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ファンタジーが始まる  作者: カカ
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【芽生え】 1

 最近、体調が良い。


 抜けるような青空の下、片手に大きな紙袋、もう片手に持ち手つきバスケットを持って街中を歩く。


 私は七日に一回くらいの頻度で食料や薬の材料の買い出しをする。あと、服や雑貨を見て流行りのものを買ったりもする。家でしか付けないけれど。

 静かで時の流れが穏やかな森も嫌いじゃないけれど、たまには人通りの多い所にくり出したい。


 ちなみに恰好は春っぽい気候を意識して白のブラウスにパステルグリーンのスカート、いつものローブを羽織っている。

 上着で全て台無しなのは仕方ない。肌を晒したくないし、そもそも私のファッションセンス自体が異端だ。

(オシャレは自己満だって言うもの)

 ポジティブに考えることにする。

 目立つのは悪いことばかりじゃない。

 歩いているだけで顔なじみさんには話かけて貰えるし、目的地である市場ではよくおまけしてくれる。

(まぁ一度に沢山お金を落とすからっていうのもあると思うけど)

 購入した品がびっちり入った紙袋に魔法をかければ、自宅へ配達完了だ。周りの「おお!」「さすが魔女!」なんて声に内心鼻を高くしつつ住民たちの憩いの場、大きな噴水がある公園へ向かう。


 天気も良いし、たまには解放感ある青空の元でお菓子を食べたくなった。


 家で食べても独りだから味気ないし、此処に居たら知っている人が休憩しているかもしれない。

(また、話ができるかも)

 バスケットの中にある手作りドーナツは、多めに作ってある。甘さも控えめだ。

 勿論この世界の大多数の人は、【魔女の菓子】なんて気味悪がる。馴染みがないし、普段の商売内容がアレなだけに、『何か入ってるんじゃないの?』みたいな顔をされる。


 公園のベンチに座り、息を吐く。

 私はこの世界に来てから随分とかまってちゃんになった。でも、それでいいと思っている。

 精神の未熟さを嗜めるひとなんて居ないし、人間関係はこちらが動かなければ変わらない。

 嫌と言うほど学んでいる。

 視線を園外にやれば、遠くに青と白が目を引く旗が見えた。

 実はあそこが騎士団の拠点だったりする。


(いや、公園には寄らないかもしれないし)


 あの日以来、気が緩むと銀髪の騎士様を思い出してしまう。



 彼の傷を魔法で治した後、私は【お詫びの品】として手製の菓子を渡している。

 きっかけは相手だった。『これはなに?』と聞かれたのだ。

 彼が指をさした先には、絞り出しクッキーがあった。市場で売っているチーズらしき塊を混ぜ込んだ、意欲作だった。私の中ではベイクドチーズケーキみたいな味がすると好評だったけれど、この世界のひとの口に合うかどうかは自信が無かった。

 これは菓子なのだと中身の説明をすれば、騎士様はとても素直に頷いてくれる。

 そういえば、以前バタークッキーにも興味を示していた。

 もしかしたら、彼はお菓子が好きなのかもしれない。

 深く考えること無く試食のお誘いをしたら、相手は数秒黙ったあとに、なんとコクリと頷いた。意外と好奇心旺盛なタイプなのか、と内心驚きつつクッキーの盛られた皿を差し出したら、慎重にひとつつまんで口に入れた。笑顔の下に緊張を隠しながら相手の動向をじっと見守っていたら、ぱっと顔が華やいだ。

『あまい』

『美味しい』

『もっと食べて良い?』

 この味大好き!と、顔が言っていた。どくん、と胸が高鳴ったのを、覚えている。


 結局残っていた全てをお渡した。気が引けたのか恐縮する相手に【先ほどのお詫びです】と言って押し切った。

 彼もなんだかんだいいつつも持ち帰って下さったので、本当にクッキーがお気に召したのだろう。

 以後騎士様が店にやって来る日には、ちょっとしたお菓子を用意している。

(ちょっと前にお出ししたホットケーキは、かなり好感触だった)

 騎士様が真顔でこのパンふわふわする、と喜んでいたのだ。『ふわふわ』と言ったのだ。

 見た目とのギャップにくらくらするのは、仕方がないと思う。

 人に手作りの菓子を振る舞うなんて、テーブルに自分以外の人が座るなんて数年ぶりだったから、本当に嬉しかった。


(甘いスポンジ生地が大丈夫なら、これも)

 私は今、子どもみたいに浮かれている。


 熱くなった頬を風が撫でていく。噴水の水を通ったそれはすこしひんやりとして、花の香りがした。



 しばらく空気を堪能し、噴水の水で遊ぶ子どもたちを微笑ましく思いつつ紙袋を開けたところで、声が聞こえた。

 そちらに視線向けると、数人の若い男女が何やら話をしているようだった。

 無意識に眉をしかめる。


(違う。あれは)


 噴水をはさんだ遠くの物陰で三人の男性が、一人の女性に言い寄っている。


 及び腰で半泣きな彼女は大きな紙袋を胸に抱えている。赤くトマトっぽい果実がちらちらと見えている。

 対して男達はじりじりと距離を詰めていて、そのうちの一人の靴がわずかに赤く染まっているのが見えた。


 四人の周りにはいくつか野菜が落ちている。きっとあの中の一つを連中の誰かが潰したのだろう。

 男達の身なりを見ればそこそこの家の者たちだと分かった。女性はプレーンな藍色のワンピースにエプロンをしている、いかにもどこかのメイドらしき恰好だ。

 耳に意識を集中させ、聞き耳を立てる。


「どうしてくれんだ、おろしたての靴が汚れちまったじゃねえか!」

「お姉さんわかる?これ革靴だよ?もう履けなくなっちゃったね?」


 頭を何度も下げ必死に謝る女性を、男達はニヤニヤと笑みを浮かべて眺めている。


「どこの家に雇われてるの?」

「躾がなってないよなぁ、俺達の爵位わかってやってる?ねえどうしてそんなに泣いてるの、泣きたいのはこっちなんだよね。ねえ、聞いてる?お前どう責任とってくれるの?」


 彼女が手を付こうとするのを男が腕を引っ張って止めた。また赤い果実が落ちていく。男はわざと足で潰した。

 あんなに賑やかだった場が、水を打ったかのように静まり返る。


 バスケットを脇に置いて立ち上がる。

 歩く先は勿論、四人へ向けて。

 私は弱いものいじめを前にして黙っていられるようなタイプではない。せっかくの力だ、ここで魔女らしさを発揮してやろうじゃないか。


「アンタじゃ話にならないから、家の人呼べんで貰える? 出来ない? なら別のもので返して欲しいね。ほら、お前には舌があるじゃないか。それで拭けよ!」


 近寄る途中で、幾つものささやき声が耳を通り過ぎる。

「あーあ、あの子も災難」

「面倒なボンクラに掴まったなぁ。中途半端に権力を持った奴はこれだから、嫌だねえ」

「暇なんだわ、噂では社交界でもつまはじきものだっていうし。癖が強いんだよ、性格の」

 住民たちは女性を心配するも、動こうとはしない。先の話の通り男達が貴族だからだ。変に仲介に入ったところで自身に被害が飛び火するのを懸念しているのだろう。


「こういうときに騎士様がいれば」

「今こそ仕事だろ、どこに居るんだ」

「あぁ、本当になんて間が悪い」


 青と白を基調とした軍服が頭をよぎる。銀糸に隠れた赤紫がこころに炎を灯す。

 駆け足になりつつ、男の足元へ視線をやった。


 女性はがたがたと身を震わせながら、ゆっくりと腰を下ろす。男の一人がこれ見よがしに革靴を鼻先へ持って行く。

 顔を白くした彼女の瞳から、まさに一筋の雫がながれようとしていた。


 腹に溜まる感情を力に変え男の足元を睨みつける。と、革靴から赤色が消えた。

 同時に掴まれていた女性の腕を解いてやる。

 彼女の前に立って男達を睨み上げる。


「染みは消えましたよ」


 そこを顎でしゃくると、男たちは音もなく後ろへ下がった。


「【魔女】」


 誰かが私の名を呼ぶ。右腕をゆるく凪いだら、転がっていた野菜が消える。

「あっ」

「これで元通りです。行って下さい」

 魔法で彼女の紙袋に戻してやったからか、後ろで息を呑む音がした。ただ、何時まで経っても気配が消えない。もしかしたら腰が抜けたのかもしれない。正直それは困る。【魔女】だと言っても私は争いのない温室でぬくぬく育ったのお嬢ちゃんなのだ。こういう荒事には全然慣れていない。

 無理やり立たせてしまおうかと物騒な事を思っていると、前方の空気が揺れた。

「魔女!」

「はい」

 素直に返事をすると、男達の怒気が一気に膨らむ。

「どけ!お前、俺達がだれか分かっているのか!」

「存じております。ですので、あの、御不満そうにお見受けしたので」

「邪魔するなよ馬鹿なの?そうじゃなかったよね?化け物だから空気読めなかったの?」


(ばけもの)


 私は、ばけものなのだろうか。

 違うなんて言えなかった。

 ここに居るたくさんの人からも、返事はなかった。

 それで、これが答えなのだと理解した。


 そうだったのか。仲良しだけど、やっぱり皆私の事をそう思っていたのか。


(確かに、魔法なんて使うやつは、この世界のヒトじゃないもんね)


 そう。

 そう。

 ひとり納得して顔を上げる。


「なんだその顔は。……だから!やめろ、俺を指差すな!」


 私としては、この争いを一刻も早く終わらせたかった。出来るなら、穏便に。

(ばけもの)

 でももうそんな気分じゃない。

 カッと肺が熱くなり、ドロドロとした液体が血管を回りはじめる。痛みすら感じるほどの激情は、左胸に集まり蜷局を巻く。今まさに爆発せんばかりの魔力の源は怒りなのか、それとも違うものなのか。

 ひい、と周りから悲鳴が上がった。

 誰かがまた「ばけもの」と言う。


 左胸から風船が弾けるような音がして、左側の空間から茨が這い出た。


「当たると痛いですよ」


 相手を見据えて言えばたたらを踏んで尻もちをつく。他の2人も息さえとめて、立ち尽している。


(ざまあみろ。魔女を侮るからこうなるんだ)


 茨が嬉しそうにうねる。はじめて感情を共有出来たね、なんてどうでも良い事を思って右腕を振り上げ、茨の先も空へ伸び、しなり


「なにをしている!」


 今まさに突かんとしたところで、低く鋭い怒声が辺りに響いた。


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