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俺とやっくり  作者: クスクリ
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3話 四級障害者

 俺は身体障害者の四級だ。左足の膝下15センチから無い。小学校五年生のとき、交通事故で切断した。今は昔と違って義足に対する認識も変わってきたようだ。堂々と義足の足を世間に晒している。

 バネ義足が登場して、義足のスプリンターのタイムが健常者と遜色無くなってきてからというもの、身体的欠陥を世間に憚らなくてもよくなった気がする。だが俺としては、所詮義足は義足だ。装着物でしかない。風呂に入るときは生まれたままの姿だ。手帳の身体障害者四級の刻印が消える訳ではない。


 兎の後ろ足のような鋼製のバネ義足で、まるでサイボーグにでもなったかのように得意気にフィールドを疾駆できたとしても、所詮は作り足だ。兎足では車のクラッチは切れないし、礫がゴロゴロした登山道も登れない。日常生活のすべてを一本のバネ義足でカバーできないとしたら、それは俺から見たら反則だ。健常者のドーピング並みだ。

 競技のときだけバネ義足を履くのなら、健常者がトラックをバイクでバネ義足装着者と混走しても何も問題は無い筈だ。バイクと値段は変わらないのだから。健常者のスプリンターがスポーツシューズを履くのと障害者のスプリンターがバネ義足を履くのとは訳が違う。バネレートは調整もできる。


 足を無くしてからというもの、悲しいかな、俺は精神を病んでしまった。天の邪鬼的思考体系が形成され、物事を極端化する傾向が身に染みてしまった。俺の生まれた長崎県の田舎町は人口8000人、周囲で身障者といったら、戦争傷病兵の、片腕を無くした同級生の親父と片足を無くした親父の従兄しか知らなかった。

俺は町の若年層に於ける稀有の身障者となった。それまで体格も良くガキ大将的存在だった俺が友達の顔色を窺わねばならなくなった。

 俺の足は壊疽を起こしており、そのままにしておくと命の危険があった。切った右足の断端は腐った肉を抉り取ったために非常に細い。ちょっと無理をすると直ぐ断端が切れて出血する。年中その痛みに耐えねばならず、俺は運命を呪う。

 痛みはビッコを引けば和らぐ。だが、俺はなるべく正常に歩くことに意地になったし、義足であることを隠した。大学で空手部に入部して殻は破れたつもりだが、一部の悟り切った義足装着者の如く足を世間の目に丸出しにはしない。

 どうしてかって?

 俺は一応大学空手部を全うした人間だ。気が荒い。丸出しにすれば見た目すぐ義足と分かり同情を引いて喧嘩腰になれない。足を引き摺っていても、ズボンで隠していれば軽い怪我をしているだけかもしれないし、ただ何となくビッコ引いているだけかもしれないと思ってくれて、ムカつく相手に存分に突っ掛かっていける。

 

 辛くて惨めだった小・中・高生時代、義足に触れられることは俺の琴線だ。学校生活では、足のことが話題になるのを恐れて、いつもビクビクしていた。だから、級友に強く出ることができなかった。

 気に食わない言動をとった俺を黙らせるのは至極簡単だ。言外に匂わせれば良い。

「なら、言うぞ…」


 大学に進学とともに俺に課された命題、それは殻を破ること。即ち、体育会の猛者が集まる部活、空手部に入部することだ。義足部員の入部なんて許可されるのか、相当不安だったが、あっさりと許された。

 毎日の練習で俺ができなかったのはランニングと自由組手と対外試合。この三つの中でも組手ができなかったら空手部に入った意味がない。俺は人寄せパンダの女子部員じゃないんだから。

 一年の終わり、猛烈に直訴して監督に自由組手参加の許諾を得た。対等に戦っているつもりだっが、よく考察すれば同情されていた。当時バネ義足があったとしても、格闘技に於ける義足の弱点は付け根の膝だ。もし俺が健常者で義足装着者と戦うとしたら、一番脆い膝をローキックで狙うか足を払う。

 同期は8人居たが、その中で一番弱い筈の同期と組んだとき、正にその膝を何気に蹴られた。ほんの軽く蹴られただけだったのに、その痛さと言ったら、膝の関節が折れたんじゃないかと疑ったほどだ。俺はみんなに手加減されていたことも分からない、つくづくお目出度い奴だった。なら得意の馬鹿の一つ覚え、道場の巻き藁に二倍に腫れるほどにも拳を叩き付け徹底的に鍛え上げた。

 俺は大学の四年間で見事に殻を破れたと自負する。部室では、同期の眼前で義足を晒して、堂々と道着に着替えた。合宿の入浴でも、意を決して、同期の中に飛び込んで行った。

 これからの長い人生、好きな女に悲惨な足を見せねばならないときがきっとやってくる。なら男に見られるくらいどうってことない。

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