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マンションの入り口に入ると、さっそく高級っぷりを見せてくれる素晴らしきかな、超高層マンション。緩やかに弧を描く分厚そうな自動ドアがまずお出迎えしてくれた。どうやって入るの…? まさかカードキー?
どうも貧乏人には落ち着かない雰囲気でそわそわしつつ見ていると、オージ先輩がドアの隣に設置されたキーパッドに近づいた。何なに、それともオーソドックスに番号入力?
成り行きを見守っていると、結局そこに顔を近づけるだけでドアが開いた。…おおい、ナニソレ、何で開けちゃったのマンションくん。
それからブタも一緒にエレベータにのりこみ、ボタンは50階をポチリ。ふっかふかの絨毯の上に棒のように立って到着を待つ。おおい、大丈夫なの? 50階って、エレベータくんに休憩は不要?
「なんだよ、さっきから気持ち悪いな」
「チグサ、びびってんの?」
エレベータがピーンと到着すると、すぐそこに高級そうな扉がどばーん。扉っつーか、またオージ先輩が顔を近づけると自動ドアのごとく勝手に道が開けた。あたしの家のオンボロな扉とは大違い…だってアレって立て付けが悪いのか、一回足で蹴りを入れなければしっくり閉まらない。なのにここは勝手に開いてくれるなんて…。
衝撃の数々にふらりと足を踏み外す。
「……!」
地上が、小さく見えた。
そこにはなんの趣味で作ったのか、上から下までガラス張りの一角が。まるで空中に浮いているような気さえして意識がフッと遠くなる。
「おおい、何してんだ。そんなに高いところが珍しいか? なんとかと煙は高いところが好きっていうもんなーアハハー」
あたしはげっそりしながら、どうにか家の中へと足を踏み入れた。
☆
あたしが、落ち着いたのは一時間も経ってからだった。部屋にお邪魔するまでにすでにカルチャーショックでくたくたしていたのに、中に入ってまでも驚きの設備があたしを休ませてはくれなかった。廊下には豪華なカーペット、40畳ほどはありそうなリビング、きらびやかなシャンデリア、家具もいちいちアンティークで落ち着いてくつろいでなんかいられるわけがない。堂々とでかい顔してくつろぐブタが本当にうらやましい。
「はい、ココア」
「あ…ありがとうございます」
皮のソファに恐る恐る座るあたしに、カップが差し出された。受け取ると、寝ころぶユーゼン先輩の側にオージ先輩は腰掛ける。あたしだけが座るのも何なので、ずるずると滑るように地面に座り直した。…けど、マジでふかふかすぎだってこの絨毯。
「お腹すいてない? なんなら作るけど」
オージ先輩が指さすのは、ダイニングとは別立てのキッチン。ここからすでに遠目にしか見えないんですけど…。
「ええと…」
「食べるー!」
と、早い反応で起きあがるユーゼン先輩。
「誰もユーゼンのために作るなんて言ってないんだけど」
と、冷たくあしらわれるユーゼン先輩。しぶしぶ元の体勢に収まってしまった。…二人って本当に仲がいいんだか悪いんだか。でも一緒に暮らしてるらしーし…。ここで二人で…どれだけセレブなんですか…。
部屋を見回してみても、二人が生活しているような匂いが全くない。なんていうか、シンプルというより殺風景って感じ。たまに帰ってくる場所みたいな、ただそこで過ごすだけの場所、みたいな…。
「さて、聞きたいことたくさんあるんでしょ?」
逸れていた思考が、オージ先輩によって引き戻される。
そうだ、あたしはそのためにここにきたんだった。
「…はい、たくさん」
カップをぎゅうと握りしめる。暖かさが手から伝わって、体にじーんとする。
聞きたいこと、それは二人のこともそうだし、ジャメロンディアスのこともそうだし……でも、なんとなく、分かったような気がしていた。あたしが狙われたこと。不思議なことが起こって…、あたしの命は…。
「あたしは、何か理由があって殺されねばならない」
絞り出した声は、かすれていた。
「ジャメロンディアスは言ってました。あたしがいることでセカイが滅びてしまうって。あたしが死ねばセカイが救われるって。それは分かりました。だから二人もあたしを殺そうと、するんですね?」
せきを切ったようにあたしの口からは言葉が溢れていた。あたしがうすうす感じていたこと、それを吐き出すように口にした。間違っていないのか、二人は静かにあたしの言うことを聞いている。
殺す、この二人は今でもそう思っているのだ。
「教えてください。あたしは、どうして殺されねばならないのか、それを」
質問にしてみると、それはとても簡単なことだった。たくさんのことがあったから、たくさん聞きたいことがあったはずなのだけど、今はすべてがこのことに集約されているような気がする。
しばらく口を結んでいたが、オージ先輩が机にカップを置く音で緊張が少しほぐれた。
「じゃあまずはセカイの仕組みについて知ってもわなきゃいけない」
「セカイの仕組み…」
「いい? チグサ。今から言うことを疑ってはいけない。心の底から信じなくちゃいけない。キミにそれができる?」
ユーゼン先輩は手のひらをあたしに向けるように見せた。
…いきなり何を言い出すんだろう。見るからに嘘をつく雰囲気ではないし、今までも信じられないことを目にしてきて、どうにか信じてやってきた。それを今更、頑なに信じないことなんてあるはずがない。
あたしはそう意味を込めて、オージ先輩の手のひらに自分の手のひらを重ねた。
「分かった。じゃあ説明する」
オージ先輩は重々しく頷いた。
「このセカイに住む人間には命が二つ、与えられている」
今回と次で、ようやく真実が明らかになります。ていうか長いですね…でもまだ本筋の前段階のような気もしないでもなくなく…。
軽くしりあーすな雰囲気ではありますけど、ここさえ突破すればどうにか、と思います…!基本半コメディですから。もうあと半分は優しさ…ではなく虚しい空気かもしれません)^o^(




