6話 貫山林道
貧乏サラリーマンの俺とは違って、金に不自由しない川本は凝り出したらとことん凝る。ジープの次の玩具はビデオカメラだ。丁度ホームピデオカメラが流行りだした時代だったが、川本はそれでは飽き足らず業務用のカメラを手に入れた。編集機もセットで総額二百万掛かったと俺に豪語していた。バブル景気が始まる直前の昭和61年、現金商売は儲かっているときの羽振りは無茶良い。
客が入ると事務所に電話が入る。
「ご休憩でございますね。ではお帰りの際、係りのものに代金をお支払い下さい。ありがとうございます」
清算は各部屋に設置されている小さな窓口で行う。現金授受用の皿に現金を乗せて事務所に戻って来てはチーンという音とともにレジに入れる。
事務所の裏口から出たところ、各部屋への連絡通路口にタオルとかの備品の棚があり、棚の下に結構な量の小ビールケースが置いてある。
「ビールよう出るんよね。値段設定高うしとるけん、これが良い小遣い稼ぎになるんよ」
大枚叩いて手に入れたカメラの本領発揮は平尾台のラフロード。川本にとっては平尾台林道は庭のようなものらしい。単車でも走っていたし、ジープを手に入れるの前の軽のレックスでも車体の下を擦りながら走っていたと俺に語っていた。
乗用車にばかり乗っている人にはわからないだろうが、シープで林道をかっ飛ばすのは非常に難しく相当な腕を要する。シープのトレットとホイールベースの比はほとんど正方形だ。悪路の走破性を重視した設計だからホイールベースは軽自動車ほどしかない。これで林道を飛ばすと気を抜けばすぐスピンだ。
川本はこの林道を貫林道と呼んでいた。林道とは言うもののフラットダートとは程遠い。深く抉れた轍はラリー車の練習走行には適しない。それでも、知らずに時折やってくるAE86はかわいそうにマフラーを引き摺りながら貫林道を下りる羽目になる。
俺は時折、川本の助手席に同乗して数度貫林道を走った。とても真似できないと川田の運転テクニックに舌を巻いた俺だが、あくまでもジープを運転した場合だ。俺は結構執念深い。パジェロさえ手に入れて練習を重ねれば川本くらい、ぶち抜く自信はあった。
「火曜日貫林道から平尾台までのビデオ撮ろうち思うんやけど都合はどげんな?」
「良いですよ。時間はどうにでもなりますから」
「寺島さんも呼んで来てや」
川田の事務所兼ダイニングキッチンにはソファーベットが置いてある。訪ねたら必ずコーヒーメーカーでレギュラーコーヒーを入れてくれ、ソファーに座っての談笑となる。夜中も客との電話応対があるから転た寝の状態だ。
遊びに出るのは必ず午後。後は嫁と従業員のおばさんが引き継ぐが、仕事を離れた自由時間だけは家族には邪魔されたくないようだ。
パジェロの無い俺はランサーを広場の植え込みの横に停めさせて貰って、川本のジープに乗り込む。鷺山はDT250で、寺島はパジェロ・スポーツターボでジープの後ろについて貫林道入口の朽網に向かう。
国道10号線を左に折れて昭和池公園から林道に入る。数十メートルの舗装路が途切れるとラフロードだ。川本はラフロードに入った途端飛ばしだす。コーナー毎にカウンターを当て捲る。こんなショートホイールベースの車でよくスピンさせずに走れるものだといつもながらに感心する。
後ろを走るDT250の鷺山もこの林道を走り慣れている。ピタリと付けてくる。寺島は全く付いて来れない。途中、貫からの林道と志井からの林道が交差する。俺らは左に左に進路をとって貫山の登り口へと向かう。
林道の終点に斜めに削られた1メートルほどの段差が見える。
「川本さんまさかあの段差越えるんですか?」
「そうよ。あんくらい越えられんでジープ乗りたぁ言えんでぇ」と全く躊躇う様子がない。
と言うことは、パジェロが来たら俺もあの段差越えさせられるんかと思うとぞっとする。
――下手したら新車のパジェロ、立木にぶつけてまうわ――
川本はもう何度も越えて自信があるようだが、寺島は初めてだ。
「寺島さん大丈夫なんですか?」と訊く俺に、「ジープが越えられるんなら大丈夫なんやない」と俺の不安を意に介さない。林道走りは速くないが、こういう乗り越え的なものは得意そうだ。でも、右のミラーをぶつけた。
平尾台側から登る貫山、人とバイクは行けそうだが、とても車で登れるとは思えない。道幅は十分だが、所々に大きな段差があり深く抉れている。下手に進入したら転倒しそうだ。川本は進むつもりだ。助手席に座る俺は左側タイヤの浮き上がりにひやっとする。
つい、「川本さん大丈夫ですか?」
「ちょっと危ないな」
「鷺山左のステップに乗って体重掛けてくれんか」
「川本さん何なら私も降りてステップに乗りますよ」
「すまん木村さん頼むわ」
貫山の頂上を見上げる。濃い緑の夏草に覆われた中に浮かび上がる赤茶げた通り道らしきもの。一直線に頂上まで伸びる。ただ、真ん中辺りにある大岩が行く手を阻み、避けて通れる幅はぎりぎり車一台分だ。登山道でもあるため、大岩からの迂回路も見えるが、川田のことだ、一直線に登り切るつもりだろう。
予想した通り、相当の悪路だ。斜めに抉れているので下手したら傾いて大岩に車体をヒットしてしまいそうになる。川本は果敢に挑む。俺だったら間違いなく二の足を踏むだろう。
パジェロが手元に届いたらここも間違いなく挑戦させられる。こりゃぁ新車が来て何日無傷で居られるか、まさにとほほ状態だ。
寺島もなんとか切り抜けて712メートルの貫山の頂上に立った。鷺山は独特のヤマハの2ストサウンドを轟かせて山肌の草地を一気に登り上がる。
小倉に出て来て四年、平尾台に貫山があることは何となく知っていたが、まさか車で登れるとは思ってもいなかった。これもMBに転職して川本と知り合えた恩恵か!
真夏の太陽の下、眼下に拡がる絶景に魅せられながら、俺は会社の人間で自分しか体験できない遊びに酔っていた。