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俺とやっくり  作者: クスクリ
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9話 待ちに待ったパジェロ

 注文して約四ヶ月、一日千秋の思いで待ち続けたパジェロがようやく俺の手元に届いた。やそぐりと巡り会えた第一の要因が川本なら、第二の要因はこの赤いパジェロ。 川本との絆が深まり、一台車を買ったというだけの縁も所縁もないセールスマンの俺に、従妹のやそぐりを紹介しようという気になったのはこのパジェロのお陰だ。外観がまるで変ってモニュメント然となってはしまったが、24年経った今でも我が家の駐車場にでんと構えて俺とやそぐりと息子を見守る。


 現行のパジェロは、アルミ付きの大径タイヤが装着されて、ノーマルのまま乗っても何ら恥ずかしいことはない。だが、当時のパジェロは走れればいいという必要最小限の装備だった。タイヤはスティールホイルの215/80R15でエアコンさえ付いていない。車体色は赤を選んだので、ノーマルのままだったらまるで消防車。会社の奴に、「消防車のようやな」と言われてむっとした俺だ。兎に角、早急にビジュアルを変えなくては。

 

 見た目重視の最小限のカスタマイズは、大径タイヤとアルミホイール、そしてオーバーフェンダーだ。新人の安月給の俺には、何を隠そう打出の小槌があった。豊前屋時代に作らされた富士銀行(今はみずほ銀行)のカードローンだ。限度額は100万円、ATMでその場で現金を用立ててくれる。面倒なローンの書類も審査も必要ない。それで調子に乗って遣い過ぎて、後で泣く羽目になってしまうが。

 赤いボディに白い足元のコントラスト。アルミはホワイトのマットスポークに、タイヤは川本のジープと同じブリジストン・デザートディーラー606の10R。ランサーにLSDを付けて貰った江口部品で買った。純正の幌と幌骨は取り外して、ディーラーオプションのL型トノカバーに交換した。これで見映えはOK。待ちに待っていたのは川本も同じだ。早速、貫林道・平尾台に連れ出される。


 MBはご存知の通り、ラリー活動に力を入れており、車の両ドア下部に貼ったデカいラリーアートのロゴマークはMB党の誇りだ。当時の日本のラリー界は、インタークーラーターボランサー・A175と、カローラスプリンターレビントレノ・AE86が人気を二分していた。店頭にランサーを見に来るお客のほとんどは自称ラリー屋だ。セールスマンに蘊蓄を語って悦に浸る。クソが!

 車好きの俺はカー雑誌を読み漁っていたとは言うもののド素人。そのお客は正に、俺はラリーやっとんぞと言わんばかりの86の一番安いグレード、クーペのGTに乗って来店した。営業慣れしてない俺の第一声は、「ラリーやられているんですか?」

「ああ」

「今度のインタークーラー付きはパワーが凄いっち聞いたもんでちよっと見に来たんよ」

「はい、何といっても30馬力アップの160馬力ですから。86は確か130馬力でしたよね」

 いけ好かないラリー屋気取りのそいつの名前を俺は未だに覚えている。GNW建設の後田だ。兄貴が社長をしている。歳は俺と変わらないのに美人の嫁さんを偉そうに横に侍らせている。超ムカつく野郎だ!

「で、試乗車は用意しとんな?」

「申し訳ありません。特殊な車なもんで試乗車はないんです」

「何な!試乗車も無いで俺に売ろうっち言うんな」

 俺は慌てる。

「インタークーラーランサーではないんですが、私もランサー乗ってますんで私のでよろしかったら」

「そうやな。ねぇよりましや」

 後田は俺に名刺を渡して、「ここにランサーで来てや」


 会社の所在地は田川への国道沿い、小倉の郊外、こじんまりとした設計事務所だった。どうや!ラリー屋の走りはぶっ飛んどるやろ、てなばかりに後田は俺に腕を見せつける。人の車で好き放題飛ばしやがって馬鹿かこいつ!嘗めやがって、と喉まで出掛かった言葉を飲み込む。

 事務所に戻るとまた自称ラリー屋のGNW建設お抱え大工が待っていた。

「あんたランサー持っとんな。俺もランサーでラリーしよんよ。よかったら今度俺の走り見せたるよ」


 確かにラリーランサーには乗ってはいるが、こいつら自称ラリー屋はセールスマンとしての俺を何か勘違いしている。細い峠道でコーナーに突っ込んだり、狭いただのフラットダートでリヤを滑らせたりして助手席の俺のビビり顔を期待している。高が田舎の似非ラリー屋のドリフト走行などに俺は何の興味もない。退屈なだけだ。誘いに乗ってやったのは、もしかしたら車が売れるかもしれないと思ったからだ。まぁ、事故りでもしたらたんまり治療費と慰謝料をふんだくってやるつもりではいたが。

 こいつら、カリーナ・ダートラ仕様で千葉真一が悪路のコースをぶっ飛ばして助手席の女の子がビビり上がるリアクションCMの見過ぎだ。この大工、自分のホームコースでもあるかのように、戸畑の金比羅山の林道のゲートを勝手に開ける。大した腕でもないのに、まるで自分が一流のラリーストにでもなったかのように偉そうに走る。コーナー毎にケツを流しては俺の表情を伺うが何のリアクションもないことに怪訝な顔になる。しょうもないへっぴりドリフトのくせに自信過剰だ。


 俺はラリー屋は嫌いだ。だからラリーはしない。だが、パジェロは俺の期待に見事に応えてくれる最高の相棒になってくれた。86では腹が閊えて足が地に着かない貫林道の深い轍をものともしない。深い雪も掻き毟るように走る。ふかふかの砂も何のそのだ。ラリー車は俺のパジェロには逆立ちしてもついてこれない。ざま~見ろだ。

 俺は川本のジープにライバル心をメラメラと燃やしたが、暫くは貫林道で川本に敵う自信はなかった。さすがに走り込んでる川本のジープは速かった。昭和池から林道に入って、あっと言う間に俺の視界から消えた。貫から上がってきた林道との交差点で川本が俺を待っていた。

「川本さんすいません。待ちました?」

「木村さん見てん」と川本が足下を指差す。そこには数本のシケモクが。

「待ち草臥れてこんだけ煙草喫っちもうたわ」

 これには相当むかついた。建前ではすいませんと冗談めかして謝りながら、本音では異常な対抗心を燃やした。

 ――見とれや!いつか目に物見せたる。

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