05
やっぱりあたしって死神が憑いているに違いない。
「千草二子…ボクたちは、キミを殺しに来たんだ」
え――…うそ、どういうこと?
先ほどまでとはうってかわった静寂に、あたしの心臓は高鳴り始めていた。帝サンの目は真剣そのもので、嘘を言っているようには見えない。
助けを求めようと、向けた視線を神代サンは冷たく受け止めた。
どうして――あたし、口封じに殺されなくてもいいって、そう思ったばかりだったのに。帝サンと神代サンの優しさを信じたばかりだったのに。
どうして。
「んなこと言うんですかあー!」
「うるさい、千草二子!」
あ痛ッ。
…ここはどこ、あたしはチグサ。千の草と言えども、帝と神の元では風前の灯火な可哀想な女の子……って何言ってるんだ。
「今、何の時間だと思ってる…?」
頭に軽い痛みを覚えながら、声が降ってくる方へと気怠く視線を向ける。
…つるっぱげ。じゃないや、立松せんせい…。
「…英語の授業中ですか?」
「正解だ」
立松先生は、太陽の光をその頭で反射させながら、にやりと笑った。これは、第二波の予感。
「ほあっ!」
「遅いっ!」
秘技・千草流真剣白羽取りは物の見事にかわされ、あたしはぱこん、と二度目の痛打を食らうことになってしまった。
…無念…。
☆
「おバカさんだよね、ニコチンって!」
やりきれない敗北感のまま授業が終わると、見計らったように声がかけられた。
しゃくに障るほどの高音と、人を小馬鹿にしたように含み笑い。…来たな、この性悪女め。
「とりあえずニコチン言わないでくれませんかね」
嫌悪感を声に滲ませつつ、顔を向ける。長いまつげのぱっちりお目目と、あたしのそれはもう上を行く素敵な目がガツンとあって、彼女はごめんごめえーん、と謝った。
花咲壱子…あたしとは正反対の名前を持つ美少女…ちなみに容姿はどっこいどっこいだと勘違、いや思っている。こうやってことあるごとに突っかかってくるんだよ。
「あの先生の授業で眠れる人そうそういないよ? 頭痛くない?」
まあ、でもなんだかんだ良い子だし、だからこうやって今まで友達でいられてるんだけどね。
「大丈夫、ありがと――」
「これ以上おバカさんになったら大変だもんねっ、ニコチン!」
だからこうやって今まで憎んでこられたんだけどねっ!
「で、何か夢でも見てた? 結構うなされてたけど」
あたしがぐちぐち言うのも聞こえていないのか、総無視なのか、壱子はあたしの前の席にひらりと座ると、その高い声で聞いてきた。
うなされてたのね、あたし。どんだけ怖い思いをしているんだって話だ。
「んん、ちょっとね」
言うと、壱子はフーン、と不思議そうに首を傾げた。
夢、って言えば夢だけど。実際は現実に起こったこと、なんだよね。帝サンたちと初めて会った昨日。不思議なことがおこって、魔法使いだって分かって、気付いたあたしを抹消しようとして、でも人捜しを手伝えば見逃すって言われて。
…そこまでは良かったんだ、そこまでは。
それから、捜し人の名前があたしだと分かったそのとき。
「あんたを殺しに来た」……そりゃないよ、見事な手のひら返し。
帝サンたちは一体何の目的があってここに来たんだろう。あたしは絶対死神に誓っても帝サンや神代サンのことは知らない。昨日会うまでは本当に知らなくて。
…ただ一方的に殺意を向けられてる? あたしを殺すために二人は来たの?
「…だはあー」
「どーしたの、ニコチン?」
「考えれば考えるほど、鬱になる…」
「駄目だよお、ニコチン摂取しなきゃ!」
んなもん摂取してどーするよ。
「元気だしなよ、ニコチン! ニコチンの低脳で複雑なこと考えるだけ無駄だってばあ。忘れちゃえっ!」
「果てしなくバカにされてる気がしないでもないけど、確かにその通りなので反論はありません」
あたしは、おでこに手を当てた。
「昨日のことは全て夢、ゆめ、ゆめゆめゆめ…」
いないいなーい、いないいなーい、この世に魔法使いなんて、自称の黒ローブの人しか、いないいなーい。
はい、あと三秒数えればあなたは、昨日のことは全て忘れーる。いきますよー、はい、いーち、にーい、さーん…。
「よ、チグサ!」
「って、おおい! 今せっかく人が忘れようとしてたのに!」
空気を読め! この半裸が!
「何、チグサ、そんなに胸板が恋しい?」
「ひいっ、近づかないでクダサイ!」
あたしは教室の前から堂々と入ってきた半裸を手近にあった教科書で叩きつけた。すると、半裸の後ろから「全くだ」と言いながら美少女も登場。
…つーか、何でいるんですか、あんたら。
奇抜な二人に、クラスメイトたちもそれはそれは驚いていらっしゃる。ざわざわし始めて…そうだよ、こんな不思議な生物が来ちゃあ驚くのも無理はないよ、ね、壱子。
「きゃあああん! なんてすてき…!」
って、壱子撃沈っ?
見れば、クラスの女子はみな、全身の骨が抜き取られたかのようにふにゃりと倒れ込んでいくではないかっ。
あわわ…背中からフェロモンやら、雅なオーラを感じる…。
「チグサ、おはよう」
こういうときだけ、どーして可愛く笑っちゃうんですか、帝サン。




