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忘れられない

作者: ひかぴん

君と出会ったのは桜が満開を過ぎた春。大学の大教室での講義のときだった。

「この講義は1年の必修ですか」

僕のその一言がキッカケで仲良くなった。


付き合った日は夏の終わり。向日葵が下を向き、日が短くなって、それでもまだ残暑が厳しかった日だった。

「好きだよ」

僕のそのたった一言で、僕と君は結ばれた。


冬のある日、雪が降っていた。東京はこの冬1番の寒さだった。それでも君は子どものように雪を見て喜んだ。

「キレイだね」

と窓の外を見ながら君に言う。出会って5年と少し経っていた。お互い、社会人も2年目の冬。僕は照れ臭いけれど言いたいことがあった。誰かが結婚するとか、誰かがプロポーズされたとか、君が言うのはそれを待っているからかもしれない。それならばこんな僕を許して欲しい。泣かないで、この胸が熱くなる。

「好きだよ」

そう言えば、君は最高の笑顔で笑う。


何度か、僕と言い争うこともあったんだ。でも気にしないで欲しい。僕は喧嘩をしても、距離ができたとか思わない。僕が許せないのは、自分だけだ。君を傷つけたことが許せない。

「ごめん」

そう言えば、泣き笑いの顔で君は許してくれる。


この雪はいつか止むけれど、これからの僕の愛の誓いを君が受け入れたら今日からずっと一緒だよ。君のその髪、柔らかい肌、すっと伸びた指、優しい声、全てが好き。だから僕の心も身体もこんな寒い日でも君と居れば暖かいままなんだ。


雪が降る、もうすぐクリスマス。その前に、僕は君にプロポーズした。

「結婚しよう」

最高の笑顔で、君は頷いた。笑っているのに、君の頬を一粒の涙が伝い落ちた。


目が覚めた。現実だったらよかったのに。僕は自分の手の皺、腰の痛み、白髪混じりの髪を見てため息をつく。

「あなた、朝ごはんよ」

妻の声が聞こえる。布団から出て、トイレで用を足し、軽く口の中をすすいでダイニングへと向かった。

「おはよう」

妻に声をかけると、鼻歌を歌って朝から上機嫌な妻もおはようと言った。

「いただきます」

ご飯と味噌汁と卵焼きと切り干し大根の煮物。僕は妻の作った朝食を食べながら、久しぶりに見た夢と数十年前の現実を思い出す。


クリスマスイブに君は待ち合わせに来なかった。大寒波が訪れた東京ではその年はホワイトクリスマスを迎えると予報されていた。スリップしたトラックと接触して、君は命を落とした。

プロポーズした冬の日も

君に出会った春の日も

付き合い始めた夏の日も

その日のクリスマスイブも

忘れられない思い出になるはずだった。2人の記念日だった。


「今日はクリスマスイブね。夕飯にはケーキを食べましょう」

妻がそう言って笑う。

「あぁ、そうしよう」

僕は心の中で謝る。君に君の命日にごめんなさいと。妻に純粋にクリスマスを楽しめなくてごめんなさいと。


そして僕は思うのだ。1番好きなのは今も君であり、2番目に好きな妻と結婚したことは悪なのではないか、と。結婚すべきでなかったのではないか、と。


僕は毎年思い出して、謝って、悩むのだろう。

今までも今日もこの先も。


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