5話 平尾台
川本は見つけた趣味に他人を巻き込む。俺と同い年の妹は結婚していたが、義理の弟となった鷺山は川本の最大の理解者だった。
北九州にはカルスト台地で有名な平尾台がある。秋芳洞の規模には及ばないが千仏鍾乳洞もある。聞いた話ではここは私有地で、入場料で年間 二百万の収入があるそうだ。
北九州国定公園平尾台に聳え立つ山・貫山は標高712メートル、四方に林道が張り巡らされておりバイク乗り・四駆乗りの遊びのメッカになっている。
林道は行橋市にも延びており、上がってきたオフロードバイクは縦横無尽に走り回って轍を付け捲る。大蛇が這い回ったかのような無惨な痕跡だ。そのバイクの轍をなぞって近年、四駆も調子に乗って、そこら中の小高い丘を上がったり下ったりするようになったため、いつしか轍は二本になった。
例に漏れず川本もここに眼を着ける。鷺島はオフロードバイクのDT250を所有しており、川本のジープに連れ添った。
いつものように営業の暇潰しに寄った俺に、「八ミリ撮ったんよね。見るな」
「はい、是非に」
川本のホテル業の自身の担当時間は午前中だ。午後になると嫁とお袋さん、一人居る従業員に仕事を任せて二階に上がる。
平尾台の抉れた斜面と格闘する川本が畳一枚分のスクリーンに映し出される。撮影者は鷺山だ。スクリーンの中で嬉々としてはしゃぐ川本は愉しい玩具を手に入れて喜ぶ子供のようだ。ここは持ち上げてやらずばなるまい。
「川本さん凄いですね。ようあんなとこ登れまよすねぇ」
「ほんとジープは凄ぇわ。まるで戦車感覚や」とご満悦だ。
「八ミリじゃよう撮れんわ。そいにこのタイヤ、グリップが悪ぃで滑るんよな。もっとええタイヤに換える必要があるわ」
「木村さんのパジェロが来るんはまだ先やし、独りじゃもの足らんなぁ」とボソッとぼやく川本に、「川本さん、仲間になれそうな人が居りますよ。この前スポーツターボ買って貰ったお客です」
途端、川本の顔が綻ぶ。
「木村さん、今度是非ここに連れて来てくれや」
寺島伸行、彼は新潟県の出身だ。小倉競馬場の中にある協力会社に勤めている。競馬場近くの賃貸マンションに住んでいて一応会社の寮扱いだ。酒に強いと言うかアル中気味と言うか、焼酎の一升瓶を二日で空けてしまうと豪語している。
夕方から夜にかけて寺島に付き合ったことがある。マンション一階にスーパーが入っているが、寺島はそこで刺し身のパックだけを手に取った。彼はそれを酒の肴にまるで水でも飲むかのように焼酎を生で煽る。まだ若いから手が震えたりしないのだろうが、あと何年かこんな生活を続ければ間違いなくアル中だろう。
パジェロを売るときの下取りはスバルレックスだった。まだお世辞にも運転が上手いというレベルではなかった。パジェロは手に入れたものの、オフロードを走りたいとか砂浜を走りたいとかいう話は商談の中には出てこなかったが、俺の誘いに二つ返事で乗ってきた。
俺の会社の休日は一応日曜日だが、展示会が入ったりして結構潰れる。休みを買い上げれば三千円給料についたので、振替はほとんど取らなかった。といっても、今の仕事内容では車さえ売っていれば毎日休みと同じだから。寺島の休みは火曜日だったので、必然的に三人で連れ立って遊び捲るのは火曜日となる。