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俺とやっくり  作者: クスクリ
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10話 4×4SHOP NAGANO

 世間に徐々に四駆が浸透しつつあった。四駆ブームの到来だ。平尾台には四菱と三友の二社のセメント鉱山があって、歪に掘り進めた結果、国道322から眺めると、田川の香春岳並みに、見るも無惨な景観だ。台上と呼ばれる現場には十数社の協力会社が現場事務所を構えており、四駆を使っている。四菱鉱業セメントの知り合いから紹介を受けて、奈良ロックという会社に4ナンバーのパジェロ・ロングを売った。新車を納めてサファリのスクラップを持って帰って、試しに査定してみてびっくり。何と50万も出てしまって後の処置に困る。長年台上で酷使されて床には大きな穴が開いていた。こんな車に値段がつくとは思ってもみなかったから。


 川本が興奮して俺に電話を掛けてきた。

「木村さん忙しいな?」

「いえ、いつでも出れます」

「ならちょっと出てこんな?」

 いつもは俺が勝手に時間潰しに川本を訪ねる。川本から会社に居る俺を呼ぶのは稀だ。

「何かあったんですか?」

「まぁ来てから話すわ」

 川本が入れてくれたコーヒーを啜りながら、「何か世の中、四駆が盛り上がってきとるごたるですよ」

「富士スピードウェイにオフロードの特設コースがあって四駆のレースやりよるごたるです。会社にそのビデオがMBから送られてきました」


 この頃、まともにぶつかり合いのスクランブルレースができるのはジープだけだった。そこにより快適にスピードを追及できるパジェロとフォルテが登場したのだから盛り上がらない筈がない。このレースの主催者は日本四輪駆動車連盟、通称・ジャバダ。年間五戦のシリーズ戦で、ここで頭角を現してきたのが現MBの専属ドライバー・増元選手だ。当時はラリーアートのカスタマイズ用品の製作会社・テスト&サービスの社員だった。

 レースなど全く関心のなかった俺だが、ビデオの強烈なナレーションは頭に残っている。

「四駆が好きで好きで堪らない男たちが自慢のマシンを引っ提げて今回もこの富士スピードウェイに終結しました。さて絶対的ディフェンディングチャンピオン・増元選手に土をつける選手は現れるのでしょうか!」


「そういえば川本さん、ジープにアイバワークスってステッカー貼ってましたね」

 川本はにやっと笑って、「決まっとるやろ」

「アイバワークスっていうんは四駆のアンダーガードとか作っとるショップなんやけど、そこの支店が岡垣にあってこの前行ってきたんや」

 後、俺らは内々ではアイバのオヤジと呼んでいたが、正式には4WDショップ・長野だ。全国的に知名度が高かったアイバワークスの名を自分の店の宣伝に利用した。この頃4WDの看板を掲げたショップちらほらと出てきていた。福岡市だったら「ピュアティー」、長野のオヤジが勝手にライバル視していたショップだ。


 海千山千のショップのオヤジが四駆ド素人の俺と川本を籠絡することなど造作もない。デモンストレーションで度肝を抜いてやれば良い。熱烈なオヤジ信者になって無限に店に金を落とすようになることだろう。

 岡垣町には志賀島には及ばないが、広い浜がある。通称は射爆場、波津の浜、よしきの浜だ。志賀島ほどではないが、海風で吹き溜まった砂が棚を形成し、四駆が砂の上り下りに精を出す。芦屋に近い浜の奥の方には高速走行が可能な長い砂のウォッシュボードがあって、足回りが弱い車は車が暴れてまともに走れない。川本はオヤジのジープの助手席に乗せられてここを走ってカルチャーショックを受けたようだ。店のデモカーでもあるこのジープはJ57、フロントバンパーに糞重たい機械式ウインチを載せて、アストロンG54Bエンジンにソレックスキャブを装着している。

「社長のジープ凄いんよ。さすが57や。俺も57にしとけば良かったち後悔頻や」

「2600ってそげんバワーあるんですか?」

「あぁ俺の2000の59たぁ段違いや」

「すいません。私にもうちょっと知識があったら川本さんに57勧められてたんですが」


 ガソリンジープは川本にJ59を買って貰って暫くして生産中止になってしまった。

「ほいで社長が言うんよ。四駆の速さは兎に角足廻りってな」

「ランサーとか86ならわかりますが、板バネの重たい四駆で足廻り弄って意味あるんですか?」

「俺もそう思うたんやけど、ものは試しっち社長に射爆場に連れて行かれて57の助手席に乗せられてウォッシュボード走ったんよ。もう凄いのなんのって。斜めに宙に浮いて走るんよ。あの悪路ばあげなスピードで走るっちゃ、転倒して死ぬかと思うたわ」

「足廻りがしっかりしとけばあげな走りができるんよ。社長の言うことがよう分かったわ」

 川本は興奮冷めやらぬ様子だ。

「俺も今度社長に足廻りやって貰うことにしたわ」

「木村さんも社長に紹介するけん今度一緒に行こうや」

「そいでパジェロ用の秘密の足廻りがあるそうやでぇ」

 川本はにやりと笑う。


 国道3号線を福岡に向かって下る。北九州市の隣町が水巻町、遠賀川の向こうが遠賀町、遠賀川橋を渡ってすぐ右折、芦屋競艇場に向かう道の左手に4WDショップ長野がある。店はセブンイレブンの隣の空き地に建てた工事現場用のプレハブだ。後で分かったことだが、このオヤジ、どうもゼブンイレブンの土地を不法占拠していたようだ。

 あまり気乗りはしなかったが川本に諭されて訪ねた。ブレハブを真ん中で区切って手前を作業場、奥を店にしている。レジは無い。どんぶり勘定の言い値だ。時折、清楚な感じのする細身のオバサンがソファーにただ座っているだけの店番していたが、本妻ではなく内縁だった。確かこの頃、35・6歳だったと思うが、このオヤジ、我が強い上に客を客とも思ってない。客など金の成る木とでも高を括っているのか。金遣いが悪い客にはヘラも打たない。ぼんぼん物を買わないと相手にして貰えないから際限なく金を遣わざるを得ず、借金まみれになってしまった。

 この性悪オヤジ、自分のところに出入りするようになった客の車に目を光らせ、もし余所で買った部品でも付いていようものならもろに嫌な顔をする。


「スポーツターボが速いち思うとろうけどうちのパジェロには敵わんよ。スタリオンから外したターボ付けとるけんな」

 俺は首を捻る。同じ2000のガソリンターボの筈なのに馬力に差があるなんて理解できない。オヤジは勿体ぶって教えてくれない。このもっともらしい秘匿性がこのオヤジの売りのノウハウらしい。

「この前よしきの浜でうちのパジェロに関門4×4の中田さんが挑んできたんで返り討ちにしてやったのよ。そしたらぜひ足廻りばうちに頼みたいって泣き付かれてしもうたわ」と豪快に笑う。

 オヤジは北九州では自分が四駆関係の第一人者であることを誇らしげに吹聴する。

「中田さんて誰ですか?」という俺の問いに、「白いスポーツターボに乗っとったな。確か、新日鉄の社員やったんやないか。よしきの浜ではバギーがレースしよるんやが中田さんだけがナンバー付や」

 白いスポーツターボには覚えがある。俺のスポーツターボが入ってきたのが9月、この滅多に売れる筈のない車が、何と11月にも入荷してきたので興味津々で聞き捲ったら、売った先輩社員の梅本が、下取りはソアラで、買ったのは新日鉄の者だと教えてくれた。


「まぁ俺から言わせて貰えば大したレースやないな。走っとるバギーはスクラップの寄せ集めや」と完全に笑いものにしていたし、俺も川本もオヤジの言うことを鵜呑みにする。

 北九州にもいくつかの四駆クラブが結成され活動していた。特に関門4×4と関門オフロードバギークラブはいち早く中央のスクランブルレースを取り入れて波津の浜で定期戦をやっていた。俺は後、この両クラブと親交を深めることになるのだが、関門4×4の野中さんとオフロードバギークラブ会長の藤堂さんの二人は俺が手本にすべき本当に凄い人だった。


 オヤジの言うパジェロの足回り、例によって勿体ぶって中々教えてくれなかったが、何度も通って言い値でやってくれと頼んでやっと秘密を解いてくれた。そのノウハウとはフランス製ショックのドカルボンとアメリカ製ショックのランチョのことだった。

 店に足回りが届いたというので、仕事の途中に勇んで出かけて行った俺の目に飛び込んできたのは、作業場にたいそうに並べられていたパジェロのノーマルリーフスプリングとラリーアートの強化トーションバー、それにランチョのショックだった。ドカルボンは無かった。

 不満そうな俺に、「俺やけん取れるんであって、ドカルボンはレア物で中々入ってこんのよ。ランチョでも十分過ぎるくらい強烈やで」

 オヤジ信者の川本は、「木村さん、社長が十分っち言うんやけん問題ねぇって」

「社長、この板バネ、ノーマルのごたるんですが?」

「そうやノーマルや。スポーツターボの強化板バネは硬過ぎて跳ねて走れん。やけん替えるんよ」と自信満々の口ぶりに、俺は半信半疑ながらも信じるしかなかった。

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