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ファンタジーが始まる  作者: カカ
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【茨】 1

「魔女はいるか」


 そう言って今日も騎士様は扉を開ける。耳だけ真っ赤にして、眉間に皺を寄せ、ツカツカと靴を踏み鳴らして。だいたい三日に一日の間隔でやって来る。

 踏ん反りかえっているくせにちゃんと自分で扉を開け、約束通りの時間にやって来る。

 普通の騎士――特に爵位をお持ちの方は、こんな雑用はお付きの人に任せるものだ。特に薬の内容を考えれば尚更だと思う。

 何度もお会いするうちに彼は律儀な人なのでは? または付き人にも言えない位恥ずかしがり屋さんなのではないのだろうか、と思うようになった。

(私は、お会い出来て嬉しい)

 向こうも少しづつ緊張を解き始めているのが分かる。最近は軽い雑談もできるようになっていた。

 顔なじみさんが増えるのは嬉しい。柔らかく芽生えた感情を飲み込んでから、薬瓶を手に取る。

「件の薬でございます」

「うん」

 仕草ひとつとっても良い意味で貴族らしくないと言うか、硬質な容姿に反して素直な方なのだろうと察せられる。横柄な言い方は慣れていないようだし、年相応だ。

 この世界の人達は早熟だ。私の感覚でみれば彼は二十台半ばの容姿だけれど、実年齢はきっとその4,5歳くらい下だろう。

 更に言えば、男女問わず背が高く、豊満な身体だったりする。

(豊満)

 我が身とは無縁の響きに遠い目をしそうになると

「きみ、あ、いやお前は」

 意識を戻された。

 どうにも私は直ぐ考え事をしてしまう悪癖がある。慌てて返事をすると相手はひとつ咳払いをして

「ずっと此処に住んでるのか」

 と言った。左様でございます、と返すとわずかに首を傾げ思案気な顔をされる。

「以前は老婆だったと聞いた。あれは?」

「数年前に他界しました。私は彼女の、後継者でございます」

 真実をそのまま告げると、彼はぐっと黙り込んでしまう。交わった視線がゆっくりと下へおりていくのを感じて、納得した。

(この見目か)

 私と【深緑の魔女】の外見は全く似ていない。血縁関係がないから当然なのだが、この国において魔女は遺伝相続であることは、周知の事実だ。だから怪訝に思ったのだろう。

 この国の地肌は雪のように白い。【深緑の魔女】もそうだった。黄色みがかった肌に黒髪、黒目をもつ人間は私の知る限り一人も居ない。なので、今日もお下がりのローブで全てを隠している。

 そもそも私には、流行りの腰の位置が高くてドレスみたいな服装が似合わなかった。派手なビビットカラーを合わせるとどうしても浮いてしまう。

(いいんだ。魔女だもの)

 【深緑の魔女】は遺伝子さえ捻じ曲げ私を作り上げてくれた。それでいいじゃないか。

 そっと薬瓶から手を離し、ローブの端を摘まんで身体に引きよせる。


「違う」


 と、視界の端に白いものが見えた。

 直後、体に電流が走る。


 茨の呪いが発動したのだ。


 眼前には、右手を前に差し出したまま呆然と立っている騎士様。手の甲は赤くはれているように見えた。

 血液がざっと音を立て地へ落ちていく。


 何が起きた。

 どうして。

 この距離で呪いが発動するなんておかしい。

 さっきの白いものは?何故騎士様の肌は腫れている?


(なんで)


 何故この人は、私に触れようとしたのだ。

 おかげで、不気味な茨を見られてしまった。


「申し訳ございません!」


 思考が纏まらないまま、とにかく正座し地に額を打ち付ける。頭蓋骨が軋み一瞬目の前が暗くなったが、構ってなんて居られない。よりにもよっていわばこの国の警察官である、騎士団員に手を上げてしまうなんて。いや、一般市民だったら良いという意味ではない。

 どんな理由であれ無暗に人を傷つけてしまった。この時代に防犯カメラなんてものはない、だから彼の行動如何によっては≪国に対しての≫反逆行為だとみなされてしまう可能性がある。

 冗談半分で思った≪魔女狩り≫の文字が、脳を揺らす。

 先代にも、街の皆様にも言われていた。

 この国は気候も治安も安定していて過ごしやすい。国全体が豊かだ。だからこそ、決して盾突いてはならない人間が存在することを。その対象は国を統べるもの。当然ながら、騎士団も含まれる。


 何も言わないのが恐ろしい。怒気が全く感じられないのが、何かの始まりのような気がして、動けない。相手の顔さえ見れないままさらに身体を縮み込ませる。

「直ぐに治療致します! 叶えられる限りのものは何でもします!」

「いいよ。顔を上げて」

「申し訳ございません! 本当に、あのこれは私自身でも制御が出来なくて、すみません、どうしよう私、茨が、騎士様本当に」

「いいから顔を上げて」

 有無を言わさぬ声に恐る恐る上半身を起こすと、眼前に赤紫があった。

 騎士様の瞳だと思う間もなく空気が波打ち、相手の頬に切り傷を作る。ぱっくりと割れたところから赤い血がたれていく。

 正座のまま一気に後ずさる。一瞬、自分のしたことが理解できなかった。

一度ならず二度までも無礼を働くなんて!ひび割れた悲鳴がもれるも、相手は指で傷を確認して、方眉を上げるだけだ。そしてまた、

「? どうして離れるの」

 何もなかったかのように距離を詰めてくる。切り付けられるとわかっているはずなのに、どうして近づくのか分からない。どうしたらいいか分からない。

 これ以上茨が発動しないように後ろへダッシュして、壁に背を付け叫んだ。

「近寄らないでください! またやっちゃいます! 」

「それはかまわないけれど、そっちに行っても良い?」

(なにをいっているんだこの人は!)

 首をぶんぶんと横に振りながら続ける。

「宜しければ傷の治療をさせてください、もちろん触れません! 喉元に剣を立てて頂いても構いません!痛くないです、身体に異常が起きることもありません」

「だからそれはいらないよ。そっちに行っていい?」

「やめてください!」


 半狂乱の請いに茨は反応する。


 怖がられたくないし嫌われたくないのに、彼は何をいっているのだろう。

 ゆらゆらと蔦をくねらせて、獲物を凝視している。対して騎士様は少し目を見張っただけだった。わからない、何もない所から出てくる茨を見て、気味悪がるどころかこちらに近づきたいと言われるなんて。

「……」

 騎士様が私をみている。グロテスクな茨を見ている。

(見ないで)

「こんなの傷に入らないから」

「でも!」

「魔女さん」

 騎士様はこちらの制止を無視して目の前に立つ。泡を食いつつ未だ消えようとしない茨の蔦を掴んで後ろへ追いやるも、先が槍のように尖ったまま動かない様を見て、泣きたくなる。

 煩わしい、自分で制御できないのが歯痒い。心臓が高速で脈打ち、血を黒く染めて体中を駆け巡る。

「こっちを向いて」

 向けるわけがない。

 膠着状態が続く中、ついに相手が動いた。

「あっ」

 勢いよく蔦がしなるのと絶望がこころに届く直前、騎士様の瞳の中に、私が見えた。


「やっぱり綺麗だ」


 彼はそう言って、僅かにほほ笑んだ。


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