態だ。気後れするなという方が酷だろう。

 非常に参ったという顔で、「いや、たまたま来てみただけなんや」とそそくさと立ち去ろうとする川本に、一人が、「わざわざ北九州から来てくれたんにこのまま帰らせたんじゃ地元の名折れや。ちょっと待っとってんか」とCJ7に乗り込むと、勢いよく砂を蹴散らして浜の彼方に消えて行く。


 恐るべきパワー!

 このふかふかのデザートをまるで舗装路が如く走って行った。俺と川本はあんぐりと口を開けて見送る。CJ7には直6・4000仕様とV8・6000仕様があったが、アメリカンジープにド素人の俺にも分かる、エンジン音から察するに間違いなくV8仕様のCJ7だ。川本のジープの排気量の三倍、恥ずかしくて逃げ出したくなって当然だ。

 程なく戻って来た奴らは手に缶ジュースを抱えている。兎に角、一分でも一秒でも早く消え去りたかったが、奴らの好意だ、受けない訳にはいかない。

 一気に飲み干した俺と川本は、 「ほんじゃまた機会があったら」と一目散に逃げるようにその場を後にした。

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